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4ページ目を一回真っ白にしてしまったことはココだけの秘密、結構焦った。

ヤビツ峠のメッサーシュミット

来たぞー!5ページ目!

 

第十章

なんてことのない土曜の昼下がり、喫茶「街」には玄白とキキョウの姿
快晴で風もなく、少し着こんでいるとアツさを感じる
案の定、キキョウはよく冷えたアイスミルクティーを飲みながらご機嫌だ。
だが、今日、外に止まっているTTの横に鎮座しているのはエリーゼではない

「でさ、あれ乗って平気なの?」

喫茶の窓から外の「ソレ」を眺めて玄白が疑問がる。

「いーのよ、国土交通省承認済みだし」

「マスター、あれやばいですよね?」

「ナンバーが付いていれば大丈夫でしょう」

苦笑いしながら皿を拭くマスター、キキョウのブルジョアっぷりに
ノーコメントでお願いしますの姿勢だ。

「エリーゼはどうしたの?」

「ここんとこ派手に走りまわってたから、エンジン車体含めて整備中なの」

「あー、もしかしてエンジンはイギリスに送り返したりとか?」

「わかってるじゃない」

「げー、なんだそれ」

キキョウの規格は明らかに一般規格ではないことがよくわかる。

「ね!それよりさ!高寺さん、盲腸で入院してるんでしょ?お見舞い行かない?」

「確かに入院してるけど」

「キマリッ!行くわよ!」

「えー、俺昨日顔出したからいいよー」

「つべこべ言わず付き合うの!」

「じゃぁこのインプ555運転させてくれるとか?」

「はァ?」

(キマってらっしゃるっーゥ!!)

玄白の遠回しな要望は、キキョウの強烈な睨みつけで一蹴される。

それにしても外に止まっているのは紛れもないGr.Aインプレッサ
WRCにおいてC.マクレー、K.エリクソン、C.サインツなど
名だたる名ドライバーと第一線を張った名車である。

車内は完全な競技仕様、一体この車一台にナンバーを取りつけるのに
どれだけの職員が素性を調べ上げられ、春沢グループのCIA的なポジションの
人間に悪事の数々を調査され脅されたことだろうか
乗る車も普通じゃなければ、掛ける圧力も尋常ではない。

バケットシートになんの構えもせず普通の車に乗る様に乗り込むキキョウ
相変わらず金持ちという人間には世相が関係ない事がよくわかる。

「じゃ、マスターTT置いてきますね、邪魔だったら退かしちゃって下さい」

「大丈夫ですよ」

一応鍵をマスターに預け、左ハンドルのGr.Aインプレッサの助手席にあたる
右側のドアを開けて、コ・ドライバーの乗車位置に座る玄白

「病院までのナビ、頼んだわよ」

「え」

「私知らないもん、それに助手席はナビするところでしょ」

「あ、ハイ・・・・」

「いってらしゃい」

店先で見送るマスターを後に、Gr.Aインプレッサが病院へと走りだす。
ハードな乗り心地は、車酔いをしない人でも構えていないと酔いそうで
ターマック仕様の17インチホイールを履きこなす勇壮な姿からは
その乗り心地のハードさが見た目にもよくわかる。
宮ヶ瀬から出て64号線に乗り、春が来始めた山間をすり抜ける
休日のためか名車を駆りだし、ドライブにくる人も多く
その数多くとすれ違うが、Gr.Aインプレッサはそれをも凌ぐ注目度を誇り
道行く人も、濃紺に555のマーキングを珍しそうに見ている。
見た目だけならばさほど派手ではないが、その滲み出るコンペティション性は
一般車でない事を知らしめるのは容易、張り巡らされたロールケージに留まらず
車内に搭乗している玄白とキキョウがインカムをつけている点で
それが普通でない事が滲んでいると言える。

「別にインカムしなくても会話できない?」

「雰囲気は大事なの」

「ヘルメットかぶってないのに?」

「違うわよ、リエゾン区間みたいじゃない、こうやってインカムだけだと」

「そ、そーなんだ」

「知らないの?」

「そこまで見てなかったですハイ、スンマンセン」

「解ればよろしい」

しかし、傍から見れば女子大生がGr.Aインプレッサを難なく操っている
ここに驚きは隠せない、競技用の味付けのままのこの現車
とてもじゃないが一般的に言われるクラッチやステアリングは
低速域ではなく、高速域でブーストを掛けながら走行する
領域での入力を確実にするために重く作られている。
キキョウにとって重くは無いのだろうか?
それともなんかしらこういうフィールドにも耐えれるように改造を施したのか
玄白は疑問に思ったが別に聞かなくてもいい気がし
窓からボクサーサウンドを聞きつつ、前方の景色に高寺が入院する病院が見えてきた。

「あ、花屋さんだ!」

スーッと花屋の軒先にインプレッサを付けるとキキョウが店に飛び込む
右側に座る玄白は、後続車に気をつけてドアを開けて
キキョウに遅れて店に入ると

「じゃぁそれをもう二回りくらい大きくしたのを下さい」

キキョウが指さす方向の花束を見て玄白は

「ちょ、高寺さん死んでないから!」

キキョウが指さしていたのはシキミ(きへんに佛)を背に彩られた佛花である。

「え?」

「それはシキミを背にして段になってるだろ!」

「ダメなの?これ」

「あちゃー、常識だぞー」

「じゃぁこの胡蝶蘭にする!」

「だからそれもだめー!」

「なんでよ?」

「根付くっていうのが寝付くを連想させるからタブー!」

お店の人は若い二人のやり取りにクスクス笑っている。

「もう、普通に頼めよ、お見舞い用って」

「お見舞い用ですね?予算はどうされますか?」

見かねた店主であろう人がお見舞い用の花束の注文を賜りに声をかけてきた。

「5000円ほどのつくれますか?」

キキョウを差し置いて玄白が話を進めにかかると

「じゃぁあたしは50000円!」

「!?」

「?!」

仰天する店主と玄白、その額は大げさすぎるだろうという顔である。





青空のまぶしい駐車場にホンモノのGr.Aインプレッサの脇で
50000円分の花束を抱えたキキョウ、正直前が見えていない
それを5000円分の花束を持ちながらヨタヨタするキキョウを見る玄白
駐車場で出入りする人々もその大きな花束に何事かという目で見ている。

何度も言えることだが、異様な光景であることに変わりが無い

純ラリーカーの横で大きな花束をもつ若い女性
この後、病院でしばらく都市伝説に化けることになるのはまた別の話


「東病棟607、ここだ」

玄白の後ろには花束を山のように束ねたキキョウ
正直、看護師たちは良い眼で見ていない、だがキキョウはそ知らぬ顔である。

「んっしょ、へぇー正太郎っていうんだ。」

横目に病室のプレートにあるフルネームを見て
キキョウは初めて高寺の下の名前を知った様子。

「個室って豪華だよなー」

「そうなの?」

「貴方様には関係のないことでしたッ!」

部屋の前でふざけていると、病室のドアが開き中から桃野が出てくる。

「おぉ、玄白、ん?」

桃野からは玄白の背後に花束単体が突っ立っているように見える。

「こんにちは、桃野さん」

「あぁキキョウちゃんか、その花束はやり過ぎじゃぁ・・・」

「負けられない戦いだったんです!」

「桃野さん、この子ほっといて大丈夫です」

「そか」

「高寺さんは?」

「中で湾岸のC1ランナー読んでるよ」

そのまま売店へ向かった桃野と入れ替わりに病室へ入る二人

「こんちはー高寺さーん」

「おう、また来てくれたのか・・・っておーい!」

ズシャーン!

盛大に入口のドアレールにつまずいてズッこけるキキョウ
幸い花束がクッションになった様だが

「イタタタタ・・・・」

「大丈夫?」

「だいじょ、痛ッ!」

「?」

どうやら足を捻った様子、その物音に看護師が駆け付ける。

「どうしました?!」









やっと病室に静かな時間が流れ、花瓶には全て入り切らなかったので
キキョウの花束は各病院の廊下にも分花された。

「まったく、足ひねっちゃうなんてな」

イスに座りながら少しふくれっ面のキキョウ
捻った左足は包帯が巻かれ看護師の処置が見てとれる。
それを笑いながら見る高寺、経過は順調とのこと

「今日はTTとエリーゼでお目見え?」

「いえ、窓から駐車場を見てもらえばすぐに」

「窓?なんかドレスアップしたの?」

高寺は玄白に言われた通り、窓から駐車場を見渡す。

「おーGr.Aインプレッサのレプリカなんて止まってるじゃねーの」

「ソレです。」

「ソレ?」

「Gr.Aインプ」

「レプリカしたん?つーか玄白のじゃないよな」

「私のですよっ」

「おぉーレプリカも始めたのかー」

「それが、モノホンなんですよ、高寺さん」

「モノホン?」

「そう、実際の競技車両っていう」

「まさk・・・・いやこの子にしてあの車?マジで?」

もはや疑う余地のない笑顔でこちらを見てるキキョウ、実に自慢げである。
そこに輪を掛けるように桃野が飛び込んでくる。

「大変だー!外にマジマジのGr.Aインプが!」

「ん」
「ん」

飛び込んできた桃野の目線をキキョウに誘導する二人

「あぁ・・・そういうことか・・・・」

病室のテレビにはニュースが流れ、なにやらどこかの王国の王子が
緊急手術で日本に来日している模様、そして血液が特殊だとの旨を流している。









「足大丈夫?」

そこそこに病室に居座り、桃野が買って来たリンゴをみなで食べながら
やはりしたのは車の話だったが、時間も時間ということで
高寺の入院する病室を後にし、病院の駐車場へテクテクと歩く

「足?兵器よ!こんなの」

「兵器?イントネーションうわずるくらい痛いんじゃないのか?」

「・・・・・痛くな・・・・痛ッ!」

「やっぱり結構重症なんじゃないの?」

「へ、兵器だし!うん!」

「いや、声ひっくり返ってるから」

キキョウを介抱しつつインプレッサの元まで来るが
いわずものがこの足ではクラッチは切れないことになる、踏み出しが痛いのだ。
しかしキキョウはドライビングシートに収まると
痛い左足を推してクラッチを切ろうとするが

「イタッ!クラッチが重い・・・」

「ムリだって、俺が代わるよ」

「併記だもん!」

「うん、だからイントネーション違うよね」

「捻挫がなによ、こんなんでストリートレーサーが務まるわけないじゃない!」

「桃野さんはもう行っちゃったしな・・・」

「大丈夫だから!ほ、ホラ!」

グッ






バキーンッ!


キキョウの左足を激痛がバーンナウトしていく


「痛ァ―――――ッ!!!」


嫌な汗をにじませ、運転席で縮こまるキキョウ
見ている方が痛そうだ。

「・・・ホラホラ、どいたどいた。」

「うー・・・・私の555なのに・・・」

「運転しなきゃ帰れないんだろ?それとも輸送ヘリでもよこすのか?」

「あ、ケータイがない!」

「オイオイ・・・・」

そのころ、喫茶店でマスターにより保管されていたのは紛れもなくキキョウの携帯電話
どうやら喫茶に居る時にドタバタしている時に忘れていった様子である。




結局のとこ玄白がGr.Aインプレッサの運転席に収まる。
キキョウより体格の関係かよりシックリして見え、シートやミラーの類いを合わせ
キキョウに基本的なスイッチ類の操作をレクチャーしてもらい
セルスターターを回してエンジンをかける。

クラッチ伝いに、切っているにもかかわらずボクサーサウンドの和太鼓を聴いている様な
そんな鼓動感が玄白を包む、助手席とはやっぱり違う

「あとは普通の車と変わらないわ、ミッションもドグだから」

「おし、任せろ」

ゆっくりと後退し、向きを変え駐車場から出ていくGr.Aインプレッサ
そのドライバーの希望をつぶさに拾い上げるレスポンスに感動する玄白
ほんの数百メートルだけでかきたてられる高揚感
TTとはまた違う車だ。
顔がほころびデレデレしてる玄白を助手席からジト目で見るキキョウ

感動に浸っている背後から、緊急車両のサイレンが木霊しミラー越しに確認する
病院の正門付近で脇に寄り、それを先に通す。
なにやら救急車ではなく、いわゆる何か重要な物を運んでいる感じだ。

「救急車じゃないけどなんだろうな?」

「あ!さっきテレビで流れてたどっかの王子が緊急手術なんちゃらで」

「なんちゃらで?」

「特別な血液型でそれにあった血液製剤を探してるって言ってたからそれじゃない?!」

「血液型がユニークなのも大変だな」

が、他人事だと思いその車両を見送ったと思ったら
病院への道と国道が交わる目の前の交差点で
緊急車両と信号無視をし赤信号で進入してきたセルシオが互いのフロントを
潰しあう事故を発生させる。
車と車が衝突す嫌な衝撃の音がインプレッサの車内にも轟く

「オーイオイオイオイ!」

「え・・・・・」

唖然とする二人、すぐに駆け寄り車から降りて緊急車両へ駆け寄る玄白
当のセルシオはダメージが少なそうだが、この緊急車両は完全に衝突した
フロントの足回りが逝っているのは玄白もすぐにわかったと同時に
警察車両のサイレンが木霊する。
付近を通りかかった白バイ隊員がこちらへ駆け寄ってくる。

「大丈夫かー!」

「あ!」

「ん?」

「玄斎叔父さん!」

「お!玄白じゃないか!」

「助かった!今目の前であのセルシオとがっつりやっちゃってビックリで」

「大きくなったなー、前に会ったのはもう3年も前か?」

「いや!それはいいから!」

「おう、スマンスマン」

「それよりこの車、多分重要な医療物品の輸送で出てきたっぽくて!」

事故の音を聞きつけ、病院からストレッチャーを引きながら看護師たちが走ってくる。

「重要な物品?」

同時に警察無線が入る。

「T病院前で事故発生、近くに居る者はいますか?」

「こちら交機05、赤城。現場に居ますが少々問題が」

ヘルメット同軸の無線機で更新している合間にも玄白は緊急車両の
ドライバーに声をかけ、気絶しないように励ます。

「大丈夫ですか!?」

「うぅ・・・」

「寝たら死んじゃいますよー!」

よくある寝たらなんとかシリーズで励ます一方で、看護師たちも到着する。
車体からの救出が始まり、強く頭を打ち付けたのだろう助手席の人を救出
運転席の医療関係者も救出され、ストレッチャーに乗せられるが
しきりにうわごとのように玄白に向かって呻く

「時間が・・・・・時間が・・・・・」

「時間?!」

「け・・・・つえ・・・き・・せい・・グッ・・・ざぃ・・」

片言の伝言を残し病院へと搬送される運転手

「血液製剤!やっぱり!おじさん!」

「了解、交機05、特殊認定車両と共に搬送開始します。」

「へ?」

「あのインプレッサ、お前が乗ってたよな」

「え、うん、おれんじゃないけど・・・」

「たった今、本部から特殊認定車両の認定が下りた。」

「まさか・・・」

「俺が先導する、血液製剤を運べ!」

「なぬッ!」

「時は一刻を争う!ドクターヘリが無いんだ!」

「わ、わかった!」

インプレッサへ戻り、キキョウに事の流れを手早く説明する玄白
キキョウ本人も驚いているが、ドクターヘリが無いことや
今日は上空の気流が激しく、どうにもこうにもボヤボヤしてるなら
車で運んだ方が早いとの説明をする。

「え、ちょ、本当に血液製剤運んでたの!?」

「そうらしい!どうする!?」

「もちろん協力するしかないじゃない!」

いっぽう玄白の叔父、玄斎が医師を説得し無事送り届けるとの旨を力説
血液製剤の入ったケースを受け取り、玄白を車ごと手招く
叔父の前までインプレッサを移動させ、ケースを受け取る玄白。

「キキョウ!離すなよ!おしっ!」

「う、うん!」

ナビシートのキキョウに製剤のケースを渡し、自分を奮い立たせる。

「玄白!ついてこい!飛ばすぞ!」

現場の緊迫した空気から、最速と謳われたホンダVFR750Pと
WRCの雄、本物のGr.Aインプレッサ555が国道へ飛び出していく


普通のパトカーよりもさらにけたたましい高音のサイレンを響かせ
インプレッサを誘導する玄斎
彼は全国白バイ大会で3連覇の過去を持つ猛者、その卓越した
ライディングは警察関係者で知らないものは少ないほど
現場に拘る人間だが、少しマイペースな部分もあるが
これほどの揃い踏みは今の状況にして最高に頼りになる人間であるのは
間違いないといえる。

一般車が脇によける横を白バイとラリーカーがかっ飛んでいく様は
周りの人にドラマか映画の撮影かと勘違いさせる。

「東名高速に乗って一気だ!」

玄斎が国道246から一気に県道63へ抜ける。
チラホラとすでにその他の応援車両が交通規制を開始しており
確認の無線を瞬く間にやり取りし、交差点へ割と結構な速度で入っていく
その後ろで玄白もVFRに続けと最小のラインを描いて追随する。

そのまま、小田原厚木道路に乗り入れる二台
バイパスに入りさらに速度の上がる二台
護衛の高速パトカーが二台の背後に付く、5速150km/h近い走行
彼らの経験から言えば大した速度ではないが、周囲の車両にはインパクト絶大
厚木西ICから乗った小田原厚木道路はあっという間に東名高速に合流
ここから本当の200km/hクルーズが開始される。





『同時刻:ヤビツ峠』

ヤビツ峠、詳しく言えば裏ヤビツを流すTTの姿
それも単体ではない、別の車を従えて走っている。
従えると言っても単に流してる訳ではない、TTが走り抜けると
ガードレール端の雑草や、木の小枝が揺れ
落ち葉や塵が巻き上げられた風邪で舞い上がる。
相当な速度域で走るTTのライン取りは感嘆の息が漏れそうなほど洗練されたモノ

それを追いかけているのは紺色のGC8、郷矢だ。

「なんっだ?!あのキレた走り!」

驚いている当人を見ると、どうやらTTの運転手が玄白だと思っている様子。
しかしその玄白は現在、東名高速に居る、ということは
TTは玄白ではない誰かの運転、それも相当なベテラン

崖肌を舐める様なコーナーリングを一寸の狂いもなく積み上げ
パワーでも重量でも、そのパッケージングさえも何段も上のGC8を
まったく寄せ付けない走りをするTT

一糸解れぬ走り、そう形容するしかない走りを目の当たりにし
徐々に郷矢はついて行くことを難しく感じ始める。

「ムズっ!こんなにヤビツってムズかったっけか!」

ここ最近、ヤビツに慣れてきて、玄白ら意外に目立ったドライバーは
居ないなと決めつけていた自分を彼らしく戒める。

「レッスンしてやるかと思ったらこの様か!タハーっ!ヤッベ」

GC8の動きにもキレが増してくる。
先行するTTに対し余計な念を抱かず、あくまで一台の相手と再認識し
その動きをトレースしていく、TTが行けるならばGC8も、と

「数十年前の私を思い出しますね・・・」

バックミラーに映るGC8を落ち着いた目線の動きで確認したのは
紛れもないTTのチューナー、マスター
ヤビツ峠においてその杵柄は未だ朽ちてはおらず
郷矢という屈指たるドライバーさえも軽くあしらっているところを見ると
その力は相当なものであることを新たに証明しているようにしか見えない。

コーナーの進入で鼻っ面が磁石で引き寄せられてるかのように崖肌を舐め
すなわち適量のスライドも織り交ぜて進入していくマスター
コーナーに入る前にステアが切り終わっているのである。
あとは4WDのトラクションと直進性に任せ立ちあがっていく
GC8も同様に進入していくが攻めが足らない、一般的には十分キレた攻めだが
マスターの前では攻めがまだまだ足らないところがいくつも浮き上がる。

「ちぃーっ!速いな!誰だ乗ってんの!」

郷矢には玄白ではないことが解っても、誰が乗ってるかは未だ誰かは解らない
ナンバープレートも、ホイールも、ボディ色も玄白のTTであるのにこの速さ
本当のところは峠でTTに苦戦する気など微塵も予想が付かなかったが
現に苦戦している。そこで相手を見つめ直し、余計な念を捨てるところに郷矢の
速さの質がいい所以があるが、一度の油断は大きく巻き返す事は不可能だ。
となればマイペースでどこまで食い下がれるかを試して行く
チャンスを待ち、辛抱する。

だが、その辛抱は好転へとは至らなかった。
寸分違わぬライン取り、目を見張るばかりのコーナー進入、適量適所のスライド量
ついにヤビツ峠を登り切ってしまった。

「オイオィー・・・マジで誰よあれ」

若干の悔しさを覚えながら外へでる郷矢
だがTTから降りてきたのはマスター、郷矢もマスターの事は知っていたが
今回の走りで一気にマスターという人がタダものじゃないということが刷り込まれる。

「あ、どうも・・・」

思わず意外な人が降りてきたために郷矢は拍子抜けといった感じ

(エェェェエ!チューナーとは聞いてたけどマジでかっ!)

内心は驚愕を隠せない

「こんにちは、あなたは確か」

「九頭龍の郷矢です。先日の走行会でお目にかかって以来ですね」

「郷矢さんでしたね、今日は走り込みですか?」

「まぁ・・・そんなところです。」

(うおー!教育カマしてやるなんて思ってたなんて死んでも言えねっ!)

表向きと内心で完全に表情が違う

と、郷矢が気まずさに苛まれていると、頂上にエボ8が現れる。

「おー、速いねーと思ったらマスターだったのかー」

桜宮が窓から声をかけつつTTの横にスッとエボを止めると
マスターと郷矢の輪に加わる。郷矢にしてみれば
まるで電子が一つ入ってきた陰イオン塩素の気分であろう

(電子キター!これで安定する!)

「ども、郷矢さん」

「いやーどもどもどもどもっ!」

陰イオンになれた嬉しさから桜宮に過剰にあいさつする郷矢
登場したのが顔見知りだっただけに尚嬉しい
なんていうことをやっている横でマスターがコーヒーを入れ始めている。

「さ、どうぞ」

「あざーす」

「マスター得意技だよね、峠でコーヒー淹れるの」

「これのために峠を登るときもありますから」

香ばしいコーヒーの香りに、徐々に郷矢も気まずさがほぐされていく
徐々に暖かくなり、さらにヤマが気分良く走れる季節
行きの走行で自転車や歩行者が居なかったと思えば
チラチラとバイク、自転車、登山客がどこからともなく現れ始める。

「あ、こんなに人居たんだ・・・・」

コーヒーを飲みながら驚く郷矢

「私達が走ったのは空白の時間ですからね」

「スイートスポットってやつですね」

「その通り」

「ヤビツには本当にホンの一瞬、なにも居なくなる瞬間あるよねー」

もうここから後は途切れるまで深夜になるのを待つしかない
この空間を狙って走れるマスターに、郷矢は一目置かざるを得ない

「それにしても参っちゃいましたよ、玄白かと思ったら」

「私だとは思わないでしょうね」

初めて笑ってくれたマスターに郷矢はホッとする。

「高寺から話は聞いてます。昔、ヤビツで知らない人はいなかったって」

「昔の話ですよ、昔の」

「とかなんとか言って、まだ現役バリバリの速さだもんな、マスター」

横から桜宮が未だ現役をも震え上がらせる実力を持つマスターをいじる

「昔です・・・・そう・・・・」






高速をかっ飛ばす玄白、Gr.Aインプレッサは直進安定性もなかなかの物
白バイの先導の元、東名高速を一心不乱に駆け抜ける。
助手席では血液製剤の入ったケースをキキョウが大事そうに抱えている。
先ほどから玄白の後ろと玄斎の前に一台ずつ高速パトカーも先導に入り
より一層の走行体制を築く、玄斎と玄白
行楽シーズンでもなんでもないこの時期、昼間は東名高速も車は疎ら
というよりも警察車両が列を成せばみな立ち退くのが当たり前か

高速を快調に飛ばす玄白と玄斎だが、本部より連絡が入る。

「こちら本部、交機05、もう少しペースアップできそうか?」

「こちら交機05、現在200km/h付近で走行中、間にあわない?」

「状況が悪化しているとの知らせだ、血液製剤の残りもあとわずか
現状を打破するためにもう少しスピードアップを願えないか」

「交機05、では東京ICより道路の一時専用封鎖を要請したい。」

「それはできない、封鎖に際し人員が足らない」

「それでどう急げと!、道中に交通事故を招いては元も子もない!」

「だがそれは、様々な許可の申請も追いつかない、現状では不可能だ。」

一瞬先導している玄斎の表情が瞬時に曇る、漫画の様な表現で説明するなら
目の周囲が黒く影を落とす様な表情だ。
ほんの少しの間、本部との交信をしたまま沈黙を決める玄斎

「了解した。交信を終了する。」

しばらくの沈黙を保ったまま走行を続け、交信を切る玄斎
もう横浜青葉というところでの支援要請の失敗

だが、悪い知らせというのは並行して訪れてくる。

高速隊のパトカーに一本の無線が入り
その報告を受けた玄斎が玄白達を横浜青葉ICで止める。
玄斎の顔は曇りを隠せない

「大変だ。」

本当は止まっている猶予などない、ここまでの飛ばしてきた働きを
すべて吐き出してしまうロスとなる。望ましくは無い。

固唾を呑む二人に玄斎は続ける。

「東名川崎IC10km手前でタンクローリーの横転事故、渋滞だ。」

「路肩は!」

玄白が僅かな希望もあきらめまいと食い下がる、しかし

「複合事故、火災が激しい、一時通行止め扱い、一般道を行くしかない」

「そんな・・・・」

一般道は巡航速度にも限界があり、T病院まで
血液製剤を運ぶまえにクランケの命の保証ができない。

そんな時、インプレッサの無線機からキキョウを呼ぶ声が聞こえる。

「ガガッ・・!、ガッ!、お嬢様!キキョウお嬢様!」

「え?!爺?!」

キキョウがキョロキョロしながら、戸惑っている。
声の主は春沢家お抱えの執事達の総執事でありキキョウの
専属執事でもある爺、ケン・ハーバート。日英のハーフである。

「車載の無線機でございます。周波数の解析が遅れまして申し訳ございません」

インプレッサに車載される無線機からその声が聞こえるのを確認するや否や
ガッツを決め、無線機の交信に入るキキョウ

「グッドタイミングよ!爺!」

「はっ!現在、上空からヘリで通信中です!ご活躍は先刻ほどから
ずっと爺めが見届けています!」

「事故で高速が封鎖されちゃってるの!輸送ヘリを一機よこして!」

「ただちに!」

「待っているだけじゃ時間の無駄なの!少し先に合流ポイントを設置して!」

「は!横浜青葉ICより少々先に246沿いの私立宮垣小学校へ!」

「246沿いね!玄斎さん!宮垣小学校解りますか?」

「覚えがある!行こう!」

当のキキョウもインプレッサの車載無線機に関しては触っていなかったようで
どうやら本人としてもすっかり存在を覚えていなかった様子、だが
この日、この車でしか成しえなかった打開策でもあった。











『数十年前、深夜の峠』

暗い夜道、知る者だけが沿道に身を構え、峠を駆け抜けて下る車が二台
いすゞベレットと後を赤いジュリア スプリントGTVが追う

ジュリアからはしきりにブローオフバルブの音がする。
本来ではジュリアにはあり得ないメカニカル音だ
妥当なのは当時でも2002ターボくらい、しかし
このジュリアからは確実にターボの仕事音がする。

場所はヤビツではなさそうだが、いずれにせよ
アベレージスピードに対し、道路は少々質が悪い。

「また同じ流れかッ・・・・!」

歯を食いしばり、先の流れの予想に表情を強張らせるジュリアのドライバー
何度も負けているのだろう、ベレットの流れに逆らえない
完全にペースで乗せられている。

「直線でターボが生かせれば!」

だが、なかなか直線は来ない、直線が巡ってきても
その長さが足らない、速度が乗り始めてもすぐにコーナー
ターボチャージャを取りつけての、ベレットに臨むリベンジ

「コーナーじゃぁ無理はしない、アンタのリズムには落ちない!」

気合いを入れ直し、ベレットの前を虎視眈々狙う
アクセルを踏み込めばブーストが躊躇なく掛る
正圧だ、負圧ではない、踏み込めば25kg-m近いトルクが
瞬時にタイヤに伝わり、ベレットを捕らえられる。

勝つか負けるかの瀬戸際、緊張が隠せるかと言われたら
それはできないと答えるだろう状態
ギリギリの状態でベレットを追っている。
ワンミスも許るされない状況だが
緊張で張りつめた糸が一瞬たるんでしまえば
ベレットには勝てない、集中力が勝敗を分ける。

「ハコスカ、サバンナ、セリカ、どれも敵じゃなかった
でもアンタのベレットだけ勝てない、どうしてだ?
峠なら911や300SLだってちぎったってのによぉ!」

前を行くベレットは1600GT-typeR、俗に言うベレGの
最速モデル、いすゞが送り出したスポーツカー
このジュリアは未だこのベレットから勝ちを奪っていない
デビューしたばかりの2002ターボにさえ勝ち
そのあまりに強烈なターボパワーに勝機を見いだせると確信し
ジュリアにターボを取りつけた。
キャブレターとの兼ね合いは難しく、ジュリアは更に
機嫌を取るのが難しくなった。
しかし、ご機嫌が最高に良いときのジュリアはハコスカやサバンナ
数ある国産のハイパワー車を置き去りにできる。
2L強の車さえもたちどころにバックミラーの彼方へ置き去りにする。
アルファロメオにそんなパワーを与えたにも関わらず
未だにベレットは前を走っている。

今や、ベレットが前を走っていることに憤りや疑問は感じなくなった。
実力は認める、しかし負けっぱなしはプライドが許さない
一回だけでも勝ちをもぎ取り、もぎ取らないと先に行けない
何にせよ、ターボまで付けたのだ。もう負けは必要ない

「これで勝てなかったオレァ才能がねぇってことになる。それはいただけねぇ」

スピードの大幅に乗る箱根でさえも勝てなかった。
サーキットの如し首都環状線でも敗北を喫し
ベレットのホーム、ヤビツではお話しにならなかった。
その他にも数回、峠で挑んだが全敗

パワーをあげるしかもう選択肢は無かった。

無理して買ったタービン、正直こっから先の生活を犠牲にしたチューン
プライドのために信じられないくらい高価な買い物をしてしまった。
これで勝てても、何かが残るとは思えない
だが負けたら残るモノが明白にわかっている。

悔やみきれない後悔なんてものはしたくはない

勝って後悔したい、こんなもんつけてどーしたんだか。と

だが勝機が無いわけではない、いつもよりいままでの走りより
ずっとベレットに近い、勝ちがもうすぐ先に見え隠れする。

ジュリアのアクセルをより限界まで踏み込んでいく
ベレットは未だ前を占領している・・・
付け入る隙は絶対に逃してはならない。





「昔、そんな赤いジュリアスプリントGTVと頻繁に走りましてね」

「当時でターボ?すごいですねそのドライバー」

コーヒーをすすりながら話を聞く郷矢と桜宮

「えぇ、どれだけ大変だったでしょうか」

「95年の規制緩和の相当前だよね」

「そうですね、少しの改造でさえ警察に御用になってしまう」

コーヒーをすすりながらマスターの話は続く

マスター、いわゆるラインハルトの呼ぶ所によると
徹三と言うのかと思いがちだが本人はそれを否定している。
マスターは当時、一種のカリスマとされ
カリスマという言葉自体輸入されてなかったころより
そう一部では呼ばれていた。

ベレットを駆り、数々の名勝負を演じたとされ
その名は年数風化と共に多くの人間には知られなくなったが
今もなお、一部の人間はその名勝負を記憶しているようで
桜宮を始め、ラインハルトや安彦はその全盛期を聞いたないしは
その目で見ている。

マスターはこれまで、何人かのチューニング申し入れも断っており
一向に「喫茶屋であって改造屋ではありません」そう断り続け
桜宮達3人を除き、他に関与したのは玄白のみ。
そのカリスマがチューニングだけでなく、そのすべて、
持てる物を全部伝えているという話は一部の人間には
割に広まっているらしく、ルーキーとしても評判がつり上がっているのは
そのパトロンであるマスターの存在に対し期待を裏切らない
玄白の走りが評判に繋がっていることは間違いなく
先日の走行会での評価も高く、同時に九頭龍入りもあり
再び、マスターというカリスマの存在が再確認
そしてよくありがちな尾ひれをぶら下げて話が独り歩きし始めつつもある。

実物や本物を見た聞いた、それをしたことのない人間の話は
余白や編集の余地があまりにあり過ぎ、聞いた人間は
その内容を十中八九、編集して言い伝える。

その証拠に、最近はヤビツへの出入りがジワジワ増えている。

みなルーキーを一目見よう、挑もうという話があるが
いずれも桜宮らの存在にルーキーの探索を諦める傾向にあるようだ。

ネットが普及した今、話は急速に広がると思いがちだが
本当に走っている者の人口減少やネットにおける話の信憑性の薄さ
またアウディではなくランエボやインプレッサ、RX-7など
話の内容にばらつきが見られることが
マスターが伝説のカリスマだった、程度と
ルーキーが姿を確認できない、という自然な情報の濾過が図られているのだ。

だが、一部には確実に伝わるべき内容は伝わっている。

郷矢達も例に漏れない。









停車していた横浜青葉ICから246いわゆる厚木街道へ飛び出し
東京方面に上りつつ、合流場所の小学校へ急ぐ
当然、玄斎らの先導により、一般車両は避けてはくれるが
如何せん、一般道、それほどの速度は望めない
そこそこの一般車の流れをかいくぐりながら、小学校へと急ぐ上を
一機のタンデムローターの重輸送ヘリが飛んでいくのをキキョウが発見する。

「ヘリが来た!」

フロントウィンドウ越しに望むその機影は、ニュースなどでも
幾度か目にしたことのある大きな大きなヘリコプター

「デカっ!」

「当たり前じゃない!車ごと乗るんだから!」

「え、マジ・・・・?」

大きなヘリコプターはチヌークHC.2Aと呼ばれるイギリスモデルの
重輸送ヘリ、民間用に軍のモデルを買い取ったものらしい

小学校の校庭に濛々と砂ぼこりが立ち込め、窓からは小学生達が
大挙を成して興味深そうに覗いている。
砂ぼこりで詳細は彼らからはよく見えない、職員室からも
その異様さに教諭達も興味深げだ。

周囲から見るにはまるでタイムスリップを見ている様で
校庭に到着すると輸送ヘリの後部搬入口を開け
運搬部隊の人間達がインプレッサをこちらに誘導している。

「白バイごと搬入して!」

「はっ!」

玄斎も誘導されながらヘリにバイクごと乗り込み
後からインプレッサも積み込むと、すぐに搬入口が閉まり
タンデムローターが出力を回復し始め、あっという間に
地面から離れる感覚が玄白を襲う

「うひゃぁぁぁぁぁ!!!」

タイヤの四隅を固定され、運搬に支障をきたさない処置が
すぐさま行われており、機体の傾きがインプレッサ伝いに直に来る。

小学校が徐々に小さくなり、もう機体は空に浮かび
目的の病院まで一気に飛び始める。



「こりゃすごいな、一体、君は?」

玄斎がキキョウに不思議そうに尋ねる。

「私は春沢グループの人間です。この程度なら容易いものです。」

「春沢グループ・・・・あの巨大企業とは・・・・」

「あうあうあうあうあうあう接地感が無いぃぃぃぃぃぃ」

どうやら高いところがダメな様な玄白をキキョウがからかう

「うあおあ!ヤメロっォォォ!!!」

「なによ、ただ押しただけじゃない」

「搬入口が開いて落ちたらどーすんだっ!」

「ぷっ!あっはははは!開くわけないじゃない!」

インプレッサのAピラーにしがみつき腰が引けている玄白
そんな玄白を見るにキキョウは爆笑している。

「お嬢様、足のお怪我を」

「あ、ありがとう」

「さ、足をこちらに」

眼下には先ほど無線で入ってきた事故現場が見え
周りには消防自動車が駆け付けているのが確認できる。
見る限り、消火は済んだようだ。

玄斎は本部とのやり取りを白バイの横で行っている。
あとは病院まで障害は無い

ドクターヘリが飛べない空を飛んでしまうあたりが
さすがは軍用といったところだろうか。







『再び数十年前、同時刻の峠』

「またか・・・・」

深いため息をつきベレットの後ろに止まるジュリア
エンジンはアイドルさせたまま、車外へ出ると
エンジンの熱以外にもブレーキの熱も足元に感じる。

「参ったな、もう何連敗だ、苦いすぎるな。」

「・・・・」

「そう黙ってくれるなよ、どうやら俺はアンタに勝てないみたいだ」

周囲にギャラリーは居ない、聞こえるのは少々息切れをしているように
聞こえるジュリアのアイドルと、そのドライバーの喋り声
ベレット共々、勝者の二人は沈黙を守る。

「ターボを付けてもこの様だ・・・俺ぁ降りるよ。」

「ッ・・・」

「止めてくれるな、アンタに勝てないで高みは望めない」

背を向け、ジュリアのドアノブに手を伸ばし
ドアを開ける。そのドアが開く音に哀愁を感じる。

「じゃぁな、ベレGの徹三さんよ」



空を眺めながら一つ一つの記憶を紡いで話すマスター
それに耳を傾けながらコーヒーを飲み干す郷矢、桜宮も話に夢中だ。

「おっと、喋りすぎましたね」

「え、おしまい?」

桜宮が食い下がる。

「それ以来、関する話は耳にしません、本当に降りたのでしょう。」

「ターボのジュリアかぁ・・・」

「んー、今も昔も案外変わらないものなのか」

話を聞いて、感慨深げにする郷矢と桜宮
マスターの話が聞けたことは郷矢にとって意外な収穫だっただろう

「さ、戻りますか、そろそろ玄白君が戻ってくる頃でしょう。」







「お嬢様!指定ポイントの病院に到着しました!」

「ホバリング!着地してる時間は無いわ!」

けたたましいヘリコプターのローターが回転する音に
病院周囲を歩く歩行者の人々は上を見上げる。

病院の上空でホバリングするヘリから
血液製剤を受け取った春沢グループの社員が
軍隊さながらにロープを伝い降下する。

「うぉっすっげ・・・・」

ツンッ

キキョウが遠巻きに下を覗きこむ玄白の背中を指で押す。

「ty、あ!おg!!」

「そんなに離れてるのにだめなの?」

「だ!ダメってもんはダメなんだよ!」

言葉にならない叫びで身を固くする玄白に対し
笑うキキョウ、完全に憂さ晴らしが入っているようにも思える。

数分もせず、血液製剤を渡した隊員がシュルッとヘリに戻ってくる。

「無事、引き渡しました。間に合ったそうです。」

「ほっ・・・」

胸をなでおろす玄白、が、玄白一番のピンチはまだやってくる。

「お嬢様、病院長より挨拶をしたいとの申し出が」

「んー、一応降りなきゃだめね」

「え?」

「着地は面倒くさいから、降下するわよ、玄白」

「こ・う・か・・・・?」

「そう、降下☆」

後に口々に春沢グループ航空運搬の人々は言う
あれほどの笑顔のお嬢様は今まで見たことが無かったと。

「さ、玄白を降ろしてあげて」

「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

ヘリの隅っこに縮こまりフルフルしながら拒否する玄白

が、まるで風の谷のナウシカに出てくるような
人々が手をさし伸ばし大事な何かを奪うシーンの様に
玄白は航空運搬隊の人々によって無情にも降下するための
準備が成され、補助の元、降下をすることと相成った。

キキョウと玄斎はさっさと降りたのに対し、玄白はその後
30分にわたって逃げ回った記録が業務報告書に残されていた。






「ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」






断末魔の叫びはヘリのホバリング音にも負けないものだったという。






第十一章

「っぷ!なんだその話」

「ホントだって!死ぬ思いしたんだぜ!まったく!」

マスターのベレGを運転しながら、助手席の人間に
ヘリで血液製剤を運搬した話をする玄白

外は血液製剤を運んだ時の様に青空が綺麗で
雲が良いアクセントだ。
窓を開けると心地よい風が入ってくる。

「しかしまぁ、玄白すげぇじゃんかよ」

「なんで?」

「そんな金持ちのお嬢様と仲良いだなんて、ゆくゆくは逆玉の輿かぁ?」

「そんなワケねーだろ」

「またまたぁ!そんなこと言って実はーなんてこと」

「るっせ!今日は何見に行くんだっけ?」

「最初は軽のつもりだったんだけど、なんか
玄白見てたらスポーツカーいいなぁとか思ってきちゃってさ」

「うむ、感心感心」

「でさ、中古車サイトでポチっと調べて、シビックいいなーみたいな」

「シビックか、いいセンスだ。」

「似てねー!今のは似てない」

「やっぱ難しいな、声真似は」

車内で有名なゲームのワンシーンの台詞を言いながら
今日は友人に付き添って中古車見物
車好きはよくこういったことに駆りだされるのが世の常
たまに守備範囲外の中古車物色にも付き合わされると
コメントしずらいことも多い

TTはマスターがアップデートするとことで喫茶にお留守番
その代車にベレG、なかなかどうしてすばらしい代車ではないか
黒いボンネットにサイドには黒いストライプ
中古車屋まで街中をスムーズに走りぬけるベレG
その姿には古さはあれど草臥れた様相は感じない
日々保全修繕をされマスターによってピシッと仕立てられてきた
ベレGは同世代の旧車達に比べて、格段に端麗で正に別格だ。
よく言う腐りや錆びなんというものはこのベレGには
ほとんど散見できない、少なくとも一般人からしたら
かなり綺麗にしている古い自動車ということである。

「シビックっても何にすんの?」

シビックの何なのかを問う玄白
車について知識が多少ある人間が2人以上になるとここから先は
まったく興味のない人間には解らない単語が飛び出す。

「EG6にしようと思ってる。」

「EG6かー、元気なシビックの代名詞だな」

「そ、値段もそこそこ、走って元気、良さそうだなって」

「俺ぁ嬉しい!ミニバンからスポーツに乗り換えるなんて!」

「まーセレナは親から譲ってもらったものだしな」

「MTの復帰講習は任せろ!」

「そのつもりで今日はご同行を願ったわけだが」

「そうか、ならコマ給千八ひゃk」

「金取るのかよ!コマ給設定がリアルだよ!」

その気になるEG6があるという東京都は町田市郊外の中古車屋へ一路
玄白と友人を乗せたベレGはひた走ること数十分・・・




『町田市の中古車屋』

「おー並んでる並んでる」

反対車線の向こうに目的の中古車屋が姿を現す。
事前に調べた通り、スポーツカーの類いが多い
ざっと見るだけでロードスターやFTOをはじめ
むしろ欧州車系の扱いが多い
中にはフィアット クーペターボプラスの姿も見える。

反対車線の車の流れが途切れるのを待ち、中古車屋に入る。
入ってすぐのスロープにベレGを止め、車外に出る二人

「耕也、探してるEG6、あれじゃない?」

「お?あのフロスホワイトのふつくしいハッチバックは紛れもなく!」

すぐにお目当ての中古車を発見すると
二人でゆっくりとシビックの周りをグルグル回り
シャシー底面を覗きこんだり、エクステリアのチリをチェックするなど
中古車サイトに書かれている様な、チェック項目を確かめていく二人
すると、背後から店主だろう男の声がかかる。

「いらっしゃい、熱心に見てるね、EG6をお探しかい?」

「あ、ども」

「ども」

「ん?」

声をかけた店主の男の視界に、玄白が乗りつけた白いベレGが飛び込んでくる。

「あの・・白いベレGは?」

「僕たちが乗りつけたものです。」

玄白が店主の質問にポンッと答える。

「君が?」

「といっても代車です、あのベレG」

「代車?」

「ちょっと愛車を整備してもらってまして、その間にと」

「懐かしいな・・・」

「懐かしい?」

「いや、昔のことだ、それよりそのシビックの
車検書、記録簿云々は中で見ると良い」

中古車の山のなかにポツリと佇むプレハブ小屋の事務所に入り
簡単な紹介と車検書、記録簿などの開示を受ける玄白と耕也
店主の名は尾鷹、スポーツカーとホットハッチの中古車販売が専らだそう

「あのEG6は修復歴は無いが、少々距離が嵩んでる。一応乗ってみるかい?」

「9万8000キロ承知で見に来ました!」

「乗ってみるんだろ?耕也」

「ったりまえだろ!おれナビシート、お前ドライバー」

「バカッ、自分で乗れよ」

「ええ・・・MTは久々で・・・・」

免許を取得して以来の久々のMTにしり込みする耕也に
店主の尾鷹は車好きの背中を後押しする様な優しい言葉で
耕也の不安を取り払ってくれる。

「大丈夫、エンストしても問題はない、一人でゆっくり乗ってくると良い」

「え?」

「横に誰かいると意思が定まりにくいものだ、ゆっくり乗ってきてみ」

そういうと応接用の椅子から立ち上がり、展示中であるEG6のキーを取りだし
事務所から出ていく尾鷹、それについて行き一歩引いたところで待つ二人
手際良くEG6の走行前の基本的なチェックをテキパキと終えると
運転席に乗り込み、エンジンを起すと
EG6のエンジンが元気よく目覚め、簡単なレーシングをすると良く吹ける。

「調子良さそうじゃん」

「お、おう」

どことなく緊張している耕也に肘で小突きながらぼそりと言う玄白
目の前で曇ることなくアイドリングするEG6
緊張補正か興奮補正かでかなり魅力的に耕也の目に映る。

「さ、準備OK、EG6を味見してみて」

「は、はい!」

少しぎくしゃくしながら乗り込むと、メーター周りをしばらく眺めてる様子
いざ発進しようとすると

ヴォォォォン!

エンストを恐れたが故のアクセルの踏みこみ過ぎ
雄たけびをあげつつもトロトロ発進していくEG6

「いってらっしゃい、信号を4つ左に曲がれば戻ってこれるから」

運転席の耕也にコースを簡単に紹介すると、EG6との初デートを見送る二人
ぎこちないながらも、中古車屋を出ていく耕也
エグゾーストが初々しさを物語る。

「珍しいね、最近じゃ若い子がホットハッチなんていうのが少なくてね」

「そうですね・・・みんなミニバンや軽のATですもんね」

「ベレGで乗りつけたのも君たちが店始まって以来だったよ」

今の若人の自動車離れをすぐに笑い飛ばす尾鷹
モータリゼーションを肌で感じてきた尾鷹にとっては
最近の自動車離れは商売柄、身にしみて感じることのできる現状なのだろう
言葉にも哀愁を感じざるを得ない。

外の心地よい風に身をゆだねながら、他愛もない話をする。
当然、車の話や店に来たとんでもない客や色々な事
その中で、尾鷹が喰いついたのは玄白のTTについての話だった。

「ほほう、8N型のTT3.2に?」

「えぇ、まぁいろんな成り行きがありまして」

「3.2と言うと、DSGの2ペダルだね?」

「あ、僕のは海外仕様の3ペダル6MTなんです。」

「珍しいな!日本仕様しか見たことが無いからな」

「よく言われます。」

玄白も慣れたもので、大体の人は8N型のTTに3ペダル6MTが
存在していることを知らない、当り前ではあるが
知った当人は大抵驚く、それが最近は面白い。

「でもTTでやるったら・・・」

「いっちょ前に峠を走りまわってます。」

「峠・・!」

「良くしてくれる喫茶の知り合いが居まして、
その人の愛車なんですあの白いベレG」

「君、ちなみにホームの峠は?」

「ヤビツです。」

「ヤビツっ?」

何かピンと来た様な仕草をする尾鷹

「はい、その喫茶の知り合いもヤビツのそばに店を構えてまして」

「名は?」

「名前・・・ですか、それが知らないんです。みんなは"マスター"と」

「マスターか、他に別の名で呼ばれていないか?」

「マスターをご存じなんですか?」

質問に質問を被せる玄白、尾鷹の食いつきぶりに疑問に思うのも普通だ。

「・・・ご存じかもしれないってとこだな」

「かもしれない?」

「俺も昔はちょいと名うてのドライバーでね、ヤビツには結構足を運んだんだ」

玄白の中では玄白なりに合点が合う、走りにウェイトを据えた車を扱い
EG6の周辺調整も素早く、ガレージには中古車ではない最新のZ34も入っている
玄白は心の中で、チューナーだろうなと思っていたが
ここで全ての要素が出揃うと同時に、気になるのは尾鷹が使っていた車だ。

「ってことは、サバンナやハコスカあたりで峠を?」

「いや、俺は昔からアルフィスタでね、マジでやってたときは
ターボをブチ込んだジュリアスプリントGTVでやったもんさ」

「アルファロメオにターボ!」

「驚いたかい?苦労したよ、陸運局で公認取るのに幾星霜・・・は言い過ぎか
95年の規制緩和を見たときは、コノヤローって思ったもんさ」

「そのアルファはもう昔に廃車に?」

「ん?興味あるのかい?」

「電波3本並に!」

「あるよ、動態保存してある。あのZ34の横でシート被ってるのがそうだ」

尾鷹はガレージに静かに佇むその車のシートをアンヴェイルする。
なんということだろう、長い年月を経た今も
深紅のボディが当たり前の様に鎮座している。
アルファのアイデンティティである盾形グリルを避けるように
ハコスカに良くある追加ラジエターならぬ
追加インタークーラーが備わっており、ターボ車である風格を漂わす。
メッキバンパーは取り除かれてるのはインタークーラーのためだろう

「わぁ・・・・」

アルファの横で感嘆する玄白、自慢げにボンネットを開ける尾鷹
そのエンジンルームにはターボチャージャが一基、据えられている。

「ほんとについてる・・・・」

「2002ターボって知ってるだろ?」

「BMWによる量産車初のターボ車ですよね」

「そう、それを見たとき思ったわけだ、速くするにはターボだっ!てな」

「すご・・・・」

「それ以来、俺は過給機の虜、横のZ34もスーチャーをボルトオンしたとこだ」

そのあと、尾鷹はアルファのエンジンを始動させ、玄白にその
躍動感を目の前で見せてくれた。
ワイヤースロットルのラグのない吹け、呼応しターボが唸るその全てに
玄白は時間を忘れて見入った。
ハッと気づくと、耕也がEG6と仲良く帰ってきていた。

「EG6との初デートの感想はいかがかな?」

「最高です!このEG6下さい!」

「まーまー、今日はお友達と来てるんだから、冷静に一日置いてから来て御覧」

不況の今、買うと言ってる人間に冷静になりなさいと言葉をかける尾鷹
普通ではこんなことは客を逃がしてるとしか思えないが
彼には商売っ気の前にチューナー気質が先行するのだろう
それがもしイメージ戦略であったとしても、尾鷹の車に対する姿勢は
この数時間で一番玄白が垣間見ている。

「一日置いてくれれば、EG6をもっと本調子に近づけておくよ」

「は、はい!必ず来ます!」







「ども、お邪魔しました。」

「いやいや、EG6綺麗にして待ってるよ」

「では、僕たちはこれで」






走り去る白いベレGの後ろ姿や音に尾鷹はあの日のすべてを思い出す。


前をずっと走り続け、敵わなかったあのベレGと同質の音がする。


なによりも、玄白という青年の面影がアイツにそっくりでもある。


ヤビツに奴は居る。そう確信した尾鷹、その顔は少し嬉しそうだ。


「音は少々、歳を感じさせるが、変わらないな・・・・徹三」


握りしめるウェスに力が入る後ろで、アイドリングを刻むジュリアターボ


ジュリアのアイドリングもいつよりも興奮しているように聞こえる。


「オレンジの車が今ではTTとはな、時代は変わったもんだな」


年老いた自分に、その遅れた再会を少し惜しく感じる。


だが、向こうも新しい世代に託したことを知り、年老いたことに納得する。


「徹三、今度は負けんぞ、過給機こそ力だ。」








『翌週:ヤビツ峠』

「まだまだだな」

「郷矢さん速いですよ・・・追いつけませんもん」

「郷矢、TT相手に容赦なさすぎるだろ」

「そか?なはははは!」

九頭龍に迎え入れられてから、暇があればヤビツで走り込み
それを繰り返す、桜宮達もたまに顔を出してくれたりと
色々な上位ドライバーからの技術指導は玄白自身のテクニックに
さらなる艶と進化を生み出していく、フェーズワンも相当に慣れてきて
裏ヤビツのダウンヒル・ヒルクライムともに一見さんでは
到底敵わないレベルにまで成長を遂げてきた玄白

「しかしビビるよなー、ダウンヒルでTTが全開で攻めてくるもんなー
プレッシャーは半端じゃないぞ、ウン」

郷矢が腕を組み、玄白の気迫ある走りを評価する。
たしかにTTはこういったシーンではあまり見かけないため
背後に迫られて走られると非常にプレッシャーを覚える。


頂上で談笑する3人の元に、客人が訪れる。

「む?」

その音に真っ先に気が付いたのは郷矢、次いで神藤も耳を傾ける。

「この音は・・・・スーチャー?」

音のする方向にしばらく視線を固定して待つと
まぶしいヘッドライトの奥に、背景と同化する様な
マルーン色のZが姿を現す。

頂上の駐車場でTTと対峙するようにそのZを止めると
下車後、開口一番にZのドライバーが言う

「オレンジのアウディのドライバーは?」

「俺だけど」

「君か、俺は七原、勝負がしたい」

「勝負?」

「そうだ、手合わせ願おう」

「希望は?」

「後追い」

「了解、走ろう」

裏ヤビツ下りへ向けて車を並べる玄白と七原
交わした言葉は少ない、しかしお互いに悪くない相手だとはすぐに感じた。

「玄白・・・やるのか?」

「大丈夫ですよ、郷矢さん、自信はあります。」

「意地か?」

「走らなきゃいけないような気がして。」

今までの一見さんとは違う雰囲気が漂っているのは確かだ。
何よりも見覚えがあった、先週の中古車屋にあったマルーンのZ34と
同じZ34だ。玄白にはわかった、あのジュリアの宿敵はマスターだと
直感だ。マスターに答えを問うたわけではないが
玄白は七原が避けては通れない様な相手である気がした。
Z34のラジオからは1973年のヒット曲、カーペンターズの歌が流れている。
その歌がなぜか張りつめようとする空気をほぐす様に流れ
Zのドライバー、七原はリラックスしている。

「俺はいつでも準備OK、TTが動き出したら後を追うよ」

「いいの?地元の俺を前に出して」

「なんでもいいさ、早く始めよう」

TTが静かに走りだすと、Zもそれについて行く
カーペンターズの歌は、かき消される湯気のように
エグゾーストと共に遠く聞こえなくなり
代わって響きはじめたのはスーチャーの鳴き声

「神藤・・・」

「玄白なら大丈夫、やれるさ」

一抹の不安を覚える郷矢に神藤は玄白を信頼している。




路肩はひび割れている裏ヤビツ、ライン取りは限定的になり
オーバーテイクポイントは一瞬だけ異常に広くなる各セクションのコーナー
だが、ほとんどは抜きつ抜かれつつなんていうことは無く
互いにタイムを比べる方がここではポピュラー
だが、一部、エキスパート達は本当に抜きつ抜かれつつを演じてしまうことがある
リードするTT、追うZ34、玄白は七分の走行で背後との間合いを窺う
表とは手のひらを返したように性格が変わる裏は
4WDの安定性とトラクションは、ラインをトレースする上で有利だが
Z34自体、軽量なFRではないが、その適度な働く重さはトラクションを生み出す。
そして静かに存在を主張するスーパーチャージャ
どうにも先ほどからギアチェンジをあまり行っていないように見てとれる。

ダウンヒルの場合、鎌倉の段かづらとでも言おうか
裏ヤビツは後半部になればなるほど車幅絞られてくる。
パスされる心配はないものの、スローダウンすれば簡単に食らいつかれ
引き離そうとするにはそれなりに攻め立てなければならない

車一台分の崖脇を攻める姿はさながらラリーだが
それが二台も連続で走っていると迫力は相当なもの
そして裏ヤビツはもっとも簡単に例えたのは"幅の狭いニュルブルクリンク一本道"
道路の過酷さや、バンピーな道路、そして天候が表と裏で変わることなどから
誰が言い出したか「神奈川でニュルを走れる」そんな冗談が生まれたほど。

山頂からすぐに降りた前半部の土産物屋を通り過ぎると
すぐに幅が広くなり、道路の質も良くなる。
少し先の峠山中の喫茶まで道は広い、当然普段はオーバーテイクポイントとして
ヒルクライムでは雌雄を決する貴重な場所でもあるが
Z34は一向にしかけてこない、そのままオーバーテイクポイントも喫茶を通りすぎ
その姿をバックミラーの彼方へ消す。
喫茶より先は、幅員が広がったり狭まったりと忙しく
材木の伐採も行われる事がある区間だけに道路脇には木くずや
樹皮のかけらが湿気を帯びた状態で残るか、乾燥して砂同様に
足を掬う存在になるかのどちらかで、最悪はパンクも誘発しかねないので
ここは基本的に走行ライン以外は通らないのが暗黙の攻略法

ラインハルトがセッティングしたは足回りは裏ヤビツで最高の仕事をする。
バンピーな路面をしっかりとらえ、トラクションを余すことなく伝え
駆動力に変な間を置かせない。
ニュルも十分に知り得る彼にとって、ヤビツが違うにしろ応用は利く
ボディ剛性やタイヤのマッチングとも十分で360psはしっかり路面を蹴り
フルスロットルの瞬間は多くないが、しっかり踏んだ分TTは加速する。

下りは如何にコーナーを速く処理するかであり、全体的な姿勢作りが重要
上りの様な限界まで踏み続けることとは少々違う

だが、Z34は未だTTを射程圏内に収めたまま食らいついてくる。

僅かな時間で負圧が即座に正圧へと転じる
スーパーチャージャを装備しているだけでなく
排気量の単純計算でTTは32kg-m、Z34は37kg-mあると考えていい
この負圧の時点で差が付いているのにも関わらず
スーチャーが仕事をしだすと、あっという間に50kg-mオーバーのトルクで
Zを引っ張り上げるのだから、どうにも余裕はZの方が広い

互いに1.5t近い車重の車同士、ブレーキング合戦はさほど熱くは無いが
流れる河川のように流動的でしたたかな戦いは気持ち悪さを覚える。

エグゾーストもそれほど響ききっておらず、互いにまだ手の内は見せていない
それとも本番はヒルクライム戦なのか
まるでレッキでもこなすかの様子で二台はヤビツを下りきった。

世間的に言う「走り屋」防止の蒲鉾状の太い中央分離が消えた先の
スペースで方向転換をすると、前後を入れ替えて本分であろうヒルクライムに
無言で入っていく二人、左車線に二台入り始めから飛ばして行く

やはり全体的な加速でTTは引けを取らないが
部分部分の立ち上がりでZの驚異的なトルクが車を弾く
中央分離帯が消え、センターラインが消え、そして道幅が一台分へ減幅し
本格的に体感スピードも引き上がる。
来て数時間とは思えないペースで飛ばして行くZ
やはりシフトチェンジをあまりせず、50kg-mオーバーのトルクで
一段上のギアを使い、息の長い加速でTTをリードする。
過給にムラのないスーパーチャージャの有効活用とはこのことで
常に負圧、ラム圧も期待できないTTとは対照的に上りでも余裕が生まれ
ABペダルに多くの注力を傾けられるZは、経験の少ないコースながら
半ばTTを脅かす速さを披露する。
ギャップをものともしない走りは流石はグランツーリスモの部類ではあるが
上りではブレーキングも限界まで遅らせるので、下りよりペースが速い
アクセルを全開に踏みつけて上る二台
地の理があるといえど、根本的なパワー不足が上りは覆せない
コーナー一つ一つの無駄を省けても、前に躍り出ることはできない狭さ
玄白は冷静に呼吸を落ち着かせ、Zから離れまいとTTをハイペースで飛ばす。

「オーバーテイクのチャンスは必ず潜んでいる」

自分にそう言い聞かせ、一瞬も息を抜かずZ34をマークし
TTの操作は頭では行っていない、完全に身体に行わせるのだ。
毎日乗り回すTT、何度も何度もTTでヤビツを走る中で身体はTTの全てを覚えた。
今では余計な事を考えなくても、その通りにTTを動かすのが普通
ミスなんて文字はかなり省ける、無駄を削れる。
そしてジェイソンの一言が頭をよぎる。

『ルーキー、性能を引き出し切った車はワンクラス上でもカモることができるんだ』

そうだ、Z34は初めてヤビツを攻めている、分はこちらにある。

操作系を操る動きが更に正確性を増す。
前を行くZ34を捕らえ続け、TTの射程範囲からZ34を逃さない
コーナーひとつひとつのクリアアベレージ速度がZ34を上回る。

マスターの施したコンプリートチューンは性能を上げるだけじゃない
エンジン本来の万人向けの耐久力という無用な足枷を取り払う
玄白のためだけに仕上げた特別な個体

シンクロするたびにTTのすべてに感覚が行き届く
シャシーの底面、ナビシート側ドアミラーの先端、バンパーの鼻先
タイヤの喰いつき方からサスの沈み具合まで
全部が玄白の身体神経とリンクし一挙手一投足を玄白はTTに返す。

ミリ単位で調節するブレーキのタイミングを限界まで遅らせ
Z34を凌駕するフットワークでTTはZ34を追い詰めていく
余裕を広くとる走りは安定の上に速さとしての根本的な性能差を生かせるが
相手が余裕を取り払った限界の走りを始めると、いささか無駄が目立ってくる。

体力的に余裕を持ってマラソンを走る選手と、その一回分に全力を注ぐ選手
ゴール後のタイムは後者の方が早いと言えるだろう。

だが、余裕をもたないことはその先がもう続かないことを意味するのは
彼ら峠を走る人種の人間としては解り切っていること
決着はこの全てに収めなければならない

サスペンションがTTを綺麗に移動させ、無駄なロールをスビライザーと
ボディ全体が抑制し、コーナーでは4WDのトラクションも手伝って
七原をせっついていく玄白。

「ふぅ、ここからだっ」

視線はZ34のテールを捕らえたまま、息を吐き、スゥと吸い直す。
走らなきゃいけないの感じた以上、勝つ、そう自分を奮い立たせ
納得する走りをしようと自分の全てを持ってZを追う
それでも、逃げるZが余裕を捨て、走りの限界を高められることもあり得る。

だからこそ、そうなる前にオーバーテイクを仕掛ける必要がある。

抜いて帰ってくれば玄白の勝ちだからだ。

3000rpmからくるトルクと共に6本のシリンダーを収めるエンジンから
線の揃ったエグゾーストが響きはじめる。
こう言ってはなんだが、バラつく4気筒のエクゾーストに比べると
6本の共鳴は高質で、ZとTT、計12本のシリンダーが奏でている音は
物静かでスーチャーの仕事が挟まるものの、音自体はハッキリと
二台がそれぞれ別の6気筒であることを主張する。

「伊達にルーキー呼ばわりされてる訳じゃないんだな・・・」

Z34のバックミラーから消えないTTに尾鷹の言っていた事を思い出す七原




『いいか、気は抜いちゃならねぇ』

『油断なんて誰が相手でもしないよ』

『油断するしないじゃねぇ、どんなにベストでも付け入るスキが有るんだよ』

『そうかもしんないけど』

『徹三はそういうドライバーだった、虎視眈々と我慢に我慢を重ねグワッと・・』

『おやっさんが何度もねじ伏せられた相手?』

『だから言ってんだろうが、玄白というドライバーはその教えを受けた・・』

『言わば直系の弟子ってとこ?』

『そう、それだ、俺の台詞奪うな』

『どーもすみませーん』

『気をつけろよ、奴の走りは車の性能を目一杯引出してくる。』






「お前のZ34が持つ絶対的な性能がお前の足元をケッ飛ばす可能性、忘れんなよ」





・・・・
バックミラーをもう一度みる七原
っと、その瞬間、ハッとするとTTが横に並んでいた。
完全にインを取られている!

「くっ!」

単なる右コーナー、一瞬の道路幅と隙を突かれた瞬間だった。

「なるほど、解ったぜおやっさん!コイツは話の通りだな!」

一段高いギアを使っていた七原は
常時パワーバンドとなる一段低い"本来"の使用粋のギアを選択する。

アフターファイアーがボッとマフラーから顔を覗かせ
Zのリアがクンッと沈み加速を強める。

TTのリアにピッタリと張り付き、プレッシャーを与え
今度は七原がチャンスを窺う、玄白と同じように虎視眈々と。

ブレーキング勝負ではラインを知っているTTに分が有る。

ハナッから七原は抜かす方法を決めていた。


「パワーはイコール、強さって教えてやるぜルーキさんよ」


Zのスーチャーがより高回転で回り始め、徐々に余裕のタガを外して行く
エグゾーストの色が変わる。タガは外れかけ
もう本性が仮面を押しのける寸前、TTは逃げる、Zは追う

二台の間に静寂感は無くなった。急激に激しさを増すバトル

一方で玄白はNOS操作パネルの電動オープナーのトグルスイッチをONにした。






一瞬の隙と道路幅を突いたオーバーテイクで前後が入れ替わったまま
中盤へ突入する二台、トンネルを境に道幅が更に広くなり
場合によってはサーキットほどの広さのコーナーも出現するが
それは離合や工事車両のための幅であり、コーナー出口のアウト側は
再びすぼまっており、アウトからのオーバーテイクは危険だ。

たまにコーナーの外側はグラベルであり、乗り上げるとトラクションを失う
だがS字のコーナーはしっかりカットしていく玄白
砂ぼこりがモワッと舞い、Z34もTTのあとを続いてカットする。

そんな幅の広い僅かな瞬間もZ34を抑え力走すれば、すぐにトンネル
再び幅員が減少するが、前に躍り出た玄白は水を得た魚の様にTTを弾く
インギリギリをベタつけて回り、イン側の落ち葉や砂の類いを掻き上げる。
4WDが最も得意とする"踏んで曲げる"荷重を前にドンッと飛ばして
ステアを切りこみながらアクセルを開けていく玄白
挙動が破錠する予兆は全く無い。

随所に設置されたカーブミラーに二台のライトが照らされ
ミラーの中で放物線を描いて通り過ぎていく

少しの直線でもトルクを使いに走り始めたZ34はグイグイ差を詰めてくる
そしてコーナーで押し下げるの繰り返し

この狭いところでは七原離されまいと食い下がる。
低速コーナーはもちろん中速コーナーでもセンターを維持しながら抜けていく等
サーキットとは当然違う内容の走り
ギヤ比と逐次フルにトラクションが伝わるTTの方が低速コーナーは速い
いくらフルトルクが絞り出せるZ34とて、このお世辞にも綺麗じゃない
ギャップが点在する路面でフルスロットルはかませない
ジワリとタイヤの感触を確かめるようにアクセルを開けるしかない

徐々に差が開きはじめるように見えたが、丹沢ホームが近くなると
高速の緩い左コーナーに突入、Z34が再びグイグイ差を取り戻してくる
パワーが違う、完全にTTを抜かせるパワーで忍び寄る。
路面もアーチした小さい橋を抜ける時、小さくジャンプする2台
少々のジャンプスポットではアクセルはリリースしない
札掛橋を通り過ぎると、杉林管理のために綺麗に舗装された
滑らかな路面が点在し始める。

中盤も終わりかけの合図、もうすぐ終盤だ。

綺麗な路面ではトラクションも十分に確保できるZ34の方がTTを圧倒し
どうにも10年以上開いた設計の差は浮き彫りになる。

TTにはアンダーステアがアウト側で手招きしているが
Z34には手招きしない、むしろされない

そしてコーナーのたびにZ34がハナっ面を割り込ませ始める。
かろうじて抑える物の、この分では緩いコーナーを紡いだ高速区間で
簡単に料理されてしまう。

杉林のヘヤピンセクションで抑えきるのに限界が見え始める。
玄白は諦めていないが、傍から見ればZ34はいつでも飛び出せる状況

「やはりパワー不足みたいだな、ルーキー」

七原が操る足元のペダルは余裕を持った踏量で
対する玄白のペダルはフラットアウトがポツポツあり
パワーの差、基本設計の新しさ、駆動方式の違い
この条件が一気に中盤のテクニカルセクションから
高速セクションになったことで七原有利にガクッと傾いてくる。

そして右目に杉の丸太が山積みになった林業用の広場を通り過ぎ
名水コーヒーを謳う喫茶を通り過ぎたその時
終盤へ突入すると同時に、門戸口橋の先
左コーナーへの進入で七原がアウトから仕掛け

ブレーキをTTより遅らせ、鼻先一歩リードでコーナーを横並びに立ちあがる!

「くそぉ!」

パシュッ!シュゥ―――!

3000rpmでNOSが燃焼室に送られる。
熱で膨張し、パワーが伸び悩み始めた後半で一気にキュッと内部からシメ
50psを上乗せしながら傾斜の増えた終盤に入る。
横一線が変わらない!Z34のパワーはNOSを吹くTTを抑えようとする!

「頼む!前に出てくれ!」

横並ぶ二台のエグゾーストは最高潮を迎え

15秒を待たずしてZ34がTTを抜き去った。


「ウソだろ・・・・!」


スロットル調整をしなくてもよくなったZ34、すなわち前にTTが居なくなった今
その溢れるパワーを前に押し出すのに使うだけである。


「差が・・・広がるッ!」


虚しくNOSは底をつき、TTは失速

「・・・・!」

瞳孔が開き、Z34にのみピントが残り
周囲の背景がぼやけていく
力なく、シフトノブに右手が覆いかぶさり
アクセルが戻っていく

玄白を押しのけ、七原が
頂上にZ34で先頭を切って凱旋した。





車から降りると、湿気を帯びた空気が肌をなでる
夜空が淀み、雲は泣きだしそうだ。
その空気を指し抜く様にZ34のヘッドライトが
前に立つ七原に後光を投影する。

「なかなかヤルな、だが、今日は俺が貰った。」

ぐぅの音も出ない、負けた者に多くを語る資格は無い

「正直、パワー不足すぎやしないか?」

「・・・ッ!」

パワー不足を面と向かって指摘される。
最近、それを感じることが多かった玄白に
図星で七原は指摘を突き付ける。

「君なら500ps級だって乗りこなせるだろうに」

「・・・・・」

言葉が出てこない

「首都高で待ってる。次は君が来い」

言葉もない玄白に、七原はそう言い残すと
七原は秦野方面へ向けてヤビツを後にする。



マルーンの機影を闇に溶かして・・





ボンネット伝いに外気へ発するTTのエンジン
峠を全開で往復した後の熱は結構なもの。
小さい雨粒がボンネットの上に降り立ち
窓も雨粒で敷き詰められていく

「玄白・・・・」

郷矢が、ただTTを見つめる玄白に声をかける。

「・・・・・」

だが、なんと言葉をかけようか迷う
そうこうしている間に言うタイミングを逃してしまう。

ドタッ

もたれ込むように玄白が座り込み、TTのバンパーによりかかる

「大丈夫かっ!」

突然のことに郷矢と神藤がびっくりし、玄白の肩をさすり
玄白の顔を覗きこむ

「ハハッ・・大丈夫す、なんだか急に疲れちゃって・・」

「運転できるか?」

「あ、ハイ、」

「マスターの喫茶まで行こう、そこで休憩だ。雨も強くなってきたし」

玄白をほう助し、TTに乗り込ませる神藤、郷矢に簡単なアイコンタクトで
玄白を挟んでヤビツを下るように指示をする。
それぞれエンジンを始動し、郷矢が先に行き、玄白を挟んで神藤が続く

この夜、裏ヤビツのルーキーが敗れた

峠ではその名をあまり聞かない男、七原という男のZ34に。





第十二章

ガタッ!

テーブルの上に置かれている紅茶が波打つ

「ま、負けたァ!?」

「な、なんかゴメン・・」

けたたましい物音と共にキキョウの方へ、少ない他の客が視線を向ける。
ハッと冷静になり、すごすごと座るキキョウ
テーブルの向かいには玄白、周りにはカップルや何か趣味同士の集まりなど
金曜の深夜を過ごす人々の姿が見受けられる。

駐車場にはファミリーレストランに似つかわしくない
スパルタンな容姿を持つTTとエリーゼが二台鎮座
駐車場を男性達にはもっぱら視線を集めている。

「負けたことって知ってるのは神藤さんや郷矢さんだけ?」

「他に人は居なかったし、多分そうだと思う」

「私がぶっ倒すまえにやられちゃうなんて・・・」

少しばかり、キキョウの顔には失望が表情に現れる

「ごめん・・でも、だからこそ首都高に行かなきゃいけない!」

「で、私に首都高の走りを教えてくれってコト?」

「だ・・だめか?」

「ま、まぁぁ?!別に玄白がどーしても教えてほしいですー!ってなら
走り方を教えてあげないこともないけど!」

突然、優位に立てたキキョウに不自然な笑顔が宿る。

「ホントか!?」

「でも、あたしの特訓は厳しいわよ?」

「構わない!納得したいんだ!」

「それで、だれに負けたの?」

チョコレートパフェを口に入れ、スプーンもモゴモゴしながら
ムスッと質問する。
よほど先を越されたあるいは、玄白の負けが気にくわないらしい

「七原さんって人、マルーンのZ34」

「七原?下の名前は?」

「苗字しか聞かなかった、なんかスッと対決に入っちゃったし」

「七原・・Z34・・聞き覚えあるわ・・・」

キキョウの返答に飲みかけたコーラのコップを降ろす。

「走童、"走る"、"わらべ"と書いて走童と読ませる集まりのトップよ」

「走童?」

「Z34の七原、FD3Sの馬籠、で・・・」

「で?」

「忌々しい・・巨乳フランスかぶれバカ女・・・・・」

「・・・・・・へ?」

注文の品が全て揃うと同時にテーブルに置かれる伝票を
クシャリと握りつぶす左手が忌々しさに震えている。

それを唖然と見るだけの玄白

「ルノールーテシアV6の美谷・・・・ただの巨乳アホ女!!」

「ちょ、ちょ、今ここで怒りぶちまけ?」

「巨乳がなによ!胸がデカけりゃいい?ウガーッ!」

「おち、おちつけって!」

キキョウを制止する玄白、だがピタッと動きが止まる
拳が頭に振り下ろされないように恐る恐る抑えていた玄白が
キキョウを見ると、ジト目で窓の外を見ている。

「・・・ん?どした?外なんか見て」

「な・・ん・・で・・あ・・い・・つ・・が・・」

玄白が外を見ると、一台の青いルーテシアV6が
玄白のTTの横前向きで駐車し、ドアが開く

「その美谷ってコ、もしかしてあのコ?」

「そうよ!なんでココに来んのッ!」

牙をむき出しに睨みつけている視線の先に、噂の人物は現れてくる。
スラッとした足が出てくると、ロングヘアーダークブランの髪をなびかせ
ルーテシアから胸元を強調した服を纏う人物が降りてきた。

降りると、しげしげと玄白のTTを眺める。

そして、ふと横のエリーゼにも目を配る。

同時にハハーンといった顔をする。



「私のエリーゼも馬鹿にしやがってあのアマ!」

「いや、ちょ、濡れ衣だろそれ!」

「玄白まで巨乳の肩を持つの?!」

「いや、巨乳がどうとか持つとか関係ない・・・」

「巨乳を揉む!?」

「いや!違う!誤解!誤解!ギャスッ!」



「あーら、またヒステリック?」


「あぁ゙?」

ギロリと振りむき、玄白の胸倉をつかむキキョウの前に美谷が現れる。

「かわいそぉー!貧乳ヒステリックに痛めつけられた殿方また一人」

何気なく玄白の横にすわり、キキョウの胸倉つかみから開放すると
半ば朦朧としている玄白に膝枕をする。

「ちょ!アンタ!何のつもりよ!」

「癒してあげてるだけじゃない」

「癒しっ?!」

「あ、ホットコーヒー一杯頂戴」

通りかかったウェイトレスに注文をつける美谷

「んっ・・・うぅぅん・・・」

玄白が意識を回復する。

玄白の嗅覚にほのかな香水の香り
明らかに知らない女性の膝、もとい太もも
視線の前にテーブル、その向こうにはフラストレーションを持つキキョウ
そして天井の方へ振り向くと

「む、胸?」

「アンタもいつまでくつろいでんのよ!」

「ブヘッ!」

テーブルの下をキキョウのブーツが玄白のお腹めがけて突っ込んでくる
さながらICBM、大陸間弾道ミサイルならぬ、テーブル下弾道ミサイル

痛さに飛びのき、窓にもたれる玄白

「まったく、彼氏にそんなことしてるとフられるわよ?」

「か、彼氏なんかじゃないわ!」

「そうなの?じゃぁあたしが頂いちゃおうかしら」

「ふーん、それで男は何十人目?阿婆擦れさん」

「なっ!」

「胸だけで男をつってさぞ不良品ばかり釣れるでしょうね」

「ふ、ふんっ、男も釣れないアナタに言われたくなくってよ」

「どうしたの?貧乏人が無理やり上品な言葉を使ってもおかしくってよ?」

「び、貧乏人ですって!これでも田園調布育ちよ!」

「へぇー、田園調布ごときで?自慢?それ」

「なによ!貧乳!」

「うるさい!貧乏!」

「どっちも心は貧しいのな」




『なんだって?』




「ひぃ!」

会心の突っ込みを入れたと思ったのもつかの間
玄白はまるで、プレデターとエイリアンに睨まれた
獲物の様な気分を味わう。

座席の隅でガタガタ震える玄白をよそに女同士の仁義なきつばぜり合いは
ついにいつもの決着方法へ行きつく

「C1で勝負よ!」

「臨むところよ!エリーゼに敵うフランス車なんていやしないわ!」

「マーマレードでオレンジの皮喰う様なイギリスなんてたかがしれてるわ!」

「なにぃー!マーマレードおいしいわよ!味雷おかしいじゃんないの!?」

「なっ!イギリスかぶれに味覚を心配される筋合いはないわよ!」

完全にイギリス人とフランス人の関係ないところでどうでもいい
代理戦争もとい代理紛争が勃発した様子。

「玄白っ!首都高行くわよ!」

「えっ?えっ?あれ?特訓は?」

「そんなもの後っ!」

競う様にレジで会計を争う二人
お店のひとも困惑している。
それに「すいません、すいません」と頭を下げて店を後にする玄白
駐車場ではエリーゼとルーテシアがもう駐車場を出ようとしている。

「ちょ!待てって!あぁ!」

玄白は、今日、こんな時間にキキョウを呼び出したことを少なからず後悔した。






『首都高:首都環状線外回り』

先行するルーテシア、追うエリーゼ

ドアミラーにチラリと映るエリーゼに

「Bonne chance.」

"幸運を"と呟く美谷

それに対するように

「Don't try too hard!」

"無理せず来い"そう返すキキョウ

もちろん二人ともその台詞は耳に届いていない

だが、二台の速度域は周囲の車とは一線を帰すペース



共にNAエンジンの高回転で回すエグゾーストが響く



そんな頃、すっかり玄白は2台に遅れを取ってしまっていた。




初めて・・・ではないものの
この時間帯に乗ることは初めてで、周りの車にまぎれて
首都高を初めてTTで走る。

路面からの突き上げや、他車の動き、時たま来る"走ってる"車

峠とは何もかもが違う、いつもの忙しい2速から3速、その逆を
何回も繰り返すのとは違い、3速から4速、そして5速
流すのならば6速でも十分だ。

よくよく考えて見れば、めったに使わない6速や5速
にも改めて存在を噛みしめながら繋いでみる。

首都高をただ流すだけも悪くない。


ゴヒャァッ!


TTとの走りに改めて浸っている最中に、一周回ってきた
エリーゼとルーテシアがTTの脇を抜けていく

「うお・・・速っ・・・」

普段は誰も居ない峠を自分だけで走るのとは違い
他車との速度差を、自分が低速側の立場から静観するのは
少々の恐怖を感じる。

「狂ってるな・・・」

また玄白の視界から消えていくエリーゼとルーテシア
どうやらキキョウがリードしてる模様

偶然か、C1を2周ほど流すと、徐々に交通量は疎らになっていき
まるで、申し合わせたかの様により上の世界へ誘う不思議な空間

一台の赤いCT9A、ランエボ7がTTの背後にピタリとくっついてくる。

ランエボのヘッドライトが素早く瞬き、パッシングでTTを誘う

「ん?」

バックミラーをちらりと確認すると同時に
ランエボがスッとTTの前に出て、ハザードを付けながら
少々の蛇行をし、リアを揺らしてTTを誘う
白いエンケイ製5本スポークにGTウィングが目立っている。

「・・・・」

徐々に気分も盛り上がってきた頃合い
玄白もTTのヘッドライトを瞬かせると、加速していくランエボの後を追い始める。
3000rpmから上の鋭い立ち上がりを見せるランエボ
その加速はやはり別次元で、3.2リッターNAエンジンではどうにもできない

だが、ランエボは離れない、TTを案内するかのように
気持ちの良いペースで引っ張ってくれる。

流れる景色、川を流れる木の葉の様に周りを刺激せず
それでいて、素早く一般車をパスしていくランエボ
先ほどのエリーゼとルーテシアに対して感じた恐怖感は全くない
玄白もそれをなぞる様に、真似ていく

TT本来のGTカーとしての性格が、高速ステージはマッチしていることも
徐々に感じていく、ヤビツ峠の最早林道と言うしかないような
バンプも激しく、ラインが限られた場所を走るよりは
コッチの方が本来は向いているのだと

ラインハルトがセッティングを施した、ギャップをいなす足回りは
首都高でも悪くない、むしろ高速レンジでの動きは安定している。

「やっぱし職人・・・だな・・・ラインハルトさん」

まるで首都高でもテストをしたかのように、ラインハルトのセッティングは
路面を捕らえて離さない、加えてTTの車重もこういう場面では
トラクションを稼ぐ一翼を担っているのも考えられる。

神田橋を抜け、江戸橋JCTを左車線キープで新環状へ入っていくランエボ
当然玄白も後を追う、またスピードレンジの変わるのが解る上
やはり、マスターが施したチューニング以前に、基本的な
TTの方向性としての中間加速は以外にも頼りになる。

聳え立つような壁、動く檻と化すトラック、速度差の激しい一般車
恐怖を禁じえないが、同時に虜にするだけの麻薬も首都高の不思議である。

時折見せるランエボのスローダウンや、変わった動きは
どうやらオービスを避けている様である。

「良い走りをするじゃん」

「だろ?和田峠で会った時からセンスあるなーって思ったんだよ」

「たまの首都高も悪くないな」

「首都高でヤビツ峠のルーキーに遭遇とは結局峠絡みか」

「まぁ、そう言うな」

「で、なんでヤビツ峠のルーキーが首都高を?」

「知らない、俺も今初めて見たんだよ」

「連れのPTCの女の子と走りに来たんじゃないの?」

「あぁ、カモなぁ」

「なんだ?急にそわそわしてるな」

「イ、イカン・・気になり始めた」

「ちょ、おい!ヤメロ!」





『箱崎PA』

「春築さん・・・・なにやってんですか・・・」

「俺のエボでスタントはやめてくれ・・・・」

「悪い悪い、なはッ」

「なはッじゃない!」
「なはッじゃなですよ!」

「あ、一応紹介しとくわ、連れの市原、エボの持ち主」

「こんばんは、玄白っていいます」

「よろしく、君があの裏ヤビツのルーキーか」

「ところで、なんで突然首都高に?」

「まぁ、成り行きで」

「成り行き?」

「そう言う春築さんも、どうして首都高に?」

「当然ネタ収集ですとも」

「あぁ、いつものスクープ狙いですか」

エッヘン顔する春築のポケットに潜んでいた携帯電話が着信音を響かせる。

「もしもし」

ものの数秒だろうか、突然電話口で春築が叫ぶ

「なんだと!」

言ったかと思えば、ギラギラした眼で

「市原!今から奥多摩行くぞ!奥多摩!」

「なんで?」

「あのハネ無しHFRが出たらしい!」

無理やり市原を車に押し込むと
手持ちのデジカメがあまり高画質録画向けでないことを嘆きつつ
春築は市原を引きずって奥多摩周遊道路へ勇んで向かってしまった。

「・・・HFR?」

結局、何のために止まったか訳がわからず
なんだか箱崎PAにてしばらく休憩を決め込む玄白

缶コーヒー片手に、一息ついていると、キキョウからの電話が鳴る。




NEW 2010/08/18 UP


「玄白ー?どこに居るの?」

「そういうキキョウは?」

「あたしはベイブリの真ん中」

「ベイブリの真ん中ぁ?」

そんなところにPAはないぞという気持ちの入った素っ頓狂な声をあげる

「脇に電話するために止めてるだけよ、なに?変な声あげて」

「あぁ、なんだ」

「とりあえず、湾岸の大井PAで待ってるから」

「わかった、向かうよ」

箱崎PAのロータリーを出て、新環状左周りから大井PAを目指す。

先ほどにもまして時間帯的に車は減っている。
新環状は先ほどにも比べて、体感速度が違う
ほどよい120km/hほどをキープし走り抜ける。
商用車やハイブリットカーの方が飛ばしていたりする脇を
ずっと同じペースで走るTT、まるでジェットコースターを下るような
解放感を感じる玄白、普段の道がアレなだけにその感覚は
段違いに広く感じている。

辰巳JCTより湾岸線へ合流する。完全に玄白とTTには縁遠いステージだ。
一番左車線を走り、たまのトラックをパスしたりで湾岸をクルージングし
有明JCTを真上に通過しようという頃合いで、すこしアクセルを踏み足して
みようかと思った瞬間、背後からまったく速度差の違う車が3台も
連なってTTのミラーとミラーにヘッドライトが写り込み
それと同時に、3台のサルーンが250km/hオーバーで脇を飛びぬけていく

「おわっ!」

思わずステアリングにしがみついてしまう玄白
サルーン3台が切り裂いた風圧で車体が慄くのを感じた。

「すっげ・・・・」

連帯を乱すことなく、それぞれやや右と左にオフセットし先頭の後をついていく
あっという間に臨海副都心トンネルへと消えていった。

「まだ居るんだ・・・最高速トライアルやってる人なんて・・・」

あまりの迫力についつい、アクセルを踏み込もうとしたことを忘れてしまう
完全に見惚れていた自分にハッとする。

臨海副都心トンネルのオレンジ色に満たされた明りの中に溶け込むTT
ガンメタのホイールだけを残し、セピア色に染まるTT
3.2LV6のエグゾーストに窓を開けて耳をすますと
心地よい空間に玄白はなぜかホッとする。




『大井PA』

PAに入ってすぐにエリーゼを発見する。
深夜だが紫色のエリーゼは意外に目立っている、当然傍らにはキキョウ

「遅い」

「え?割に飛ばしたつもりだったんだけどな」

「ここでは200km/hオーバーじゃなきゃ飛ばしたって言わないのよ」

「それはキキョウの中だけじゃぁ・・」

「なんか言った?」

「いえ、なんでもございません」

「よろしい」

「それで、ルーテシアには勝ったの?」

フンッ!
鼻息をそんなふうに出し、誇らしげに腕を組み

「当然じゃない、C1を数周でぶっちぎりよ」

「勝敗ってどうやって決まるの?」

「え?」

「いや、だから勝敗、峠みたいに明確なゴールが無いって言うか」

「勝敗ねー・・・・」

「ずっと気になってたんだよ、どこでどう決まるのかなって」

「色々あるわよ、勝敗自体ない場合だったり、ぶっちぎられたり・・でも・・」

「?」

「んー・・・なんて言えば良いのかしら」

キキョウはしばらく難しい顔をして考える。
左手を顎にあて、右手には午後の紅茶を持ちながら

「自然とわかるっていうか、同じ空間を共有した者同士がわかる・・カンジ?」

「へぇー」

「あっ!」

キキョウが大井PAの入り口を指さす。
玄白も振りかえると、視線の先には先ほどの超弩級のサルーンが3台

「さっきの・・・・」

「見たの?」

「見たもなにも、すげぇスピードでかっ飛んで行ったんだよ」

「あの人たちは"エルケーニヒ"ってチームの人たちよ」

「エルケーニヒ?」

「超弩級サルーンでオーバー300km/hで走る数少ない本気組」

「300km/h・・・・すげ・・・」

「金曜の夜にしか来ないわ、なんでも目立ちすぎるからって」

「たしかに、BMWにベンツ、んでジャガーが300km/hではしってりゃ目立つわな・・」

ゆるりとクーリングでも兼ねて走って来たのだろう
すでに先ほどの狂った速度での登場ではなく
PAの中を走る姿は全く普通のサルーンに見える。

このエルケーニヒ、長は本郷というE60M5に乗る男
苑森のPTC、七原の走童と実力を三分する今や少ない
本気組のひとつ

3台が前を通り過ぎようかといったとこで
キキョウが小さく手を振る
すると、先頭のBMWが停車し、左ハンドルのM5は主の顔がよく見える

「おや、キキョウちゃん、こんばんは」

「こんばんは、本郷さん」

「今日も熱心だね、そちらはお友達かい?」

「あ、はいっ、玄白っていう峠コゾーです」

「峠コゾーって・・・、ども、玄白です」

キキョウに少々の突っ込みを入れつつ、玄白も挨拶をする。

「8NのTTか、ちょっと待ってて、車を置いてくるから」

置いてくると言っても、玄白のTTの横3台分が丁度空いており
綺麗にロータス、アウディ、BMW、メルセデス、ジャガー
とエンブレムが羅列することになる。

「やぁ、こんばんは」

改めて車を置いてきてから、本郷は玄白に挨拶をする。

「私は本郷、エルケーニヒの頭ってとこかな」

TTの横に佇む銀色のE60型M5は何とも言えない存在感を放つ
重厚さというか、造りの細かさを放つ何かがある。

「M5なんて初めて間近に見ましたよ・・」

「さすがに峠じゃ見ないだろうね」

「!」

玄白は突然、窓から車内を覗いた直後にびっくりする素振りを見せる。

「確かE60って7速SMGだったような・・・」

「私のは米国仕様なんだ、こういう事をするからね6MTの方が都合が良いんだ」

玄白のもしかしてという視線に感づいたのか
振り返る玄白に残りの2台のドライバーも自慢げにMT操作のジェスチャーをする。

「マジすか・・・」

「ほら、次はアンタのTTを見せなきゃ」

キキョウが半ば勝手知ったる様子でTTのあちこちを開け始める。

「キ、キキョウ!」

「いいじゃない!いいじゃない!」

ボンネットを開け放ち、車のよもやま話に華が咲く
基本的な車についての無駄話や、まつわる歴史、走り方
車好きが5人も集まれば、話は延々続く
初めて会う人間同士でも、車となればもう仲良子よし
ハッと気が付くと、すっかり朝日が顔を出し
湾岸線にはトラックが増え始める時間

朝日を眩しそうに見るキキョウ、玄白も輝く朝日を眩しく感じる。
キキョウが小さくあくびをする。寝むそうだ。






「あれ、今日はまた随分と落ち込んでるね」

場所は、何時だか玄白の旧友がEG6を購入した中古車屋
黒いFD3Sの横に、あの青いルーテシアV6がのろのろと止まり
運転席の美谷は、停車と同時に大きくため息をつく

「また・・・小娘に負けた・・・」

「あー、PTCのキキョウちゃん?」

「くっ!これで連敗記録更新・・・どうしましょ馬籠さん・・・」

「あのコ、C1入ると速いもんねー、横羽にでも連れこんだら?」

「C1で勝たなきゃ意味がないんですよ・・・」

がっくしとしながらも、店前の販売機でカフェラテを買い、一口飲むと
美谷は、黒いFDの主、馬籠に"あの事"を訊く

「あ、奥多摩に出たっていうHFR2000、どうだったんですか?」

「お、もう知ってるの?早いね」

「その筋の一部の人間がツイートしてて、話だけは耳に挟んでます」

「ツイッターねぇ・・・最近はそれで話がひろまんのね」

「すご速っ!って話じゃないですか」

「確かに速かった、ありゃぁ狂気の沙汰だな」

「突っ込みとか尋常じゃないくらいの?」

「訊くねぇ、まぁ凄かったわ」

「えぇーなんかいじわるー」

「気ままにあちこちのヤマを走ってるって話だ、そのうち
あのヤビツにも現れるだろうに、その時、見に行けばいいさ。」






朝日もすっかり上り、土曜の朝はハイキング客や湧水を組むための人で
宮ヶ瀬およびヤビツ峠周辺は、朝から賑わいを見せる。
だが、喫茶"街"のドアにはcloseの札が掛ったまま
裏手のガレージからは何か物音がするのに加え、駐車場には
トラバントとスイスポの2台、どうやら朝から何かをしている様子

「これが、例の」

「今朝、遥々ドイツから届いたわけだ」

「すっごーい、これをブチ込むの?」

「この歳になって、こんな大仕事をやってのけるなんて、いやはや。」

「どうした?相棒」

「いえ、扱う上で、かなり慎重に行かないとと思いまして」

「大丈夫さ、KKK製は高効率高信頼がモットーだからよ」

マスター、ラインハルト、安彦が囲む木箱の中には1基のタービン
ドイツ語で書かれた紙っぺら1枚、なんなのかは解らない

「しかし・・・パイピングはどうしましょうか。」

「あれ?アビーがやるんじゃないの?」

「いやいや!アタシはCADとかCATIAなんて無理無理!
設計図通りに違わず造ることは得意だけど」

「だよなぁ、ちょっと手曲げマフラー造るよってノリじゃぁないしな」

「連絡が付けば、一番良い人材を知っているんですがね・・・・」

「そんなヤツ居たっけ?」

「あやとり石川なんて呼ばれてた彼を、覚えていませんか?」

「あー、居たな・・・」

「風の噂では、もうそういった事はしていないって噂ですが」

「ま、いざという時は、私が頑張るよおっちゃん」

「パイピングやサージタンクの類いは難しいですよ?」

「おっちゃん!現物合わせよ!いざという時は!」

「おー言いますね、頼りにしてます。」

エンジン担当、ボディと足回り担当、それに鉄の魔女が
何をしているかと思えば、TTをターボ化へ向けての第一歩を
踏み出していた。
パワー不足を目の当たりにしてきた玄白の返答次第で
このフェーズツーメニューは一気に進むことになる。






「ふぁーっ・・・・眠い・・・」

エルケーニヒの面子ともとうに解散し
コンビニの駐車場で眠そうに目を擦るキキョウ

「もう朝5時か・・」

時計をチラと見て、キキョウは道理で眠い訳だと自己納得する。

「はい、エスプレッソティー」

「あ、ありがと」

コンビニから出てきた玄白が、キキョウに缶紅茶を差し出す。

「玄白はこの後どうするの?」

「家帰って、寝て、昼過ぎちょっとに、首都高をタラタラ一周しようと思う」

「なんで昼過ぎ?渋滞してるわよ?」

「渋滞にハマりつつ、隅々まで首都高を観察したいっていうかさ」

「ふーん」

「じゃっ、俺帰るな」

「うん、お疲れ」

TTに乗り込み、いつものようにスッとTTを走らせ出ていく玄白
普段走る時には随分と優しい運転をする。
いつもTTの走り去る姿を見てキキョウはそう感じる。

「・・・私も帰ろっ」






第十三章

少々太陽のまぶしい昼下がり
C1と新環状をアラビア数字で八を書くみたく
回りに合わせ首都高を改めて見物する玄白
料金所を安易に何個も通る訳にはいかないため
八の字見物を右回り左回りと交互に繰り返す。

立体交差による道路が重なった大きな空間の中を
見上げるように走ると、何とも言えない雰囲気に
思わず息を飲んでしまう。

が、息を飲むと同時に、グゥとお腹が鳴る。

「あ、昼飯まだだった。どーりで腹が鳴る訳だ」

一人で勝手にプロセスを考察し、湾岸線をそのまま
横浜方面へめがけて下っていく






「マスター?居ますかー?」

ガレージでこもる3人の耳に、マスターを訪ねる声が聞こえる。

「おや、来たようですね」

「来た?」

ガレージと外を隔てるシャッターの外に、小さくエグゾーストが聞こえる。
不思議そうに、開いたシャッターの先を見るラインハルト
マスターの後ろからヒョイと覗きこむ安彦

「どうも、苑森さんご無沙汰してますね。」

「いえいえ、今日はラ・ヴォワチュールの人間として来ました。」

「え?ラ・ヴォワチュールってあの超有名雑誌・・」

唖然とする安彦、どうやら苑森はその雑誌のジャーナリストらしい

「まってまって、もしかして『紫式部』って・・・」

「あ、はい、私のレビュー用のペンネームです。」

「うっそ・・・こんな若いコだったの・・・・しかも女の子・・・」

あんぐりする安彦

「ちょ・・・実は大ファンです・・・サイン後で下さい!」

「あ、はいっ!なんでも書きますよっ!」

苑森の後ろにはアウディTTRS、現在アウディのラインナップの中で
TTのフラッグシップグレードを務めるモデルであり
直列5気筒という、アウディのお家芸を復活させたモデルである。

「おっちゃん、このピカピカのTTRSでなにするの?」

サインの書かれた自分のレーシンググローブを大事そうに抱えながら
苑森より年上の安彦は、マスターにTTRSの使い道を尋ねる。

「今日の夕ぐらいに、玄白が来ます。
きっと彼は自分からターボ化は申し出ないでしょう」

「あのコ、納得するとかなんとかって・・」

「そうです、彼はもうパワーの意味合いを感じているはず
しかし・・」

「玄白は、自分の走り方でどうにかできると思ってるって訳だな、相棒」

「はい、彼を納得させるため、今日は苑森さんにTTRSを
借りてきて頂いたんです」

「でも、玄白から申し出させなかったらチューニングしないんだろ?」

「いいえ、きっと申し出ることでしょう、そう思います。」








『大黒PA:食事処』

「・・・・んー」

カレーをすくったスプーンを口に含み
ご満悦な表情をする玄白

「大黒PAのカレーはまじょウメェ」

まじょウメェと、ろれつがズレるくらい頬が落ちるのだろう
おいしそうにカレーを噛みしめる玄白

「席、いいかな?」

至福の瞬間を現実へ引き戻す一声、ハッとすると
昨日のエルケーニヒの一員、500Eの風仲が立っていた。

「あ、どぞどぞ!」

「昼間も走ってるのかい?」

風仲もカレーを前に、頂きますと手を合わせつつ玄白に尋ねる。

「いえ、なんとなく首都高見物というか、明るい首都高ってどーなんだろー的な」

「僕も走ったよ、昔ね」

「そうなんですか?」

「親のW123で勝手に走りまわったもんさ」

「W・・123?」

「メルセデスの昔、昔のEクラスなんだけど・・・知らないよね」

「ベンツ自体よく解らないというーか・・・はは・・」

「かぁー!generation gapを感じるわー!」

(無駄に発音綺麗ってなんだ・・・)

心で小さく突っ込みを言う

「Eクラスって、セダンですよね、高級車というかなんというか」

「そうでもないかもね」

「え?」

「乗ってみれば解る、今日はW124で来てるから乗ってみてよ」

「ベ・・ベンツに?」

「もちろん、是非乗ってみてよ」

「いやいや、何かあったら!」

「大丈夫だよ、人さえ轢かなければ」

「そーいうことではない様な・・・」



大黒PAの道路に抱かれるような駐車場の真ん中に、風仲のW124は鎮座していた。
落ち着きのある一般的な言い方で言うワインレッドのEクラスだ
玄白は昨夜、目の前の視界に留めた銀の500Eでないことに戸惑う

「あれ?昨日は銀だった・・」

「あれは遊び用の500E、これは普段の足、E320」

「2台ですか!?2台もベンツを!?」

「ゴメン、もう一台、W212が通勤用としてあるんだ」

「3台!3台も!」

「ささ、乗って乗って」

「右ハンドルなんですか?」

右のドアを開けた風仲に、玄白は少し驚く
イメージとしては左ハンドルで、車高が下がってて・・・
というのに対し、右ハンドルで、ぱっと見冴えない純正ホイールを履いている。

風仲に色々話を聞きながら、E320を走らせ、湾岸へ出ていく
新車で買って以来、ずっと乗っているとの話を聞く。
玄白は長く付き合った車にしかない、持ち主色を持つ車に
少し、歴史を感じながらW124を大きなステアリングを握る。

TTは大黒PAにて少々のお留守番。






『首都高:湾岸線』

「あ、また避けた」

「だろー?メルセデスに乗るとどこでも待遇いいの」

「95年製でしたよね?この車」

「登録はな、正確には94年だが、モデルとしてのW124ロールアウトは84年」

「84年、マツダのFCと同い年くらいですね」

「FCと同い年、面白い言い方するねー」

「なんかやっぱすごいですね、シャンとしてるというか」

ステアリングを握り、シートはキチッと立て
両腕は程良く肘が曲がるカンジ。
その状態で、120km/hクルーズ、ステアリングはブレない

「でもやはり、W212と比べると古い、それに特に目立った性能でもない」

締め切った車内には風切り音はさほど聞こえない
風仲の声を自然に聞き取ることができる。

「当たり前のパッケージングを、出来のいいボディで被せただけなんだ。
でも売れた。特徴もさして無いが売れた。」

「なんて言うか、親しみやすさがあります。フレンドリーというか」

「嬉しいね、そこを見てくれる人なかなかいないんだよ」

まっすぐ走るが、騙した直進性ではない
つぶさに伝えることは伝えてくる。
ステアリングは握って離すな、そう車が訴える様に
会話をしながらも気が散らない。

「あのTTはいくつくらい出ているんだ?」

「今はおおよそ360psくらいです。」

「360ps?ちょっと物足りないんじゃないのか?」

「いえ、まだオイシイとこ引き出せると思うんですよ」

「ノーマルのTT3.2オーナーからしたら化けモンだが、この場所じゃぁ」

「お世話になってる人が、次のステップを用意して待ってるとは
言ってくれてるんですが、まだそんな域まで行ってない様な気がしてて」

「遠慮してるな、随分と」

「え?」

「一辺倒に方っぽを上げようとしても凝り固まるだけだぞ
腕を上げたきゃ、車もステップアップするべきだ」

大井JCTを左に折れ、1号羽田線へ
狭まる道幅に合わせ、スピードダウン

「才能あるF1ドライバーだろうがラリーストだろうがなんだろうが
車のステップアップが無いと腐ってしまう、よくあることだ。」

京浜運河の上を走るE320、車線が一車線に絞られ
コースターを下る様に1号線に合流する。

「遠慮してやらずに、もっと車に飛び込んでみるといい
自分を車のそばに置くんだ。君なら受け入れてもらえるはずだ。」

「・・・・」

「ホームは確かヤビツだったね?」

「そうです、秦野の方ではなくて、宮ヶ瀬側ですが」

「よし、ちょっと連れてってよ」






『喫茶:街』

喫茶に入り、思い思いの席に腰掛ける3人
マスターはいつもの定位置、カウンターでコーヒーと紅茶を淹れている。
女性同士、安彦と苑森は会話で盛り上がり
それを静かに聞きながらカウンター席に座るラインハルト

「へぇ、高寺クンの後輩なんだー」

「もう中学生の時から車、車でしたよー先輩は」

「でも、なんでこんな男くさいっていうか、車の世界に?」

「最初は右も左も解らなかったんですけど、免許とって
ステアリング握るのが楽しいことに気づいて」

「あー、運転から目覚めたカンジ?」

「最初はなんでもよかったんですけど、出版社入ったら
丁度、今のとこに配属されて、ホンモノに触れたらもうそこから一気に」

「凝り性でしょー?完璧主義というか!」

「解ります?!そうなんですよーっ!」

「さ、紅茶が入りましたよ、スイスロールも一緒にどうぞ」

マスターがテーブルの上にコトッと置くと
女性陣の顔が一気に明るくなる、もとより増す。

「コーヒーとクーヘンはウマいね全く」

カウンターではラインハルトがバウムクーヘンを食べ
マスターは皿を拭く、なんとも落ち着いた空間

「やっぱりクーヘンはどっしり焼かないとな」

「そうですね、市販品は剛性感が足りないというか」

「菓子まで固いってかよ」

「焼き菓子は食べ応えがあってこそですからね」

「確かに。」
 
グッと親指を立てて、コーヒーとクーヘンを堪能するラインハルト






大黒PAの駐車場でTTの横に入るE320
ATミッションのクリープでソソッとバックをこなす

「楽ですね!」

「ATはバックがラクでいいよ、まさに便利ってことだな」

「鍵、どもです」

風仲が玄白からE320のキーを受け取ると
今一度、TTをじっと見る風仲

「でも不思議だね、なぜTTでこんな世界に?」

「信じ難いと思うんですけど、これ貰ったんですよ」

「貰ったァ!?」

「米軍基地でのジムカーナ大会で・・」

「米軍!・・オイオイなんだそのスゴイ来歴」

「まぁ、いろいろありまして・・」

タハハ・・と若干の申し訳なさそうな感じで笑いながら
玄白はTTとの来歴を説明する。

「すごいな・・ますますこのTTをチューニングしてる人も
見たくなったな・・。是非、喫茶まで案内頼むよ」









『福島県:相馬市台町の町工場』

ヒラッ・・・

「ん?」

スクラップファイルの中から落ちた一枚の写真を拾い上げる
ツナギ姿の中年男性

「なーんだべ、懐かしい写真だー」

しげしげと、拾った写真を眺める。
言葉は福島弁、人称部分の発音だけは神奈川弁に聞こえる。

「もうウン十年・・今も峠を走ってるんだべか」

工場の外にロータリーエンジン特有のエグゾーストが聞こえる。

「俺は、また懲りずに・・戻ってきちまった、何年も前に」

スナップオンの工具箱の上に写真をソッと置き
スパナを重石がわりに乗せる。
写真には、ありし日のマスターとベレG
その横に、写真を持つ男の若い頃だろう
傍らにTE27レビンを従えてることから、男の車なのだろう

「石川さーん、ご注文のミスド買ってきましたよー!」

「んー、ほっぽとけー!」

「Be-1のATなんてツマンないっしょ・・86でも買ったら?」

「いんだ、ATで十分だ。もうそんなことする歳でもねー」

「エーテーじゃなくねエーティーでしょー」

「ほっどけー!」

小さい工場屋内の片隅にひっそりと佇むBe-1
外にはチャキチャキに改造されてるFC3S
周りを田んぼに囲まれた工場はさびれていても
なんだか廃れては見えない、そしてけたたましい音を響かせ
工場にもう数台、車がやってくるとこを見ると
この工場は、地元の人間や、そういった人間の
車を相手に仕事を重ねている、よくある町工場のひとつの様だ。








滑らかなエグゾーストを響かせ
宮ヶ瀬、やまびこ大橋を渡る2台
オレンジのTTと、ワインレッドのE320
もう宮ヶ瀬の人々の往来は多くない
夜が訪れた宮ヶ瀬はシンッと静寂が支配する。


玄白と風仲が到着しようかという時にガレージが開く

「マスター!」

「おや、来ましたね」

道路沿いにハザードを焚いてTTを止める玄白
後ろにE320も止まる。

「テツ先輩!先輩じゃぁないですか!」

車を降りた風仲が、ドアを持ちながらマスターを見て
驚いた顔をしている。

「これはこれは・・・」

突然の再会、玄白は事情がわからない
風仲がびっくりして上げた声に、中の3人も何事かと外へ出てくる。

「あ、社長」

「えぇ!苑森ちゃん!」

「社長ッ!?」

苑森も風仲を知っているようで、それに安彦が驚いた顔をする。

「ラインハルトさん・・!」

「オーイオイ、珍しい客だな・・・」

各自、各々の距離感を保ってシーンとする。


「ねぇ、玄白、この人は?」

TTの窓越しに小声で玄白に尋ねる安彦

「風仲さんって、首都高で知り合った人ですよ」

「社長って呼ばれたけど・・・」

「さぁ・・?」


「お久しぶりです・・ッ!先輩!」

ドアを閉め、キチッと頭をさげる風仲

「社長、マスターとどういう仲で?」

「あぁ、仲もなにも、昔、車のことで数えきれないくらい世話になった人だよ!」

「ラインハルトさんとは?」

「車の補強やボディ関係は皆やってもらった!」

「今はW124か、いいのに乗ってるじゃないか」

E320を前に、やはり母国の車からか嬉しそうに眺めるラインハルト

「いやいや、もう一台、そういうこと用のW124があるんですよ」

「随分、ハブりイイじゃないか」

「雑誌が好調に売れてまして」

パンッと手を叩き、玄白に向き直るマスター

「玄白、いいですか、今から湖畔道路であのTTRSと走ってもらいます」

突然のことに驚きながらも話を聞く玄白、続けるマスター

「パワー不足は痛感している事と思います」

「・・・どうにかできると思うんです、まだ自分のウデを磨けば」

「じゃぁ、TTRSと対決してもう一度、自分の判断を決めてみると良いでしょう」

「TTRSと・・・」

「私は玄白自身からの回答を聞きたい、ここで待っています。」

「相棒、だれがTTRSを」

「風仲、お願いできますか?」

「ま、任せて下さい!」

「社長ならもし潰しても大丈夫ですね」

ポロっと凄い事を言ってのける苑森

「そうだな・・・わけないけども!」

当然、風仲は否定する。

「この時間なら、近くの信号からスタートでも大丈夫でしょう」

TTRSが路上に出ていき、玄白の後ろに並ぶ
白という膨張色も関係あるだろうが
チューンされた8N型とノーマルの8J
新型は一回り大きくなった感じを覚える。
しかし、それは事実で、アルミボディ採用による重量は軽減しているものの
ボディ全体としては大きくなった8J型TT
ターボの存在による中高速域でのトルクフルな性能も
8N型TT3.2に対しての大きなアドバンテージ足り得るものだろう

「まず、1本目は玄白の後ろにくっ付いて様子見
2本目から本番としましょう」

「さ、行ってこーい」

ラインハルトが一本目を大きな声で送り出す。

ターボとNAでは質が違うエグゾーストを響かせ
信号の向こうへと、2台のTTが遠く走っていく

「さっきから社長って呼んでるけど、なんの?」

2人を送り出すマスターとラインハルトの後ろで
安彦が苑森に、風仲の正体を訪ねる。

「はい、ウチの出版社の社長ですよ」

「・・!玄白はホント、人脈には事欠かないわね・・・」








宮ヶ瀬湖畔に沿う、程良いワインディング
先の走行会でも使用された、玄白にとっては馴染み深いコース
ヤビツと遜色が無いほど走り込んでおり
コーナーの特性や性格はつかんでいる。
自分の未熟さを抑えられずにRX-8を潰したのもこのコース
ギリギリの中で、キキョウや正宗と戦ったのもこのコース
そして、ゆるりと流すこの1本目のあと
自身の回答をださなければならない

玄白の牽引する六分のペースに、TTRSを駆る風仲は綺麗にトレースしてくる
やはり、単にスーパーサルーンを乗ってるだけでなく
未だに最高速トライという、非生産的な犯罪行為そのものと解ってて
興じる彼は、ステアリングを握らせても申し分ない。
また、自動車雑誌からの叩き上げでここまで来た彼は
はじめて乗る車であっても八分までは容易に引き出してくる。

突き詰めていくにつれ伸び悩むというデメリットもあるが
こういったファーストコンタクトでの全開走行を迫られる際には
風仲のドライビングスキルは非常に役に立つ。

「C1よりも滑らかな道だな・・」

玄白のTTを後ろから眺めて気づくサスの動き
自身でも感じるTTRSのサスの動き
C1よりもよほど滑らかである。







「玄白は勝って帰ってくるでしょう」

1本目の試走を始めてすぐ、マスターは
まるで結果を見て来たかのような口ぶりで
玄白の勝ちを予想する。

「玄白が地元だからか?相棒」

「私も、その予想の理由が気になる」

「私もっ!」




――まず、玄白の利点はこうです。
車の特性は十分に把握している。
ノーマル状態のマージンをある程度省いてあること
重量に対してパワーも出ている。
そして、なによりの安定感

裏を返したときの弱点はただ一つ
その安定感が弱点です。
安定しすぎると、徐々に感覚が鈍り、伸び悩んでいく
コップの表面に張るくらいの、表面張力の安定感
これが彼には必要です。
もうフェーズワンでは安定しすぎる粋に達しています。

対する風仲は
車は今夜がファーストコンタクト
フルで行ける玄白に対し、そこそこが限界

勝機と言えば、車が最新ということ
8N型に比べ、やはり8J型の方が車としては数段いいでしょう――



マスターは単に2台を机上に並べた上で考えられる推論を
3人に聞かせる。
だが、机上の話なんて誰にでも推論できる。
マスターの言う『表面張力の安定感』これこそが
根拠であり、フェーズツーのテーマとなることを
マスターは遠回しに含ませている。







――ランエボ、インプレッサ、AWDなら上はもっとある
でも、なぜTT、しかも型落ちを選ぶ?

車内で、先行する玄白のTTを眺めながら考えを巡らせる風仲

――どうしてTTを選び、ただ乗るだけでなく、こんなことをしている?
海外仕様の3ペダルだからか?見た目がかっこ良かったからか?
そうじゃないだろう。君の事だ、何かに自分の心が揺れたんだろ?

――普通ならTTを売って換金する、綺麗な個体なら割かしイイ
リセールが期待できる。でもしなかった・・・・


足早に2台は試走を終え、スタート地点へ戻ってくる。
ヤビツ峠へ入るT字路で、マスターや他3人が見守る中
向きを変え、風仲先行、玄白が後ろから追う

真上に灯る信号は赤
並び終わると、丁度よく歩行者用信号が点滅し始め
青から赤へ変わる。

全ての信号に赤色が灯る3秒間
TTとTTRSの、エンジン回転数を保つ音が
ピッチを一切変えずに一直線に響く



――玄白、見せてくれよ、TTを選んだ理由を・・・
TTを売ってもっとラクに上へ行かなかった理由を!



信号に眩い青が灯った瞬間、2台のTTがロケットスタートを決めていく
普段FRの500Eで、この世界を生きる風仲が
AWDの難しいロケットスタートを綺麗に決めていく辺りは
さすが、自動車雑誌叩き上げの編集社社長と言える。


スタートしてすぐにダラつく長い上りを上り切り
宮ヶ瀬湖畔園地駐車場がすぐに、トンネル先に顔を出す。
短いトンネルの中にはTT3.2とTTRSのエグゾーストが
これでもかと響き、反対車線をやってきた
ドリフトをする人種だろうか、白いマーク2は
気迫ある2台に、慌てて園地駐車場へ飛び込む

直線はターボが回り始めるTTRSが速度的にも申し分なく
TTをリードしていく、虹の大橋までは基本的に高速区間
首都高で走る風仲にとっては、解り易いコース性格
玄白は焦ることもなく、TTRSの後ろに続き、その時を待つ





――TTは生粋のスポーツカーではありません

信号からスタートを見送ったマスターは話を続ける

――ベースは旧A3やゴルフと共有
本来は1.8Lの直列4気筒5バルブがTTにとってのベストユニット
でも3.2V6を押し込んだモデルをアウディは出しました。
――詰めに詰まったエンジンルーム、かなりのフロントヘビー
そういう車です。こんなことをする車ではない、ということです。

「でも、なんでそんな車に入れ込むの?おっちゃん」

マスターの言葉に、ニヤニヤしながら維持悪そうに質問する安彦

「理由、そんなもの言い訳の時にだけで十分です。」

「楽しい事に理由はいらない?」

「そういうコトです。」





虹の大橋を渡りきり、長く下るストレートを依然としてTTRSリードのまま
2台はテクニカルゾーンへ突入していく

ポジションは玄白が常に、風仲の左半分後ろにつけ
下る長い右コーナーへ入っていく

――左後ろをキープ?カウンター狙い?

勘繰る風仲、割と曲率はキツイ右コーナー

――右回り、台場11号のベイブリ直後のコーナーか!

アウト側へ孕むことを避けようとセンターラインの中心から
内側へのスペースで、コーナーを済ませようとする。
風仲はこのコーナーを首都高の台場11号のあのコーナーに似ていると
判断し、その攻略セオリーに従って処理にかかる。
対する玄白は、センターから外側のスペースを積極的に使っていく

――寄せるゥ?そこまで寄せるかぁー!?外側に接触してないのか!?

車両感覚のつかめないと言われるTTを幅いっぱいギリギリまで寄せ
振り返す左コーナーへ構える玄白
コーナーリング速度は玄白が上回り、もう風仲はインで我慢するしかない

――分かってたのにカウンターをキメられるたぁ・・

――ヤルな・・玄白!

早速順位が入れ替えられた。内側で"待ち"すぎた風仲は
車線中央のポールのため、アウト側を選択
振り返す左コーナーで玄白はインへと入り
ガツンッとリードを奪われる。












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玄白の叔父は白バイ隊員だった!