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天使とヴェロチスタ

あらすじ・・・・2000GTにF1エンジン積んじゃったハナシ。しかもそんな車をもらいうけた青年が主人公

	・『序章:出会いは突然に』

「よっとっ!」

 一般車を華麗にスラロームしていく黒いJZA70
後ろについてくるNB8Cは仲間だろうか、横羽線のギャップに
小さいボディがあくせく走る。
JZA70は大柄なボディが安定感に寄与しているのだろうか

「待ってくれ、虎彦・・・・」

半ばNB8Cのドライバーはあきらめ半分、横羽線ではついていけないことが
当り前ではあるが、毎回毎回これだと少しプライドに堪える

「はー・・パワー欲しい・・・」

既にNB8Cの前にJZA70は見えない、代わりに・・今夜は嫌に
黒塗りの高級外車がそこらじゅうに走り回っている。

「きみ悪りー・・・」

夜の首都高に蠢く黒塗りセダンはいつにもましてその数が多い
それは虎彦と呼ばれたJZA70のドライバーも疑問に思っていた。

「なんかヤクザの闘争でもあんのかな・・・?」

やんわりと車を減速させ、C1に合流するまでにNB8Cを待つ







『大黒PA』

「会長は見つかったのか!?」

「申し訳ありません、未だ所在が掴めません・・・・」

「まぁいい、会長のことだそろそろC1から新環状をなぞるように湾岸に現れることだ」

 一人だけ襟元にほかのスーツの人間とは違うバッジが付いているこの男
KIDO INDUSTRIESとデカールのあしらわれた黒いブガッティ・ヴェイロンに
物音立てずに乗り込むと、湾岸線を東行きに新環状へと向かう
W16気筒エンジンが不気味にうなり声をあげて湾岸を疾走する。

「会長・・貴方様は一体御病気の身体を抱えて何をしておられるのですか!」








『芝公園ランプ』

芝公園ランプを降りたところから少しのコンビニで一息をつく二人

「今日は気味が悪いな」

「んーやっぱ虎彦もそう思った?」

「悪いもなにも、あたりそこらじゅうクラウンばっか走ってんだぜ?
なんつーか覆面まみれな気がして走る気分じゃないよな・・」

「一体何が起こってんだか、不可解すぎるよなーまったく」

「わかった!CIAの日本版が何か嗅ぎまわってるとか!」

「ない!」

「じゃぁ、ハンターから逃げ切れたら賞金ゲット」

「ずいぶん規模がでかい番組だな!」

「おっ!おおおおい!見ろよあれ!」

「すっげ!」

 二人の視界の前方に、一台の可憐なる車体が姿を現したかと思いきや
このコンビニの駐車場にすっぽりと収まったではないか
こころなしか、鋭く吹けあがるブリッピング音はただのエンジンではなさそうだ

「2000GTなんて生で見るの初めてだよ・・」

「俺もはじめてだよ!」

ヒソヒソJZA70の陰に隠れて2000GTを見つめる二人、すこし滑稽である。
 
 2000GTからはどう見ても紅葉マークまでもう一息の60代の男性が降りてくる。
どうみても介護が必要そうなまでに弱ったような人間が2000GTから降りてきたことに
またまたびっくりする二人、あいた口が塞がりづらい

「ふぃー逃げるのも一苦労だな・・・・ん?」

コンビニの駐車場の隅に陣取る二台の車に視線を落とす老人

「んー?」

(やべーやべーなんかお前のJZA70を凝視してるぞ!)

(なんで?なんで?なんかしたの俺のJZA70?)

「懐かしい・・・非常に懐かしい・・・昔この車の宣伝に
MF10が出ておったな・・」

人は歳を重ねれば重ねるほどに独り言が多くなるものである。

「あのー?」

「ん?この車は君のかな?」

「あ・・はい、そーっす」

「素晴らしい!」

「うおっ!」

急に肩をグワッとつかまれ大声で叫ばれ身を構えてしまう

「今時に3000GTに乗っているとは、非常にセンスがいい!」

「3000GT?」

「スマンスマン、このスープラの輸出名だな、君らの世代になるともう知らないのだな」

「そちらはNB8C、二代目ロードスターかね?」

「ええ、まぁ・・桜井ってやつのです」

「わしはNA6Cのほうが好みなんじゃがのぉ・・・」

(知るか!)

後ろで少しムッとする桜井だった。

「ところでだ、若人よ、このスープラをワシに貸してくれないか?」

「は、はい?」

尻上がりに言葉がのけ反る

「MF10以降のトヨタのフラッグシップに乗ってみたくなった
このサイン付きの名刺を岳神という男に会ったら見せなさい
私の仕業と理解するだろう、代わりにMF10を貸そう
これはガソリン代に使いなさい」

ギュッと虎彦の手を握る男性のペースに虎彦はすっかり呑まれている。

「えっそんなあんなプレミア物の車運転なんてできませんよ!」

「プレミアム?そんな車はこの世に必要ない」

男性はつづけてスパッと言う

「車は乗って価値を見出すもの、乗らずして価値は生まれない」

「はぁ・・・」

「壊してくれても、ぶつけても私は怒らんから、代車として使ってくれ」

「えっと?いや、いつまでJZA70を?」

「私の気分次第だな」

(なんですとー!!?)
(なんやてぇー!??)

あまりにセレブすぎる男性の一方的さに文句のもの字も出てこない
唖然としている合間に、男性はJZA70に乗って走り去ってしまった。

握らせた名詞と一緒に黒いカードが握らされた虎彦は呆然とする。



「どーすんだよ!?」

「なんかあっという間すぎて・・・」

「あっという間とかなんとかって前にあの車どーすんの?」

「とりあえず・・・」

「とりあえず?」

「今日は帰ろ・・・・」

「帰えんのかよ!」

「だってこんな車じゃぁ怖くて走れねーって!」

「それもそーだよな、よし、戻りますか」

 不思議な感覚にさいなまれる、手に握らされたキーと名詞とカード
もれなく目の前には仰々しい2000GT、オリジナルの個体より
格段にスパルタンなのも気になるところ

桜井と一緒に2000GTを覗いてみると
めぐらされるロールケージ、しかも小さく印字されている英文字を見ると
「Chrome molybdenum」と記されている。

「チョロー・・・ム?」

「バカ、クロームモリブデン鋼だよ!」

「あ、クロモリ」

「しかしすげーよ、この2000GT・・・・」

「確かヤマハが内装仕上げたんだよね?」

虎彦が桜井に質問を投げかける。

「あぁ、その通り、でもこんだけ既存の内装にロールケージを
ウマく巻くとはな・・・・プロ中のプロの仕事だよ」

しばらく内装を眺めた後。二人は顔を見合わせ

「エンジン!」
「エンジン!」

だがよくあけ方がわからない、どうにもこうにも2000GTなんてものを
初めて触った二人には使い方がよくわからない

「これか?」

「なんかフェンダー横の扉あいたぞ!」

「バッテリーかよ!」

「あれー?」

「こっちだ!」

パクンッ

 ボンネットがヒョコっと浮き、手をかけ噛んでいるウマを外し
ボンネットを前にせり上げると、古き良きカムカバーむき出しで
エンジンが車に搭載されている。

はずだが、カムカバーがむき出しではなく、カバーがかぶさっているし
妙にコンパクトなエンジンだ。

「たしか、3Mエンジンだよな?」

虎彦はエンジンルームを眺めながら3Mと書かれているモノを探す。

「そーそー、TOYOTA 3Mって書かれてるはずじゃない?」

「んーっとどれどれRVX-06だとさ」

「あーるぶいえっくすぜろろく?なんだそのエンジン」

「さー?でもトヨタ製だぜ?」

「ちょっとまて、ケータイで引っ掛けてみよう」

「調べてみてくれ」

「RVX-06っと」





急にフルフルと震える桜井の手、携帯電話も小刻みに震える

「どうしたんだよ?」

「いやまさか、そんなわけねーよ」

「なにがそんなわけねーんだよ」

「ないよぉ―――!!!!」

「うぉっ!」

「あばばばばばば」

「大丈夫かよ!どうしたんだよ!」

「えふえふえふえふえふえふえふえふえふえふえふえふ」

「もしもーし。大丈夫ですかー?」

ったく・・・と虎彦はため息をついて、桜井の携帯電話の画面を見る。

「なになに?RVX-06は・・・・」














「F1エンジンだてぇ―――ッ!?」













何度も2000GTと携帯電話の画面を繰り返し見る、何度も何度も

横で固まり、白くなってる桜井をさておき、とりあえずエンジンをかけてみようと
コックピットに収まり、イグニッションにキーを刺す。

「F1エンジンなら一発始動するわけねーよな、うん」

クッ

キーを横にひねると、軽快にエンジンが唸りを上げてアイドルを刻む

「かかった・・・・・」

アイドルは3000を指す。なんとも高い位置で回っている。

「まじかよ・・・・」

クラッチを切ったまま、少しアクセルを煽ってやると

けたたましい音が周囲に響く

「やべ!」

コンビニの中からや、道行く人々から妙な視線を買ってしまう

「桜井!場所移動しよう!」

「えふえふえふえふえふえふえふえふえふえふ」

 虎彦はボンネットをしっかり閉めて、2000GTに乗り込む前に
桜井をNB6Cの中に放り投げてから、2000GTに乗車
コンビニの駐車場からバックで出ていく、クラッチはさほど重くない

 今夜は首都高に乗らず、とりあえず自分の街へ帰ることを固く決め
2000GTを走らせる。
パネル回りやエンジンエグゾーストは未だけたたましく、真夜中に非常に申し訳ない
虎彦は不思議で仕方がない、先ほどあの男性が運転してきたときは
それほどまでにうるさくはなかった、だが、今はガッツリうるさい

ちょっとでもアクセルを深く踏もうものなら、即座にエンジンが車を弾く
メーターを今一度、今一度見ると

「い!14000r.p.m!?」

レッドゾーンは11000r.p.mから始まっており、通常走行では4000r.p.mを指している。
だがトルクバントはとても広くフレキシブルなのにはすぐに気がついた。

大通りにでると、呻くディーゼルエンジンや唸る軽商用車のエグゾーストに
2000GTのエグゾーストもまぎれることになるが

ファンッ!ファンッ!

クラッチを労わるため、ダブルクラッチを使うとき、いわゆる煽りをくれてやるのだが
そのたびに、町に一筋の嘶きが轟く

(ちっくしょー・・・・視線集まるなー・・・・この車)

うしろについてくるNB8Cのエグゾーストなんてまったく聞こえもしない
下手すると、横に止まるトラックのアイドリング音自体聞こえない

 後ろから観察する桜井は、マフラーがセンターだしの二本で割に太めなことに気づく
リアガラスにはロールケージが渡されているのがわかるが
なによりフェラーリ250GTOやS30Zのような、ダックテールウィングが
ピョッコリ立っているのと、オーバーフェンダーにより純正に比べ倍の倍はありそうな
太いタイヤが収まっていることに気づくし、Sタイヤだということもわかった。

とにもかくにもじり貧チューンをしていた自分たちからすれば、えらくかけ離れた車
という事により、気づかされていく







『湾岸線西行き』

 ヴェイロンで会長を探す岳神、目印は一発でわかるハズの2000GT
大黒PAを出て、新環状まで行き、右回りに一周まわりまた西行きに戻る最中
一台の車に違和感を覚える。
前方を走るなんてことはないJZA70だが、動きが違う、否、「一般ドライバー」と違う
見たことあるようなライン取り、ブレーキのタイミングにも見覚えを感じる。

「こちら岳神、会長を補足、今から確保する。」

岳神はヴェイロンをグーッと加速させJZA70に接近すると、慌てたようにJZA70が逃げ始める。

「会長、今宵は車が悪いですね」

一気に横に並べると、そのまま羽田空港ターミナルにJZA70を配備されてたクラウンと共に
羽田空港へ挟みながら誘導する。



「会長!」



岳神はJZA70に駆け寄り、中をのぞくと、そこには2000GTではなく
JZA70に乗る会長である鬼堂院が

やれやれ、また捕まってしまった

という素振りでおとなしく座っている。

「会長!あなた様は何度ご忠告すればお分かりいただけるんですか!」

「まーまー、そう怒らないでくれ」

「病体を引きずってこのようなことはおやめ下さい!」

「むぁっはっはっは、大丈夫大丈夫、私は元気だ。」

「さぁ、帰りますよ、ヴェイロンに乗ってください」

「仕方がない・・・・おい、そこの」

「っは!はい!」

社用車のクラウンに乗っていた警護班の一人を鬼堂院が呼び寄せる。

「このJZA70を私の自宅まで持ってきてくれ、くれぐれも気をつけるように
丁重に扱ってくれ、世界一貴重な車だ。」

「はい!了解しました!」

鬼堂院がヴェイロンの助手席に入ると、岳神が全捜索ユニットに撤収の指示を出す。




『第一章:俺が相続?』

「しかし参った、まさかF1エンジン積んでるなんて」

ベッドに腰掛けながら、ボサボサの頭を抱え虎彦は事の起こりを整理する。

 昨日のあっという間にストーリーが進んだ時から
気持ちの整理がつかず、2000GTが手元にある事それ自体が信じられない。
自室の窓から下を覗けば、朝焼けに染まる2000GTが佇んでいる。
昨日は即座に帰宅、丁寧に車を扱ったのは教習所で初めて車に触れたとき以来で、緊張したのもそれ以来だった。

「はー・・・あのじいさん・・・」



ッ!



虎彦の頭の上にひらめきの電球がパッと光る。

「名刺貰ったじゃん、それだ!」

昨日もらった名刺を財布から取り出してよくよく眼を通す。

「キドウインダストリース・・・・?」

虎彦は続けて目を通す。

「会長・・鬼堂院英哲?」

「会長?」

「キドウインダストリース会長?」

「会長って社長より上の・・・?」

立て続けに独り言をつぶやく。

寝起きの頭で思考を凝らす最中、一部始終を共にした友から電話がかかってくる。

「もっしー!」

「朝からうるさいよ」

「ひどいあしらい方だな」

「で?どーしたんだよ桜井」

「キドウインダストリースについて調べたんだけどさ」

丁度いいところで答えが訪れてくる。

「昨日、お前に2000GTを預けたのは名実ともにキドウインダストリースの
現会長で、無類の車好きだ」

「車好き?」

「さすが、世界53カ国に分社を持つ世界企業の会長だけあるな
ガレージには、フェラーリ、ポルシェ、モーガンやヴィーズマン
とかなんとか聞きなれない車もあるらしい」

「それで2000GTもコレクションの一部ってこと?」

「だろうな、ただあんな異次元の内容をもった2000GTを作ること自体
金持ちの思考はよくわからないな」

「でさ、住所が書いてあったんだけど、2000GTを返しに行こうと思うんだ」

「返しちゃうの?」

「あたりめーだろ、大体、俺のJZA70はあのじいさんが持ってるんだぜ?」

「明日なら一緒に行けるんだけどなー」

「そうか、今日はバイトか」

「そんな感じ」

「まー今日中に行ってくるよ。」

「迷うなよ〜」

 せせら笑いを最後に桜井からの電話は切れた。
電話を置くと、適当にトーストを焼いて、それをくわえながら身支度をする。
時計は10時を指している、訪問するのにさしたる問題はない時間だ。

「本社・・・・東京都多摩区町田市・・・・・」

 カーナビがないので町田がどこかつかめないが、とりあえずは2000GTを走らせるために
虎彦は2000GTのカギを握って外へ出る。

 明るい太陽の下で今一度眺める2000GTはとても流麗でのびやかだ。
しかしオリジナルの個体とは明らかに違う構えであるのもわかり
オーバーフェンダーにダックテールウィング、ボンネットには
熱抜きのダクトが設けられている、モチーフはスピードトライアル仕様の
様でなくもなく、シェルビー仕様のようにも思える。

エンジンをかける一連の動作においても操作系全般は非常にちょうどよい重さを保っている。

「じいさん・・・中々いい趣味してるなぁ」

 エンジンをかけると、やはりけたたましいエグゾーストは顕在
耳に鳴り響くエグゾーストは犬ならば痛みにすらなるであろう
クラッチも倍力装置のおかげだろうか、ダイレクト感には欠けるが
接圧感は確実にあり、半クラッチも容易だ。
どんなチューニングが施されたのかもわからないF1ユースエンジンが
なんのぐずりもなく普通車の様に始動するあたりも驚きで
現実がましくない車を今、虎彦は走らせている。
張り巡らされたロールケージと共存するヤマハ製のウッドパネルが
織りなす車内はなんとも異質な空間、ブースト計類など
エンジンに過給装置は付いていない、F1ユースだけに
そのまま本体が強烈なパワーを秘めているし、少しばかり
アクセルを深めに踏むと即座にエンジンは膨大な力を後輪へ届ける。

「近道、近道」

 大通りは込み合うために田んぼの間を抜ける道を選択する。
両脇を田んぼで固められたのどかな風景が映るバックミラーに
一台の黒い車体がついてくる。
どちらかといえば壊してはならないという恐れを持って運転しているが
フルスロットルがどんな具合なのかも非常に気になっている矢先
なんだかそれ系統のGT-Rが背後に来たではないか
好奇心は膨れ、右足はいつアクセルを深く踏み込もうかというところ
迷いさえなくなれば後はGT-Rに一泡吹かせることだってできる。

そう・・・できる。

 躊躇を振り払い、生唾を飲み込むと、ゆっくりアクセルを深く踏み込んでいく
スピードが増す2000GT相手に照準を定めたようにGT-Rもついてくる。
比較的平坦だが左右は狭い、普通なら60km/h出すのも怖いが
安定感が比較にならないほど秀逸で、120km/hを超えても平気でまっすぐ走る。
響くだけだったエグゾーストが一本になっていき、周りに広がるというより
空に向かって突き上げるように音が発せられる。
左右前方に広がる景色が線を引くように後ろへ消失していく
背後のR32はさっきより小さい、確実に突き放している。

 180km/hに達したところでアクセルをゆっくり抜き、アクセルオフ
惰性に任せてユノディエール、否、農ディエールこと農道を走る。
ダラダラと落ちていく速度に反してR32がやっとの思いで追い付いてくると
ソロリと真横にならび、こちらをびっくりしたような顔で見ている。
当り前である、等に40年以上も経過した車がとんでもない速さで逃げたのだから
目が丸くなって当然、丸くならない以外に選択肢はない

農道の果てが見え、先は普通の県道、虎彦は脇に2000GTを停める。
特に理由はないが停めたくなったから停める。

ハザードを焚きながら車外に出ると、相変わらずのアイドルの高さに少し焦る
だが、それがこの2000GTにとっては普通なのだ。

「びっくりしたよー」

後ろを振り返るとR32のドライバーが降りてきていた。

「ども」

「ただの2000GTだと思ったらえらいこっちゃだね」

「そうですよね、普通じゃないですよね」

「ん?なんかおかしな言い回しだね?」

「俺の車じゃぁないんですよ」

「君の車じゃない?」

「実は、預かってる感じなんですよ、それで今から返しに」

「ふーん、そうなのか」

「ちょっとかくかくしかじかで」

「せっかくだしエンジン見せてもらえないかな?」

「あ、どぞ」

パクンッ

 コックピットのレバーを引いてボンネットを開ける。
R32のドライバーは車に知識があるようで、ボンネットを開けて
中身を見た時から驚愕したまま止まっているのがよくわかる。

「このエンジン・・・・」

「3UZ-FEでも、2JZでもないんですよ」

「これはコンペティションユースだろう?」

「解りますか?」

「全部が全部、ロードユースエンジンとはモノが違うからね」

「このエンジン、F1ユースなんです。」

「F1ユースだって!?」

「VRX-06、06シーズンのトヨタのエンジンらしいです。」

「はは・・はっはっはっ!冗談はよしてくれよ
コンペティションユースパーツで仕上げて組んだシロモノだろ?」

「冗談でもなんでもないんです、このアイドルの高さ、それに・・」

コックピットに座ると、レーシングでのエグゾーストを聴かせる。

冗談にしてはあまりにも・・・という迫力に声量、完全にR32のドライバーは
横で腰を抜かしている。

「正真正銘、フォーミュラーユースのエンジンなんです。」

「まいったな・・・・」

「俺、五十嵐虎彦です。」

「あっ、俺は恵二、時本恵二、よろしくな」

「何かその系統の仕事ですよね?」

「まぁな、ここいらでチューン兼修理工をやっている
このR32は自分で仕上げて磨いてる最中だ。」

「フォーミュラーユースのエンジンをロードユースにすることなんて
出来るものですかね?」

「んー・・・・難しい質問だな」

「同じエンジンでも全く方向性が違うし、想定条件も違う訳ですし」

「確かにな、普通のエンジンは−50℃から+50℃の気温に、砂や汚れ
それでいてトルクバントは広く、燃費はよく、壊れにくく
求められる要求はある意味レーシングカー以上の条件だ。」

「対し、レーシングユースは一発の速さに制限付きの寿命ですよね?」

「その通り、もって300km、よくて1000km、それが普通の世界だな。」

「・・・・誰ですかね、こんなエンジンをロードユースに適合させたのは」

「関係者だろうな」

「関係者?」

「そうだな・・・・強いて言えば元レース屋の仕業・・・だろうな」

「というと?」

「ホンダかヤマハ、イスズのどれかにいたレース屋ぐらいしかこんなことできないだろう
あくまで憶測だろうけどな、ウチのオヤジでもこんな仕事はできないな。」

「やっぱりデ・チューンもそれなりの知識っているんですか?」

「チューンより厄介だろうな、抑えるというよりこれは適合させるデ・チューン
とんでもなくバランスが取りづらいだろう、高次元でまとめられたモノを
もう二段も三段も低い位置で調律する。
みんながやらないことだから逆にノウハウもない、独自のノウハウが必要になる。」










コンコンッ

「会長、岳神です。」

岳神がドアを開けて中に入ると窓から外を眺めている鬼堂院の後姿

「昨夜の青年の所在がつかめました。」

「そうか」

「五十嵐虎彦、なんら変りない普通のアルバイターです。」

「岳神」

「なんでしょう?」

「私の寿命は持ってあといくつだ?」

「主治医のお話では3ヶ月と・・・・」

「3ヶ月か、儚いものだな、ガンごときで」

「主治医ともども最善を尽くしますが・・・・」

「私が死んだら、ガレージのコレクションは博物館に寄贈してくれ」

「会長・・・・了解しました。」

「英達達には持て余すだけだろう・・・」

「葉取はいかがいたしましょう」

「あいつにはかまうな、お前が一番心得ているはずだ」

「はい。」

「・・・ッ?」

窓に鼻がつきそうなくらい顔を近づけ、眉を細める。

「来た!」

「会長?」

「虎彦君が来たのだ!、正門を見てみろ」

高いビルのてっぺんから下を見下ろすと、正門前に2000GTの姿が確認できる。

「・・ッ!!」

「律儀な青年だ!ますます気に入った!!、岳神、迎えに行ってやってくれ」

「承知しました。」

踵を返すように岳神は会長室を後にし、ビルの一階へ向う。






2000GTを玄関前に止めて、建物を見上げると、タイミングよく岳神が出てくる。

「あの・・・・」

「話には聞いています、五十嵐虎彦君で間違いはないね?」

「あ、はい」

「私は岳神春好、鬼堂院会長の秘書です。」

「この2000GTを」

「よく来たね虎彦君!」

自動ドアが左右に開くと、中から英哲が陽気に闊歩してくる
とても末期がんに侵された風貌には見えない

「ッ!」

「君のJZA70、とても乗りやすかった、チューニングセンスもなかなかだね」

「ども、2000GTをお届けにあがりました。」

「なんだ?もういいのか?」

「とても・・・・俺みたいな若造が乗るには敷居が高すぎますよ」

「つれないことをいうな虎彦君!よし、美味しいものでも食べに行こう」

「えっ」

「お気をつけていってらっしゃいませ会長、何かございましたらご連絡を」

「ん、解っておる、さぁ虎彦君運転してくれるかな?」

「は、はい」

再びエンジンをかけると、横にはシートベルトをしっかり閉めた英哲が座る。

「すごいエグゾーストですよね」

「ん?お気に召さなかったかな?」

「いえ・・・その」

「なるほど、ここを押せば問題解決だ。」

フヴァァァァァァァァ・・・・・ヴォ――――

アイドリングが途端に落ち着き、エグゾーストが鳴りをひそめる。
落ち着いたといってもアイドリング回転数に変化はない

「このボタンを押せばさしずめシティーモード。
ECUのプログラムを変更してエグゾーストシステムを少し変えてやると
この通り、F1エンジンでも静かにできる。」

「これはッ?」

クラッチを繋いだ時に即座に感じ取る虎彦

「鋭いな虎彦君、低速のトルク感が強くなっただろう」

「ええ・・・とても」

「まー複雑な話は後だ、とりあえず箱根を目指してくれ、おいしい鰻処がある。」

虎彦はかすかに頷くと2000GTを未だ緊張感を持って走らせだす。










 よくありそうなプレハブ式の風通しが厳しそうなガレージに
黒いBNR32が入ってゆく、中ではリフトアップされた
Z33がリフトの上で寡黙に座っている。

「お帰り!アニキッ!」

リフトの陰からヒョッコリと現れる女の子

「おー月菜、もう学校は終わりなのかー?」

「今日は二限だけだったからね、高校に比べたらラクラク」

「ったくー年頃の女の子が油まみれのツナギきて、Zの下っ腹いじって・・・」

「アニキだって私ん位の時そーだったじゃん、高校もダブってさ」

「う、うるせー!」

「それよりさ!アニキ!今日は首都高行くんだろ!?」

ショートヘアーにサバサバと竹を割ったような性格に
少し男勝りのセリフ回し、男系家族の育ちというのがよくわかる。

「まぁ行くけどな」

「アタシも行っていいよね!?」

「Z33で?」

「ったりまえだろ!?」

「だめだだめだ、ナラシも終わってないだろ」

「えー!スーチャーだって組みあがってるし・・・!」

「だからだ、意図的に構造変えてるんだからさ、キチンとやることやってからな」

「なーんか最近、アニキって親父ということ一緒」

「ナビシートで大人しく我慢な」

「Z33で走りたい゙ーーーーー!」

「首都高じゃなくても出歩くときは若葉マーク付けろよ」

「それだけはイヤッ!」

「警察に捕まっちゃうぞ?」

「私の可憐なZちゃんに若葉マークなんて不釣り合いだねっ!」

「まぁ自己責任で好きにやんな、ただ首都高へは上がるな」

「ブー!」

「ふくれっ面してもだめ」

さっき、虎彦と農道で少しのランデヴーを楽しんだ時本という男の妹とのやりとり

 様子から見るに母はいないようで、家族で自動車修理工を営んでいるようだ。
修理工といってもチューニングショップとしての色合いのほうが強く
なかなか雰囲気の良いガレージである、加えて妹の月菜は看板娘の役割もはたしている。








 自動車専用道路を箱根方面に向かって流す2000GT
キープレフトに基づいてベターに制限速度+10km/hで一般車とまぎれながら快調に走る。
真横を駆け抜けていく一般車からもらう視線も熱く、熱心に眺めていくドライバーも多い
昭和の古き良きシンボルともいえるこの車に惹かれるのはあたりまえなのだろうか
現オーナーの鬼堂院は特に特別視して乗っていはいないが

「ん?虎彦君、あの前方の360モデナが見えるかね?」

「360ですか?」

「そうだあの銀色のモデナだ。」

「モデナがどうかしたんですか?」

「音が違う、奴もまた、一風変わった中身を持っているな
いや、持つことになるだろう・・・・」

 なんの根拠を持って面識の一切ない360モデナをこう判断したのか
横に座っている虎彦にはただの社外エアロをまとったモデナにしか見えない
チューンドフェラーリ、しかも360や355はベースとしては割にポピュラーで
その360モデナも例にもれず、わりかしエアロ以外はバリッとした感じが
鬼堂院が指摘する通り、しないわけでもない








「んもぅ!隼ってばいつになったらエルメスのバック買ってくれるのー?」

「エルメスなんかよりフェラーリのほうがいいんじゃないか?
こうやってナビシートに乗ってるときが一番お似合いだよ」

「なぁーにーソレー、そもそもぉこの車、うるさくない?」

「最高のBGMさ、なんたって跳ね馬の嘶きはオペラ以上だからね」

「わかーんないー!エルメスのバックー!」

「次に刷る新作が売れたらね、印税でババーンと買ってあげるよ」

「今ほしぃーのぉー」

「さーね、君の僕への愛が本物になったら今すぐ買ってあげるよ」

「えー!隼のいけずぅ〜」

 内心嫌気がさしていた、なぜこうもネジが足りないような女ばっかよってくるのか
さらさらこんなバカのためにバックなんて買う余地もない、小説のヒット作を飛ばしてからというもの
確かに身の回りは一気に変わった、確かに変わったが
想像していた満たされ方とはまったく違っていた。
新作を催促するズボラな電話、腐ったファンの鬱陶しい行動
こうしてフェラーリとの時間でさえ、女の下品な香水と金切り声に水を差される。

 偶然か否か、車の流れが意図に反し、右側より左側がの方がするすると流れていく時
360と2000GTが並走する形になる。

「なんか、うるささアップしてないー?」

「んー?おぉ!2000GTだ!」

「二千?」

「いうなれば自動車界のケリーバックだよ」

「ふーん、ボロそうだしなんかダサーイ」

(価値がわかってたまるかよ・・・・)

 左斜め前を走る2000GTの背後を左ハンドルの360からはばっちり確認でき
その太い猛々しいマフラーやシェルビー仕様を思い出させるバンパーレス
後端に備えられたダックテールウィングなど、車好きをくすぐるモディファイに
思わず助手席を忘れ見入る。

「虎彦君、少しアクセルを踏み込んでくれ
そして箱根ターンパイクを登ってくれ」

パチッ

ヴォーォォォォォォォ・・・・ヴァァァァァァァーーーン!

 可変エグゾースト音調を変えた2000GTから本来のあるべきサウンドが360にも届く
グゥーっとアクセルを開けていくと360をあっという間に後方へと置いていく
まるで鬼堂院は360をそそのかすように仕向けたとしか思えない
当然ながら360にも反応が見られる。

「これ、二万ある、用事ができた電車で帰ってくれ」

「えー?何言ってんのー?」

360はスッと専用道路から一般道路に降りると、目先のバス停に横付し女を360から下ろす。

「ちょ・・!隼ってば!」

「悪い、ディナーは中止だ。」

ウィンドウを閉めると360はエグゾーストを響かせ専用道路へまた上がっていく

「隼ってばー!・・・・・んもぅ!最低ッ!」

 自動車専用道路に戻ると、ウィンドウを全開にし、淀んだ空気と匂いを排出し
自らのエグゾーストと外気を車内に呼び込む。

「2000GT・・・・頼むから降りてないでくれよぉ・・・・!」

 やや速めにスラロームしながら2000GTを探す、むろんここはスピード違反取締区間
ラフな走行が警察をおびき寄せるため、ごくごく自然に、そこそこに2000GTを追う

「とんでもない2000GTだ・・・・とんでもなく―――!」



箱根ターンパイクまでもうじき。







『箱根ターンパイク:早川ランプ』

「このカードを出してくれ」

「あ、はい」

料金所で車を停車させ、ウィンドウを手動で下げる。

「どーも、今日は雑誌の取材かなんかですか?」

料金所のおじさんが虎彦にそう尋ねる。
2000GTを乗っているところを見て、どうやら雑誌の取材と思ったらしい
まぁ無理もない話である、本来こんな若造に2000GTが乗れる訳がないのだから

「いえ、少しドライブに」

「そーですかー!エンジンブレーキの使用を心がけてくださいね」

「はい」

口数もそこそこに料金所から箱根ターンパイク
現在でいうところのTOYO TIRESターンパイクを2000GTは気持ちよく走りだす。

「どーも、こちらはドライブですか?」

「はいっ、これ!」

「あっ、はい」

「失礼!」

あとをすぐさま追うように銀色のフェラーリが勢いよく料金所から飛び出していく

「なんだろうかね〜随分焦っていたが・・・・?」

料金所のおじさんにしてみれば「?」なことは頷ける。

「さぁさぁどこまでいったー?2000GT!!」

 スコーンと突き抜けるようなエグゾーズトを奏でて360が2000GTの後を追う
有名どころ、ハマーンのエアロで身を固めた360が軽を勢いよくどころか
おもいっきりパスし
緩い左コーナーをアクセルを開けながら登っていくと、ついに捉える2000GTの後姿



「おーおー!見てみろ虎彦君、あのフェラーリ360が追いかけてきたぞ!」



2000GTの背後で360がパシパシとライトを点滅させ
”一緒に走ろう”とばかりに誘う

「虎彦君、コイツを全開で走らせたことは?」

「半開までしかないです。」

「よーし、半開まで踏んだなら全開までいってみろ!」

 OFFに戻してあった可変エグゾーストをONにすると、2000GT は想像を超える咆哮をあげ
360とのフルランデヴーに入っていく、踏み始めの加速は弱そうに見える2000GTだが

「伸びる・・・・っ!!!」

360の中で男はこう驚くしかない

14000r.p.mまで突き抜けるように回るエンジンはパワーカーブに濁りがなく
加速の息継ぎもほとんど見られない

 あたりまえのように中速域からレッドゾーンまでのツキ、いわゆるレスポンスは抜群で
360がシフトアップする間に2000GTはロスが少ない加速でジリジリ離れてゆく

「息継ぎをしないのか!!?」

 坂道をかなりのハイペースで飛ばす、途中で雑誌の取材車と思わしきシルビアの、チューンド車3台にごぼう抜きをかます。
360に抜かされるならまだしも、時代錯誤もいいところの2000GTにごぼう抜きされるとなると
悔しさよりも驚愕の方が圧倒的だろう。

「お、おぃ!写真撮ったか!!?」

「バーロ!フィルム変えてる最中だよ!」

「なーにぃー!?おまっ!あの2000GT!」

「しゃーねーだろうが!」




「いいぞいいぞ!もっと踏んでレッドゾーンまで回すんだ!」

横で目を輝かせながら鬼堂院が叫ぶ

「このエンジンにタレはない!あっても感じないレベル
踏めば踏むほどにコイツは加速する!」

 マフラーから幽かに青白い燃焼炎を出しながら5速へシフトアップ
緩いコーナーを登りながら駆け抜けていき、よくある雑誌の撮影で使われる
右コーナーをタイヤを鳴らしながらクリアしていく
だがリアがブレークするわけじゃぁない
立ち上がりは素直にまっすぐ先に鼻を向けて加速する。
むしろ背後の360の方が挙動が定まっていない

「なんだあの安定感!たかだか1.6mの車幅であの安定感!」

 安定した立ち上がりに狂気的な速度を重ねていく、ブレがない
淀みないエンジンに添うようについていく足回り
受け止めるボディ、無言で操る虎彦

「箱根の坂はキツイ、ブレーキングポイントに気を付けろ
といっても、カーボンパットはキクからなー」

「カーボンパットなんですか?」

「あぁ、耐久性からローターまではカーボンにはしなかった」

「スケールが違いますね」

「はっはっ、やはり低温時は頼りないからな」

「交換も馬鹿にならない・・?と」

「いや、私なら交換なんて安易だが、私が死んだあと誰かの手で
コイツが生きてゆけなくなること、それが一番辛いんだ。」

「エンジンは・・・・?」

「いずれ教える、日本でそいつだけがコイツのエンジンに手を入れることができる」

「・・・・」

「走りに集中してくれ、360はまだ食いついてくるぞ」

「本気で突き放しにかかっていいですか?」

「好きにしなさい」

アクセルをスパンと離し、クラッチを即座に断続させギアを落とし
4速で14000r.p.mまで踏む

「やはり離れる・・・!」

「各種状態異常はなし、踏んでいきます。」

マフラーから一筋になわれたエグゾーストが吹き出し、360をパワーで圧倒する。

 コーナーへのブレーキングも遅いのに間に合っている。
一つ一つの動作に360は遅れを取り、結果的にそのすべてが速さの差を生む
軽量でバランスがとられた2000GTを見失うのは時間の問題
だが、それ以前に2000GTへの食いつきたい、見失ってなるものかと
集中力を研ぎ澄まし、中々バックミラーから消えない

「消されてたまるかよ!せめて頂上のPAまでついて行くッ!」

F1エンジンにだってプライドを折られてなるものか、跳ね馬は限界を押し上げる。

 大きく回り込む左コーナーをクリアするとまた直線、5速10000r.p.mまで回し
パーシャルスロットルでS字をクリアする。

 レスポンスの良さ、これがもっとも注目されてしまいがちなポイントだが
そのほかも当たり前のように仕事をしているがレベルが桁違い
ボディ補強で高められた剛性はエンジンパワーに押されすぎず押し返さず
まさに寄り添う形でエンジンの補助に務める。
よくあるボディが勝り、コントロール性と耐久性に主眼を置く仕様ではない
あくまで主役はエンジンでありつづけ、脇役となるその他のキーパーソン
だが、手は抜かない、抜かりないバランスがこのフィールを演出する。
何かが一つでも欠けたらこの車は天から落ちるように失速する・・・・
その背中合わせの風合、付加価値、魅力、アクセルは緩めない

あくまでも

あくまでも

この2000GTはチューンドカーとして扱われ、ノルシタジックなプレミアムという
足枷をはめた運命を拒否する。







この2000GTは天使の忘れもの、天使の羽からこぼれた奇跡のような車







「速すぎる・・・・・!」

静かに後方で息切れを起こす銀の跳ね馬

もう加速が追い付いていかない、F1のDNAを主体にするモデルといえども
ホンモノには何一つ及ばない、静かにそれを証明する2000GT

鬼堂院は虎彦に告ぐ





「コイツを可愛がってくれないか?」





まっすぐ前を見据える瞳に訴えかける。





「絶対、忘れさせません、鬼堂院さん」




「そうか・・・・」









『第二章:新たなる歩み』

 喪服の人間が蠢き、活気は皆無に等しい空間
空を漂う雲は今にも泣き出しそうだ。

 宮式の絢爛たる装飾を施された霊柩車がクラクションを天に響かせる。
キドウインダストリースの本社の前に参列する社員全員が霊柩車を見送り
英哲の息子が遺影を抱え、専用バスに乗り込み葬儀場へと出発する。

 バスの中でもすすり泣きの声がまだ洩れ、早くも空は泣き出し
窓ガラスにポツポツの雨痕が目立ち始める
道路の色が濃さを増して行き、先をゆく霊柩車のタイヤからは水が肉眼に
確認できるほど排出され始め、太陽の光も一層絞られる。

「父さん・・・・」

遺影を抱えた長男が岳神の横に座りながら一言つぶやく

「英達会長・・・」

「岳神さん、父さんは3ヶ月だなんて暢気に構えておいて、その半分で昇るだなんて」

「会長は・・・・安堵されたのだと思います。」

「安堵?」

「天使の忘れものを引き継いでくれる人が見つかったのです。」

「あの2000GT・・・・父さんを理解しようとしなかった・・・・」

「お気を落とされずに・・」

「父さんが癌なんかに倒れるなんて・・・・今、こんなに実感がわいてくるなんて・・・・」

 涙をかみしめながらバスに揺られる英達を支える岳神、彼もまた悲しみに包まれている
だが、いかなる場合も使える者を第一に考える。

 雨に彩られた道路をかき分ける水しぶきの音に、一筋のエグゾーストが岳神の耳を揺さぶる。

「英達会長!」

「父さんの・・・・!」

「彼が、彼があの忘れものの後継者です・・・・・」

 バスの横をしばらく並走すると、2000GTは天への渡りを案内するような
透き通ったエグゾーストでバスと霊柩車をパスしていく





雨の中を迷わずに、雲の切れ目を作りながら





「英達会長・・・今日は午後から晴れるそうです。」

「父さんの葬儀に雨は似合わないな」

「はい、私もそう感じております。」










「鬼堂院さん、2000GTは今日も走ってますよ。」


 雲の切れ間から射す太陽にやさしい表情でつぶやく虎彦、箱根で鰻を食べてから
一ヶ月くらいで鬼堂院英哲はこの世を去った。
会社の跡継ぎ、天使の忘れものの跡継ぎを見つけると、安心し
まるで人生最後の大仕事を遂げたように、やすらかに、にこやかに

 虎彦は英哲が生前時一度だけ一緒に訪れたあのチューナーのもとへ向けて2000GTを走らせる。
泣き出した空はすっかり笑顔に戻り、路面はこれ以上濡れない、湾岸線を西方面にひた走る。
最近はあしげくそのチューナーの元に顔を見せている。
2000GTをより早く理解し、英哲の託した忘れものを忘れないために







「相変わらずやかましーなーオイ」

「ども」

「今日は何の用だ?頻繁に来たってなんもかわんねーぞ」

「いえ、鬼堂院さんが」

「聞いてる、ちゃんと秘書のヤツが電話くれたよ」

 一見さびれたガレージはこのだらしない男の性格を表しているが
よくよく見ればそれが猫を被っていることだともわかる
それくらいに工具だけは輝いている。

「今夜、一緒に首都高に上がりませんか?」

「男どーしで?んな胡散臭いマネしたかないね」

「追悼、というか・・・・」

「追悼ね・・」

「鬼堂院さんへの見送りとして、もう一度エグゾーストを聞かせてあげませんか?」

「かー、仕様がないな、若いくせにそーいうとこはキッチリしてんのな」

「それじゃぁ12時頃に迎えに行きますね」

「まった、追悼の意を表すんだろ?ちょっとエンジンの調整してやるよ」

「あ、お願いします。」

 ガレージに入庫しボンネットを開ける2000GT、その見た目から
否、いかなる見た目でも想像できない心臓を積み
それを調整ないしは改造できるのはこの男、森下トオル
英哲が見込んでこの2000GTを作らせ、見事組み上げた張本人である。

「何か変わったこととかなかったか?」

「いえ、とくには」

「そうか、案外上手いんだな」

「なにがですか?」

「真顔で聞き返すなよ、お前さんの乗り方が上手いと誉めてるんだ」

「あ・・ども」

「エンジンを見れば、大抵の踏み方は見えてくるもんなんだよ
特にこのエンジンはな、万人向けじゃないからな」

「上森さん」

「あーどした?」

「なぜ・・・鬼堂院さんはこんな2000GTをつくろうと思ったんでしょうかね」

「さーなー金持ちのやることは未だに理解できねーよ」

「そーですよね、誰も知らないんですよね」

「知らなくたって2000GTは現存し、お前のモノ、それ以上の事実があるか?」

「まぁ・・・そうですけど」

「いーんだよ、納得なんかしなくても、それに答えもないだろうよ」

「・・・・なんか飲み物買ってきましょうか?」

「お、気がきくな、微糖のコーヒーで頼む」
















「さてと、どーいう風に首都高を回るつもりだ?」

「東行きに湾岸を上り、新環状→C1→横羽で」

「ずいぶん大回りだな」

「鬼堂院さんご指定のコースなんですよ」

「12時04分か、それらしき奴らもいるかもな」

「今のところ、あんまり見ないですねこの2000GTについてくる車は」

「まぁーそうだろうな、普通、音聞いただけでもよってこねーよな」

 首都高湾岸線から少し外れた石川町から首都高狩場線に足を踏み入れる。
ほかの車より少し早いペースでタンタンと走り、すぐに新山下まで到達すると
左に進路を取り、湾岸線へ合流していく
湾岸線に入るや否や、1台のR33がパッシングしてくる。

「どうしますか?」

「2000GTを舐めてるだけの雰囲気クンだな、無視しとけ」

 まったく反応のない2000GTに一瞥を投げながら横から抜かしていくR33
さぞこの2000GTが普通の2000GTでノッてくると思ったようだがそうではない
まだ相手とするには、何かが足らない

 ベイブリッジを渡るといよいよアクセルを深く踏み込んでいく
5速で10000をキープしながら230km/hまで一気に加速して行く
ワンオフのゲトラグ製6速ミッションはエンジン特性との相性が秀抜で
ギア選択一つをとってもなかなかパワーバントから手を放さない。
太いタイヤがトレッド幅の狭さをカバーし、オバフェンの妙ありといった感じで
シートの背中越しに地面からの入力が全身に伝えられ、ステアリングからまた
地面へと入力が帰っていく
鶴見つばさ橋を13000、250km/hで駆け抜け、一般車をスラロームしつつ6速へシフトアップ
速度を更にパラパラと重ねていく、260km/h、274km/h、289km/h

「踏むねぇ・・・・!」

 6速での全開走行であっという間に300km/hの大台に乗せていく
周りの景色はこちらにめがけて飛んでくる。
身体を巡る血液が循環しずらさを覚えるほどのスラロームとG
人間はウェットサンプということか
ドライサンプ且つ、低重心コンパクトのエンジンでほぼ50:50の比率で
湾岸線を駆け上がる2000GTは更に加速を続けようとする。





「見つけたゾ・・・・!ペガサスホワイトちゃんよぉッ!」




 バックミラー越しに視線を送るそのドライバーはあの日の360モデナ
高速走行時はリトラクタブルを閉じて走行する2000GTの低いライトポジションは
バックミラー越しに見ても特異でわかりやすく

 最近はこの2000GTの話が割と触れ回っており、この隼という男が
耳にその噂を仕入れるのも時間の問題だったわけである。
加えて、あの日以来、直線ではまったくお話にならないばかりか
コーナーでさえも話にならなかった彼は360をファインチューン
ECUチューンや各部のフルバランス取り、ボディも見直した。
ハマーンエアロはそのままだがリアウィングは可変式の
ダウンフォースを生み出せる社外製に変更、ホイールも軽くて高剛性のモノ
バネ下を意識し、コーナーリングでの力を磨いてきた。

「いっちょ加速で負けてたまるかよ!」

 ガツンと踏んだアクセルに驚いた360が暴れてリアがふらつく
スラロームを強いられるタイミングとあたってしまったため
250km/h台まで減速して左右に動く2000GTの背後にピタッと食いついてくる。

「誰か来たぞ」

「360・・・モデナ?」

虎彦は数秒も要さずに直感で感じ取った。

「この360、速いんですよ。」

 LNG基地を左手に据えながら250km/hオーバーでの走行をする二台
さっき抜かしていったR33をあっさり抜かしていく




「360は解るけど・・・・なんじゃぁあの2000GTはー!!!?」




 全開走行につき、エグゾーストシステムを開放していた2000GTからの
エグゾーストに周りの車はポカン、とした表情が見えそうな気がする。
それくらい鮮烈なV8のエグゾーストはシルキーで雑味がなく、洗練されている。

「やはり、伸びが悔しいぐらい終わりないな!」

 360の更に上まで回るエンジンで2000GTは加速で360を押し退ける。
詰まっていた車の波が途切れると、二台は再び深くアクセルを踏み込んでいく。
300km/hまでの道のりをあっという間に消化し、300km/h丁度をチラツク

「なかなか、いい感じじゃねーかあの360」

「やっぱりそう思いますか?雰囲気が同じなんですよ」

「そうだな、違和感を感じないヤツだな」

 銀色の跳ね馬は何時にもまして速い、事実2000GTよりは馬力が出ていないはずだが
ここまでついてくるのはサイズがこの空間にぴったり合っているからだろう
レーンチェンジも非常に安定し、2000GTの背後からヒシとして離れない。

「こんなに川崎エリアが短く感じるんなんてな」

「もう川崎航路トンネルですね」

「そろそろクーリングに入れ、急激なヒートアップにこのエンジンは弱い」

「解りました。」

2000GTがハザードで減速を360にコールする。

川崎航路トンネルに入る前あたりからクーリングへ
360も合わせるようにクーリングに移る。

「ふぅ・・・少しの間でさえこんなにキンチョーするとはな・・・・」

360が2000GTの横に並び、隼は虎彦の方を見る。

「とんでもないな、こんな若い子が運転してるとはな・・・」

虎彦を見ながら少し驚く隼に、虎彦が指をさしながら何かを伝えようとしている。

「ん?なんだ?」

前にも気を配りながら、ジェスチャーで伝えようとするが

「おーけーおーけー!ついて行けばいいんだろ」

窓越しに親指と人差し指でOKの合図を送る。

「よし、料金所を抜けたら無理せず大井PAまで走れ」

料金所で連なる二台、懸念された水温、油温は安定している。

「このRVX-06はいわゆるハイブリッドですよね?」

 料金所を抜け、再び120km/hクラスへ一気に加速する車内で
虎彦は上森に確認する。

「ハイブリット・・・・まぁそうなようなそうでないようなだな」

「トヨタのルマン参戦を企画した班により試作されたエンジンだと
鬼堂院さんから聞きました。」

「・・・」

「その時、上森さんも企画に携わったと」

「少しな、ほーんの少し、エンジンの根本のリファインを担当したんだ。」

「耐久性はほんとのところどうだったんですか?」

「コイツのRVX-06はタイプBという試作型、本番のF1後半戦より投入された
改良型をベースにエデュランレスユースに仕立て直したものだ」

「まず壊れない・・・と」

「そうだ、だが高回転まで回るが壊れないという相反しそうな条件を前提に組んだ。
ニューマチックバルブはそのまま残したが、ピストンリングは二本に増やしたし
各部もアルミから鋳造へ戻したしろものだ。
タイムはタイプAやC,D,Fなどに結構及ばないものだったんだが24時間のランニングテストで
一番、平凡で壊れず、不具合も招かなかった。」

「高回転との折り合いは?」

「ユーマチックバルブが大いに役に立ったな、安全マージンを取った気圧で
14000として常時12000まで、よほどのフル加速以外は13000が上限
馬力もそこそこにトルクも穏やか、ただその平凡さにオトされたエンジンなんだ。」

「開発チームの目からこぼれたんですね。」

「あぁ、平凡すぎて逆に注目されず、耐久レースコンバートの話自体ポシャって
そこに英哲のじいさんが現れて、このタイプBだけを買って行ったんだ。」






「んッ?」

「どうした?」

「いえ、後ろからかなりハイペースで複数の車が登ってきます。」

「スープラか・・・?」

「それ以外にも、複数」

「速度を落として左に寄れ」

「あ、はい」

 減速し、80km/hまで落として、左の走行車線により
トラックの前に入り、後方からくる5台を隠れてやり過ごす。
360もつれて一緒に隠れる。


「車種御拝見だな・・」

複雑なエグゾーストの重奏がすぐに横を駆け抜けていく

青・白・黒・橙・水色

張り合わない色合いの5台が真横を200km/hオーバーで駆け抜けてゆく

「少し追ってみろ!」

スパッと加速態勢に移ると、虎彦は自然に13000までエンジンをブン回し
最後尾の車の後を追う

「おおい!待てよホワイトペガサスちゃんよ!」

水色のポルシェ、993型の背後に目指して加速していく2000GT
一息遅れて360もついてゆく

「ポルシェですね」

「いいや、ルーフだルーフ」

「ルーフ?」

「光岡自動車のような新車製造認可を受けたメーカーだ
ポルシェのホワイトボディベースに作り上げられる。
コンプリートカーだ。」

「トミーカイラのような?」

「ニュアンスが微妙に変わるが・・・・まぁそんなもんだな」

「パワーも当然、高出力ですよね?」

「あぁそうだろうな、チューニングも加えられてるだろうから
ざらに700psは出ているだろうな」

「700ps・・・・」

「いや、下手すりゃ800psだって余裕なこったな」

「RRで800psなんて・・・・」

「いいや、二代目イエローバードっつーCTR2は4WD
ポルシェ自身さえ4WDが最高だと自負するパッケージング
そこを湾岸専用へアップデート、恐ろしく速いだろうな」

「直線競争はまず無理ですね」

「当然だ、レーンチェンジも含めて、加速と最高速共に勝てやしねーな
この2000GTも直線とレーンチェンジ、かなりのレベルにはあるが
この湾岸専用となってるあのルーフにはキツイだろうよ」

次にCTR2の横を走るオレンジ色の車に視線を向ける虎彦

「あっちの車は」

「ありゃぁTVRサーブラウ、イギリス製の2+2スーパーカーだ。」

「2+2?後席があるんですか?」

「そうだ、後席がある、それがどーいうことだかわからねーか?」

「ホイールベースが長いということになりますよね」

「おぉ・・中々の着眼点だ。そのとおりホイールベースが長ぇ
その長さがレーンチェンジ、それは動きが安定する。ちゅーこった」

「軽そうですよねサーブラウって」

「軽いな、ライトウェイトを自負する車種だからな」

「おぁ!」

「行くのか360のにーちゃんよ」

 2000GTを飛び越して一団の後ろについていく360
互いに並走するCTR2とサーブラウの間に割って入ってゆく

「よいしゃー!このままいっちゃるよー!」

 アクセルを踏みたし、フェラーリ特有の機会が仕事をする音が
一気に高く劈きを持って鳴り響く
CTR2とサーブラウの間から頭一つ抜き出て前の残り3台の
背後を目指そうと思った瞬間

「なっ・・・!?」

パワーで押し切って前に段違いの加速で出ていくCTR2

「サーブラウだけは・・・・!」

 サーブラウの車内にうっすら顔が見え、そのドライバーは
少しだけ微笑むと、360を置いて行く加速を見せる。
CTR2よりは明らかにパワーが低いが、スラロームが抜群に上手く
レーンチェンジからの立ち上がり加速が360の上を行く。

「う・・そだろ・・」

360の中で呆気にとられる隼

「くぁー桁違いだ・・・なッ、オィ」

思わず2000GTの中で身を構えなおして見つめる上森

「もう大井PAです。」

「おおぉッ・・・すっかり忘れてたな、360のにーちゃんにも合図しとけ」

 空気抵抗になるため閉じていたリトラクタブルを開き
ファニーな顔つきになった2000GTが360にパッシングを飛ばし
360を加速でスパッと抜かして、前に入り大井PAに誘導する。




『湾岸線東行き:大井PA』

 隣り合うように車を並べ、最高速に酔った車内の空気を
ウィンドウを開け、外の空気と入れ替える。

「くっそ・・・・」

360から隼が悪態をつきながら降りてくる。

「おほぉーその360はノーマルかい?」

「多少いじってはあるんですけどね」

「ども、案外今回が初めてですよね」

「君か、このホワイトペガサスちゃんのドライバーは」

「えぇ・・・まぁ」

「そのエンジン、F1ユースなんだろ?噂で持ちきりだよ」

「見ますか?」

「いーよ、散々後ろから見た、というよりお陰様で
跳ね馬に泥塗りまくりでまいっちゃうね」

「いーねぇ・・・あんちゃん、カネはあるんだろ?」

「ありますよ、どぶに捨てまくりのカネがね」

「跳ね馬にこれ以上、泥塗るわけいかねー

そうなんだろ?」

「塗りたくないですよね、フェラーリーですから
どこまで行ってもフェラーリーは特別ですし」

「特別ねぇー、わかるかー?虎彦ォ」

「え?あ?はい?」

「はーっは!解らないよなー、俺もよく解らねーし」

「えーッ!」

思わず口に出してビックリする虎彦

「いよし、気に入った、あんちゃんの360をとびっきりに
最高に速くしようじゃないの」

「俺の360を・・!?」

「やらなくていいのか?ならいーんだが」

「やってくださいよ、バッチリ」

「カネは払ってもらうぞ?」

「もちろん、下手な女に流すのをやめれば余裕で支払えますよ」

「女かッ!だとすりゃぁ今度の女もすげー金食い虫だな」

「コイツは正真正銘の女ですよ」

「まぁなんでもいいわな、よし俺のガレージに持ってくぞ」

「今から!?ですか・・・!?」

「思いた立ったが吉日ってな、虎彦、追悼走は残り一人でやってくれ
用事ができたから先に帰る。」

「あ、はい、わかりました。」

「んじゃぁな、おいあんちゃん、助手席乗っていいだろ?」

「えぇはいッ」

360に乗る上森を待たせながら、隼は虎彦に向き直る。

「改めて自己紹介させてもらうよ、俺は芹松隼、君は?」

「五十嵐虎彦です。」

「今度会うとき、また走ってくれる?」

「是非。」

360に隼が乗り込むと跳ね馬はいつもの嘶きをあげて
大井PAから出て行く。







『第三章:きたる親友』

ガコンッ

 自動販売機から飛び出してくるスクリュー缶の紅茶を手に取り
2000GTの元に戻っていく

「・・・ッ!」

 2000GTの横に止まる深い瑠璃色、トヨタ純正のブルーマイカより
もっと深みがあり、吸い込まれるような、というより
車だけじゃなく傍らに立つ男も普通の男だが
立ち構えがこの場をよくわかっている。いわゆる空気をもっている。

「こんばんわ」

「こ、こんばんわ」

「いい2000GTだね、状態もいい」

「速そうなJZA80ですね」

「最近、噂をよく聞くよ」

黙って男を見る虎彦に話は続く

「バカ速の2000GTがちょくちょく走り回ってるって」

「そんなに噂になってるんですか?」

「もーもちきりももちきり」

「そうですか」

少し含み笑いで夜空を仰ぐ虎彦、まんざらでもなく少し嬉しそうだ。

「おや?やっぱり嬉しいものかい?」

「あ、はは、まぁ少しは」

「そーか、ならどう?今から一緒に走らないかい?」

「そのJZA80とですか?」

「もち、さっき横目でこの2000GTを見てから走りたくてしょうがなくてさ」

「やっぱり・・見つかってましたか」

「まぁーな、これでも俺も噂にはなるドライバーだからさ」

 その言葉が合図だった、二人は黙って車に乗り込むとエンジンを始動する。
大井PAから新旧のトヨタ製の車がやんわりと飛び出し
静かに本線へ合流し、アクセルをじんわり開けていく

「あーあ、また大和は・・・ったくほんと本能で動くよなぁ」

「さっすが大和サン!俺の師匠ー!」

「あの2000GT、かなり速そうよね」

「さっき360とツルんで走ってたな」



「で、お前はそのコスプレやめろー!」

「え?なに?この新作のミニチャイナだめ?」

「どこぞのストリートファイターの刑事か!」

「じゃぁ次はよろず屋のチャイナ娘風に」

「やるなー!絶対やるなー!」

「いいじゃないすかー朗サン、変わってるのはこの美サンだけじゃないっすよ」

ヌチャヌッチャ

「バターかじりながら説得されても意味ねーよ!」

「バターはバリ上手いっすよ!」

「黙れバタラーNSX乗り!」

「まーまー落ち着け、朗・・・バターをかじろうがコスプレしよーが
こいつらの速さは一級品だ」

「信介さん・・」

「な、大和も竹人もこの美ちゃんも、少し変わってるけど仲間だろ?」

「って!信介さんも即席麺食いながら言われても説得力ないわー!
せめてお湯で戻してよ!」

ボリボリンッ

「いやー腹へって腹へって、腹へっては湾岸線走れなくて」

「オレはバター食わないとC1走れないっす」

「あたしはコスプレしないと横羽が」

「なんの理念だよ!なんのポリシーだよ!走りに関係ないじゃん!
それ純然たる悪趣味だよ!体に悪いよ!タバコと同レベルで悪いよ!」

「失敬な!即席麺は体に悪くないぞ!ちょっとお腹緩くなるけど」

「悪影響出てんじゃん!悪影響受けてるよ信介さん!」

「おかげさまでトイレに詳しくなったんだよ、怪我の功名ってやつ?」

「もう悪影響って認めてるよね!認めたよね!怪我とか言ってるし!」

「コスプレは悪くないわよ!周りから羨望の眼差しをもらえるし」

「その視線は奇怪なもの見る視線だよ!なんか変な視線もあるし!」

「一番オレのバターが健康的っすよ、腹は緩くならないし、変な目線はこないし」

「お前は健康診断結果のお知らせーとか!そーいうのから
変な結果もらってるだろーが!」

「朗サーン、新環状でブイブイ言わせるR乗りが、それくらいで喚いてどーするんすか」

「そーよそーよ」

「即席麺食うか?」

「お湯もあるっすよ、しおラーメンにバターは最高っすよ」

「や、確かにウマいけどさ」

「まぁーまぁーほら、コスプレしたこの美さんがしおバタラーメン持って
持ってくればこの通り」

「熱いから気をつけてね」

「どこの○○喫茶だ!そーいうんじゃねーだろー!!」

「何が不満なんすかー、いいじゃないすかー」

「贅沢だな朗は、こんどいい店を紹介しよう、ヌルヌルが堪らん店にな」

「コラーッ!どんどん劣悪な提案重ねるなー!」

「じゃぁ今度、際どい水着を着て走ろうかしら」

「おいー!どこの雑誌のグラビア飾るつもりだ!」

「オイル塗っとけばエロさ倍増っすよ」






「大和ぉー!!!!早く帰ってきてくれー!!!!」






 ブレーキング一発目で姿勢を決断し、辰巳JCTの左コーナーをクリアし
新環状左回りへ突入する2000GTとJZA80
立ち上がりはパワーを相応に持つJZA80が太いトルクで突き放すように見えるが
2000GTはある種のメカチューンの頂点が施されたエンジンは
すばらしい加速と伸びを見せ、JZA80に引けは取らない。

「やっぱし伸びるな、異常に伸びる」

 とてつもない伸びで加速はJZA80と引けを取らないどころかそれ以上
小さなボディにも関わらず、2000GTはコーナーでも確実な
スロットルコントロールでテールスライドを微塵も見せない

「おぉ・・噂以上だな!」

 エンジンの基本的な素性でJZA80を上回るが、さすがJZA80のドライバーも
噂に上がるだけのドライバー、もちろんこの二台のランデヴーは
あっという間に首都高のドライバー達に携帯端末を通じて
パーキングエリアというパーキングエリアに知れ渡り
C1には自然に一目、噂の二台を見ようとそれ系統の車が集まってくる。

 当然、新環状左回りのルートにも何台か紛れ込んでおり
何台かのそれっぽい車をパスし、驚きの声を後ろに置いて行く。

「おあぁ!!伍人衆のトップ!成畑大和だ!」

「噂の2000GTもいるぞ!速ぇ!」

 新環状を左回りに駆け抜け、早々に箱崎JCTの左コーナーへさしかかる
アウトラインから緩やかにアウトミドルアウトで抜けてゆくJZA80
虎彦も当然それをなぞっていく
一般車もまぎれるこの場所でハッキネン走法はあまりにリスキー
いつも安全パイをかけた上で、よほどでなければこうして
身を守るのも立派なテクニックだ。

 目前に待つ右コーナーを処理すれば、待ってましたの江戸橋JCT
ここでルート選択がJZA80にゆだねられる。
バンを脅かさず惑わせず前に入り、C1外回りへ進路を取り
JCTの左ヘアピンに突入していく二台

「いける」

JZA80の真横に並び、アウトから思いっきりブレーキングで並走する。

「ここでか!」

 インにねじ伏せられるJZA80は、フロントの重さがモロに旋回力の邪魔をし
必要以上のブレーキングで対処せざる終えない
一方、フロントが軽く、フロントミドシップにエンジンを備える2000GTは
こういった低速での変則的な技量を用いるコーナーでは
そのディメンション共にサイズがジャストフィット、JZA80を立ち上がりでパスする。
宝町の下りで前後が入れ替わったまま、銀座区間へ

「この地味なアップダウンの区間で軽い頭がどう作用するのかな」

 成畑と名前を知られているJZA80の男は、後ろから見ていて
そんな小さな疑問を呟く、トラクションについての質問
軽い2000GT、いわば働く重さを有していない2000GTがどうでるか

 一個目の分離帯を虎彦はアウトから、成畑もアウトからコブへ突入していく
アウト目いっぱいから、真ん中をなぞる様に車体が少しカウンターを必要とする。

「やはりか、頭が軽すぎる。」

 成畑のJZA80は理想的なラインで、余計なランニングフォースを生まずに
地面をしかと捕えて切り抜けてくる。
車体前部に重量のある2JZを搭載していることが、ここではかえって
デッドステアリングの防止に役立っているのだ。
いわゆる働ける重さが作用している状況だ。

「しかし、アップダウンのないところでは実にシャープだな」

 一個目の分離帯を抜け、二個目の分離帯を抜けてS字へ
微妙な逆カントがついたS字で2000GTは、望むラインをしっかりトレースできている。
このような場面では軽い頭と、後輪付近にあるキャビンのおかげで
リアにトラクションが寄せられ、あとは技量で前輪の不接地感をカバーする。

「このS字をそんな風に抜けれるとはな・・・・」

 次はトンネル内の逆S字、またしてもバンピーな路面が悪さを仕掛けてくる
ブレーキングで頭に荷重をかけ、スパッと微弱なゼロカウンター状態で飛び込む
出口へ向けて、やさしく振り返し、アウトぎりぎりに抜けていく
一連のプロセスのなかで、成畑は非常に関心させられる。

「車の動きをよく把握しているな・・・・」

 当然、成畑が突き放されてたわけじゃない、しっかり2000GTの背後につけている
汐留のS字までの上りで、JZA80はその中間加速を見せつけ、2000GTに並ぶ
ターボの力強い中間加速は、メカチューンの最高峰といえど
一旦、ブースト圧を強烈にかけられては手も足も出ない
何より、ここの誰よりも心得ている、成畑のブーストの残し方が絶妙で
あっという間に2000GTの前に返り咲く。

「トルクがずば抜けてる・・・・」

 虎彦はターボのトルクにJZA70を少し思い出す。
坂道では強靭なエンジンにかまけて強めのブーストでいつもライバルを
食って引き離していたため、ターボの恩恵というのは虎彦も
よく心得ている。

「よぅし、このまま少し湾岸に戻ろうか」

 汐留S字をクリアし、浜崎橋JCTを左へそれ、一路、台場線へと飛び込んでいく
ちょっとしたコーナーでJZA80がアクセルをリリースしなければならない
場面に遭遇すると、スロットルレスポンスの強烈な2000GTが
すぐさま鼻っ面を横に並べてくる。

「おーおー、落ちつけよッ」

 成畑は嬉しそうに芝浦JCTを台場へ進路をとる、当然ウィンカーの意思表示も忘れない
JZA80と2000GTのリレー回路が同調し、同じようなタイミングで
ウィンカーが点滅しながら、二台は光り輝くレインボーブリッジへ入る。
数台の一般車を軽めにスラロームし、大きな左コーナーまでに
また少し、加速勝負を演ずる。
コーナーを外側の車線に添って走り、レインボーブリッジでまたスラローム
路肩にはナンパに向いた車種が一台止まって、女性でも口説いてるのだろうか

「メーター読み160km/hか・・・なかなかだな」

 バックミラーに映る2000GTをひきつれて、レインボーブリッチに少々耳障りな
エグゾーストが響き渡る。

 クジラのあばらのような鉄骨の下をくぐりぬけ、有明JCTへ

二台は一糸乱れぬ、位置関係を保ち、湾岸線へ再び合流して行く







「光利サン、お飲み物は」

「いーよ」

「おい!タツ!とろい車はさっさと抜けよ!」

黒塗りのメルセデスベンツの中に、下をまくったようなドスの低い声が響く

「ヘイッ!アニキ!」

 黒塗りのメルセデスがのびやかに、加速していき、ティーダをパス
臨海副都心トンネルに入ったと同時に、背後からあの二台が彗星のように現れ
メルセデスをえらい勢いでパスしていく

「ぬあぁっ!」

「走り屋コゾーが!ぬっ殺したらぁか!」

「落ちつけよ、タツ、トモ」

「へい、すんません」

「へいっ!」

「るーせーよ!バカタレ!返事がでかい!」

「へいっ!」

「うるせっ!ての!」

 走り去る二台を後部座席から眺めるつもりが、見えなくなるまで
二台を追ってしまった。

「もうこんなところか」

「へい、この先、横浜まで湾岸線で下ります。」

「そうか、ありがと、あと大黒PA寄れる?」

「へいっ!大丈夫ですっ!」






 臨海副都心トンネルを220km/hオーバーで走りぬけ
ボディーブローのような、きいてくるコーナーを更に内側へ

「大井ターンだ!」

 大井連絡路を一般車がいないのをいいことに
ほぼフルアタック状態で突っ込んでいく、タイヤをフルに活用し
刺さるようなコーナーを突破していく。

「ここからどう、スピードを乗せていくか見せてくれ」

「やっぱり速い・・・・ッ」

 JZA80が一段と加速しJZA80のパワーを使いきれるラインに乗せて
2000GTをジリジリ引き離し始めた。
現状維持でブーストを安定させるのが難しいところを
成畑は左足ブレーキを駆使し、ブースト圧を奮い立たせる。
アクセルレスポンスに長ける2000GTといえど、ブースト圧のかかった
JZA80の加速には太刀打ちができない、垣間見える直線直線で
虎彦は差が広がっているのを、感じずにはいられない。

 4速12000で、5速へシフトアップ、JZA80がアクセルオフを強いられる
場面になると、俄然2000GTのレスポンスの良さが光り、ちょいちょいと
差を詰めていける。

「乗せてくると落ちないんだな・・・・こりゃぁ速い」

 コーナー出口の立ち上がりが異様に速く、600psというパワーながら
C1さえも滑らかに走ってくれそうな印象を成畑に与える。

 1号線横羽上り、二車線の道路を左右に振られながら
右側の車線を180km/hオーバーで走り抜ける。
車線は割らず、右側だけを二人は走行し、自然と二人の前は
クリアになり、一般車が左へと避けていく
高いビルを何本も横目に、また東京のど真ん中へ戻っていく
下から突き上げてくるギャップをボディが吸収し、タイヤを
地面に寄り添うようになだめすかす。

 気まぐれに現れるスイートスポットを狙って
二台はアクセルを全開にくれ合う
緩い右を立ち上がり、エグゾーストを突き抜けるように発声しながら
220km/h巡航へとレベルを引き上げていく
わずかな直線だが250km/hまで引き上げるのは、この二人には容易い
漂うようなシケインは直線的にクリアする。
シケインにも満たないかもしれない、一般車が共存していないときは
至って穏やかに表情を保つ横羽、250km/hという速度は
あっという間に直線を食いつぶし、芝浦JCTが見えてくる。

 JZA80が右車線をキープ、台場線から一般車がゾロゾロ混ざってくる。
250km/hから一気に160km/hまでトーンダウンし、浜崎橋JCTを右へ
C1内回りを選択し、稜線的になった左コーナーをインを刺すように抜ける。
ここもまた左から数台、車が合流し、スピードレンジの違う二台は
右車線をキープ、汐留のS字に備えて、体制をセットアップする。
汐留S字のインと真ん中にはトラックとバン、二台のラインは
アウトに張り付いて、そのままインを舐める、右側厳守で突入していく
八重洲には行かず、そのまま銀座へ進路を保ち、下り坂からのS字がまた
二台を待ち受ける。
トンネルに入りきる前にブレーキを踏むJZA80、虎彦はもう少しブレーキを
レイトさせ、左側に移り、一瞬のうちにJZA80のサイドを取る。

「おぉっ!さすが、ブレーキングは敵わないな!」

 並んだままS字をクリアすれば、虎彦が前に入れ替わる。
そのまま直線で成畑のJZA80のタービンが仕事し始める前に
さっさと前にでて次のS字へのアプローチラインへ移行する。
申し訳程度の直線を消費し、テンポよく銀座エリア進入
JZA80の重さと、2000GTの軽さの良しあしが前後するエリア
スピードを出されるのを拒否するような路面のうねりを
二台の新旧トヨタフラッグシップがなでつけおさえつけクリアしていく
路面が下る場所では2000GTが有利で、車全体が暴れるようなギャップポイントは
車重でトラクションを自然調整するJZA80に有利が傾く。
道路の傍らで煌めく表示や案内を横目に中央分離壁の威圧感を感じながら
二台は、ふたつ目の中央分離壁、しかもアップダウン付きを丁寧にクリアしていく
あとはストレート、江戸橋JCTまで全開一歩手前のお互いで息を合わせるような
心地よい加速で、230km/hまで即座にレンジを引き上げていき
上り坂で、最左車線にトラック、真ん中に1BOX、最右車線にバス
車線変更の心理から右はじを取ることの多い一般車を見越して
真ん中の車線を厳守し、1BOXがC1内回りへと進路をとった瞬間
真ん中の車線をそのままに1号上野方向へ

 80km/hほどへ一気に減速する二台、片側車線をふさがれている関係から
一車線のみを高速で抜けるのにはリスクが高すぎる
そうふんだ二台はマージンを持った速度で新環状へ
タイトな右コーナーを抜けると、C1外回りから群れをなした一般車と
一気に合流していく
ウィンカーが入り乱れ、戦場の塹壕と塹壕の間を行き交う銃弾のように
車が入り乱れ、二台はしばし加速を見合わせる。

ふと車内の時計に目をやる成畑

「こんな時間か・・・・あっという間だな、オイ」

 急にJZA80がハザードを焚きながら箱崎JCTを6・7号線方面へ
進路を変え、箱崎ロータリー・PAへ消えていく
当然ながら9号方面へ進路をとった虎彦は少々ビックリするが
あのハザードが、今日はおしまい。
の意味を含んでいたことを汲み取り、虎彦はそのまま深川方面へ
2000GTを走らせて消えた。




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主人公は英語が苦手らしいよ!
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