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このロゴも結構古いです。

ヤビツ峠のメッサーシュミット

さて、順調に4ページ目


第八章


玄白が下山すると、キキョウが「どうよ?」と言わんばかりにエリーゼの前で
仁王立ちしているのが解る。

「勝ったわよ?どう?勝負する気になった?」

意の一番に玄白に勝負する気はあるかと問いただすキキョウ

「もうすぐ夜明けだよ、勝負はまた今度な」

「っていうか、まだ自己紹介してなかったわね、私はキキョウ」

「俺は・・」

遮るようにキキョウが続ける。

「玄白、赤城 玄白でしょ?知ってるわ」

「え?なんで・・・?」

間抜けに聞き返す玄白、面識がないはずなのに

「春沢家をなめちゃ困るわよ。」




「参ったな」

話す二人に小島がそう言いながら近寄る。

「苦戦する気はしていたけどこうも完敗を強いられるとは」

「いえ、それほどでも」

何か言いたげなキキョウを抑え、玄白が応対する。

「上には上が居るもんだな、バンパーも落としちゃったよ」

「ナイスファイトです。」

「そうかな?そう言ってもらえると気が休まるよ」

小島はどこか晴れ晴れした様な表情をしていた。
それが建前だとしても、小島という男が人間的によくできているのは
玄白にも伝わる。玄白は尊敬の念すら感じた。

「俺達はテンロクボーズ、またここを走りたかったら一声かけてくれよ
いつでも半原越に居るからさ。」

「是非、走っていて楽しいのでまたお邪魔します。」

「おう、俺は小島、君は?」

「玄白です。」

「覚えておくよ」










「ね、これからヤビツ峠に行くの?」

「の、方面だけどその手前」

「私も行っていい?」

「いいんじゃない?」

「なにそれ」

「行くんだろ?ついてきなよ」

「なっ、正直にいいなさいよ!」

半原越を後にし、玄白は喫茶へ向かう、もう夜が明けはじめ
人々の動きもちらほら始まっている。

いつものを道をたどり、朝焼けに燃ゆる喫茶"街"のログハウス外観は
実に趣があり、マスターのセンスの良さを感じさせる。

砂利の駐車場にTTを止めると、エリーゼもその横に止まり。
玄白がTTから降りるのを真似てキキョウもエリーゼから降りる。

「ここ?」

「そう、いつもの場所なんだ」

「ふーん、調べてあるとーりなのね」

「調べてある?」

「い、いやっ、なんんでもなないの」

「何キョドってんの?」

時計を見るともう朝の6時、外で話す二人に窓を開ける音が聞こえる。

「おはよう、玄白君、そちらは?」

「おはようございますマスター、こっちは・・」

「春沢キキョウです。」

「キキョウさんですか、おはようございます。」

「おはようございます。」

「寒いでしょう、今開けますから中に入ってください」







コトッ

紅茶とホットミルクが出され
カウンター席に座るキキョウと玄白

「ハッハッハ、もう400kmを?」

「はい、ジェイソンと愛知まで飛ばしてきました。」

「何回給油してました?」

「かなり」

「ですか」

笑いながらジェイソンの燃費を気にするマスター

「エリーゼを御乗りの様ですね」

「あ、はい」

「どうやら、普通のエンジンではないとお見受けしますが・・・」

「あれですか?あれは競技用のSR20が乗ってます。」

「というとエリーゼ111R?」

「そうですけど」

「なんで解るのマスター?」

「トヨタ製のエンジンが乗った111Rからサブフレームに変更が入り
タイプ120となった、このモデルの方がSR20を積みやすいと思いましてね」

「なるほど・・・・」

感心する玄白、キキョウは紅茶をおいしそうに飲んでいる。

「そうだ、マスター、オイル交換していいですか?」

「そうですね、400km走ったならバラしてみたいので置いといて下さい」

「あ、了解す。」

ホットミルクを飲み終わるとなんだか眠気に誘われカウンターに突っ伏してしまう
考える間もなく、目が閉じられ眠りへと入っていってしまう。







「ちっくしょう!」

あき缶を思いっきりけっ飛ばしながら中野が悪態を付いている。

「小島ァ、なんでそんなに清々しい顔してんだよ?ムカつかねーの?」

「別にそんなでも無いけどな」

半原越の頂上で悪態をつく中野の愚痴を紛いなりにも聞く小島

「ありゃーパワーで負けたんだよ、パワーで」

「かもな。」

「なんだよ!ハナシ聞いてくれよ!」

「聞いてるわよ、若造」

後ろから女性の声色がし、振り返る二人。
日の登った半原越は、眩しい朝日に包まれた中
白いスイフトスポーツの傍らに立つ女性
年の頃なら30代後半、腕を組み二人の方を見ている。

「なに?あんたさっきの外車連中の仲間?」

「そーでもないような、そーなようなとこね」

「はぁ?」

虫の居所の悪い中野が早速噛みかかる。

「そのスイスポは?」

「ノーマルよ、ただのノーマル」

「で?そんな走る気なさそうな状態で何し来たわけ?」

「私と走ってみない?パワーがあれば勝てるんでしょ?」

「なにぃ?低パワーで俺をカモるって?」

「どーかしら」

「言っとくけどな、最適化された俺のNA6Cにパワーオーバーはねーの」

「じゃぁいいじゃない、走りましょう。私が先行でいいでしょ?」

「ちっ、一本だけだ。一本」

面倒臭いのだが、言いかかった手前、退く気にもならず。
その女性の申し出を受けることにする中野

「中野ッ!」

「へーきへーき、余裕でちぎるって。」

小島は見た目もホイールさえもノーマルでマフラー径が少々太い事以外は
まったくチューンされてるようには見えないが
静かなアイドリング、何か電気で走っている様なスムーズな徐行に
小島は何か一抹の不安を感じる。言い表せられない不安が。

スターターなどもなく、スイフトスポーツが先に走り始める。
淀みない綺麗なアイドルを重ねて消えていくのを追う中野

「・・・・なんだ・・・あのスイスポ・・・」

他愛のない3.5kmの半原越をこの数時間で、自分たちより格段上の人間らが訪れ
特に何事もなく、スーッと去っていく。
小島は不思議な感覚と、自分たちの現実を思い知ったような表情をしている。

「中野、無理はしないでくれよ。」










「ん・・・んー」

薄っすら目を開けると、喫茶店店内にはだれも居らず。
カウンターに突っ伏していた身体を起こすと、眠気眼であたりを見回す。

「マスターどこいったんだろ?」

裏のガレージへ続く勝手口までのそのそと歩いてドアを開けると
もう、マスターがTTのエンジンを下ろし、アタリを見ている。
横でキキョウが興味津津に作業を覗いている。

「ん、起きましたか」

「おはよーございます」

「ってもうお昼よ?」

「寝たの?」

「少しね、美容の敵だし」

「いや、丑三つ時回ってるからアウトじゃ・・・?」

「うるさいっ」

玄白は頭をポリポリかくと、降ろされたTTのエンジンをマジマジと見る。
マスターが綺麗に部品の並べている傍ら、パソコンで何かを解析している
エンジンマネンジメントのロガーだろうか。

「そう言えば、エリーゼにSR20って言ってたけどマジ?」

「何?信じられない?」

「そういうワケじゃないけど、なんかすげーなーって」

「見てみる?」

ガレージの外に止めてあるエリーゼのエンジンフードを開けたまま
キキョウがSR20を始動させる。
乾いたエグゾーストが競技仕様のコンプリートチューンが施されたことを証明する。

「随分過激ですね」

マスターも外に出てきてエリーゼのエンジンを目の当たりにする。
マスターには一目で通常のSR20DEとの違いが解る。
約半分は専用に改造されたSR、4連スロットルが眩しい。

「ハイ、英国に発注したエンジンですもの」

「イギリス!?」

マスターにさらりと英国製と伝え、横では玄白が飛びのけて驚いている。

「イギリスってマジ?」

「そうよ、ヤン・レーシングに発注したのよ」

「ヤン・レーシング?」

「知らないの?それでよく車好きが務まるわね」

「いやぁ・・・そんなん初めて聞いたというーか」

「BTCC、英国ツーリングカー選手権にプリメーラで参戦していたチームよ」

「とりあえずレース?」

「まぁ知らなくて当然よね、日本じゃ知名度は一般的じゃないもの」

「パワーどんくらい?」

「250psくらいだったかしら」

「250ps?そんなもんなの?」

「私のエリーゼは軽いの!250psもあれば十分なの!」

いまいちかみ合わない会話にトゲトゲしさが出てくるキキョウの口調
だが、玄白はエリーゼに興味が移っており、トゲトゲしさを受け取っていない。

「へぇー」










「感じはどうだ?」

「イイカンジです。表にも随分慣れてきました。」

「成長早いねー、びっくりだよ」

和平と篠岸の車の間に止まる白いS2000、エアロもそこそこ控えめで
ダウンフォース用のGTウィングが一番目立っている。

R32と8Cに新たに加わったS2000、先ほどからやや滑らかで高速な表ヤビツを
盛んに行ったり来たりしながら走行を重ねている。

「目標は裏のルーキー撃破だぞ」

「裏のルーキー、ていうとオレンジのTT?」

「そう、お前が表のルーキー、アイツが裏のルーキーだ。」

「裏には和平さんと因縁のR32もいますよね」

「まぁ決着はついちまったがな、だからこそだ。お前には勝ってほしい。」

「まかせて下さいよ。コイツとなら誰にだって食ってかかりますよ」

白い車体に赤いバケットシートがスパルタンな印象を演出する。
R32や8Cに比べ、一回りも二回りも小さいが、S2000の基本性能の高さは
誰もが認めるところ、表のルーキー、名は「正宗」既に精鋭の一面を
覗かせるほど成長が早く、ジパングGTの次期エースとしての可能性も秘めている。

「待ってろよ、玄ちゃん」

もうすぐ共同走行会、名前は一般的なものの、不定期に彼らが短い時間で行う
宮ヶ瀬湖畔周辺を利用した公道レース。
毎年、不特定多数の集まりやチームが参加し、知る筋でしか参加にこぎ着けない。
通例ではエース同士がぶつかるのが共同走行会。
これもまた不定期ではあるが、リーダー同士で行う場合もあり。
各チーム共に、いろいろ作戦を考案してくるのである。

「今年は新興勢力が多く来るだろうね」

篠岸が和平に今年のヨミを問いかける。

「だろうな、噂のパープルタイプクラブや和田峠からも参加が来るらしいじゃないか」

「かなり激しい戦いになるだろうね。」

「毎年、シュヴァルベンシュヴァンツとの戦いだったが、今年はそうもいかなそうだ。」






ジャッキアップされたR33のタイヤ交換をする苑森、傍らでは
松籠が355のECUをリセッティングしている。

「そっちどう?」

「まだ詰めれるのよー、ただ妥協しないと訳わかんなくなっちゃうし」

「新品のSタイヤ入れたトコだし、おいしいとこに持っていかないとね」

「じゃぁ今日は久々に湾岸行く?」

「もちろん、行くしかないでしょ。」

大きなガレージで二台の車を入庫させ整備している苑森と松籠
元々は首都高で名を馳せるだけあって、場所は湾岸線に近く
横須賀線にも乗れてしまうくらい近い。







「高寺さーん、ジュース買っておくんなまし!」

「自分で買えよー」

「いいじゃないですかー高給取りなんだからー」

「桃野も十分貰ってるだろー?」

「ニスモ社員はジュースよりもオイルに手が伸びちゃう職業病がですね」

「ボクもウーロン買っておくんなまし!」

「お前も!?」

「エボ乗りはジュースよりもガソリンに手が伸びちゃう致命傷がですね」

「イヤ、それはみんなだろ。」

手をズビシッと前に押し出し、ツッコミのポーズを取る高寺
この会話を聞くによると、もっとも高給取りは高寺らしい
コンビニの中で和気あいあいとする三人、チームワークの高さも
こういったウマが合う良さが生み出すのだろう。







「赤藤ー、セッテ出したー?」

「とっくに出したよ、まだやってないの?」

「うぐっ・・・!」

「春築さん!ダメですよ!もうすぐなんですから!」

「廣和に言われると余計に罪悪感が・・・・」

「僕が協力しますから!さ!ホラッ!」

「さいですか・・・・・」

和田峠の山頂でも、走行会に向けたやり取りが行われ
その日が迫っていることが各所で見ることができる。







「180セカンズの春築氏の情報筋から、もうすぐ開かれるらしいね、アレ」

「出るんでしょ?」

黄色いフィアット バルケッタに紺色のGC8
いつかの霧の日に玄白をただひたすらに追走していたGC8だ。

「もちろんだね、あのルーキーがどうなったか見たいし」

「俺たち、九頭龍もソレを機会に活動開始って訳か」

「そこでルーキーのスカウトも兼ねるわけでしょ?」

「そんな感じ」

「ヘットハンティングか、ガツンとイメージ植え付けるためにもがんばらなー」

まだ誰も姿を見たことがないそのバルケッタは"小舟"とは程遠く
最早、モーターボートの様な風体をし
クラブレーサーと一目でわかるその姿、川を流れるようなダウンヒルでは
どんな動きをするのか、見た目からでも分かりそうな車だ。







「さて、ヤビツ峠のルーキーを助手席に乗せての走行なんて不本意なんだけど」

エリーゼの助手席に座り、ワクワクしながら待つ玄白

「へ?」

「だーかーらーっ!、なんでぶっ倒す予定の相手乗せて走らないといけないのよ」

「いいじゃんいいじゃん、それより早くエンジンかけようぜ」

「・・・・ったく・・・・」

渋々エンジンを始動させ、月も妖艶に輝く夜のヤビツへ飛び込んでいくキキョウに
玄白が便乗したエリーゼ
かく言う本人も、昼間、散々マスターのベレGを乗り回していたわけなのだが
本人はどうやらターゲットを乗せて走るのに抵抗を感じているようだが
玄白の愚直なまでのエリーゼへの興味に、断り切れなかったのだろう。

玄白はそのぬかりないメーターまわりや、スパルタンなシート、チタン削りだしの
キキョウの手に合わせて造形されたシフトレバー
そのすべてが桁違い、エリーゼと同格の価格帯に属しているTTに乗っているものの
ツルシとオーダーメイド、そのギャップはえげつないほどに間が広く
各所に生きるレーシーDNAとキキョウセレクションの融合、金の掛け方がハナから違うのだ。

キョロキョロ車内を見回す玄白、キキョウは横であからさまに不機嫌そうだ。
自分のテリトリーをジロジロ見られたとか、挙動不審が気持ち悪いとかではなく
まったくもってターゲットらしくない玄白の素直さにムカついて来るのだ。

(ったく、なんでこんなに興味深々で目が輝いてんのよ・・・)

ボディと同じ色に塗られた艶やかな紫を発色するクロームモリブデン銅のロールケージ
そこに反射する満月、背後からはコンプリートワークスチューンのSR20DE
が、それに待ったをかける光と音、ホンダミュージックを奏で、自然吸気の淀みない
世界最高峰の2L自然吸気直列4気筒エンジンが背後にピタリとつける。

「誰?」

キキョウがミラー越しに鋭い目線を注ぐ
後ろを振り返り、小さいリアウィンドウから光の主を確認する玄白

「S2000?」

「知り合い?」

「知り合いにエスニはいないよ。」

「じゃぁ・・・」

「表ヤビツの人間か、まったく別ヤマの人かな・・」

「見てなさい、アンタに負けじとヤビツを走り込んだんだから」

「え?」

「いいーから、黙ってつかまってて、行くわよっ!」

「うおっ!」

急加速で裏ヤビツを上り始めるエリーゼに呼応し、背後のS2000も
その速度を引き上げ、キキョウの合図に答える。







「ちわー」

「ちーす」

喫茶駐車場の前に、お馴染みのM3CSLとR32
明りを見て、喫茶の扉を開けたのシュヴァルの二人。

「あぁ、いらっしゃい」

「珍しいね、こんな時間にやってるなんて」

「今日は午前中から午後数時間閉めていたのでね」

「TTの全バラ、アタリのチェック?」

ニスモの社員らしく、マスターの顔に付いたオイルを見つけ
鋭く指摘をする。

「まったくもってその通りです。若い子のフットワークは凄まじいですね」

「えぇ!?あいつ500km近くのナラシ済ませてきたの!?」

高寺がテーブル席に座る中腰の態勢で驚く
腰付く暇もナシにガレージを覗きこみ、リフトアップされたTTに見入る二人
ウェスの布かれた台に並ぶバルブ類、スプリング類
オレンジ色のTTは静かにリフトの上で仮眠をとっている。

「かぁーハンパねーな玄白」

「最近、遠出しても疲れたーしか言えなくなっちゃったよ」

口々に感想をもらしながら、やっとテーブルに座ると
タイミング良くマスターがそれぞれ紅茶とコーヒーを出してくれる。

「今日、桜宮さんはご一緒では?」

「デートだってさー、まったく、この走行会が迫ってるっていうのに」

「では、今日はお二人で?」

「まーねー、高寺さんも暇だって言うから、走りに」

「熱っ!」

紅茶を一気に含み過ぎたのか、胃が熱いとジェスチャーする高寺
苦笑いするマスターと桃野

「ところで、最近、噂に聞いていたPTCの一人が訪れましてね」

「嘘!?」

「誰?」

「成長株の一人、キキョウというエリーゼの女の子です。」

「あー、あのBTCCエンジンの」

「BTCC?なにそれ初耳」

「とてもチューンドとは思えない整然性を持った車でした。」

「整然性?」

「整ってるってこと、散らかってないんだよ」

「チューニングをしていくと、どこか決壊するような印象を持つものですが
とても綺麗で、正しくコンプリートという言葉そのものでした。」

「確かに、そういう佇まいが崩れちゃってるチューンド、あるね」

「あーもー、また哲学的なノリ?」

「よく、お前のR32って渋いですねーとか言われるだろ?」

「んあ?言われるよーな・・・言われない様な」

「それは見た目だけじゃない、中から出てくる雰囲気だ」

「雰囲気て・・」

「見た目だけ、外見だけ、マフラーも含めてGr.AルックのR32を作る
たとえHCR32ベースでもいい、ソックリにだ。」

「ソックリにねぇ・・・かっこいいんじゃない?」

「確かにカッコイイだろうけど、そこから先の感想は生まれない」

「難しいって、もっと簡単にー」

「そうだなー、あれだ一般人がプロ野球選手の装備で固めても、なにか足らないだろ?」

「んー?まぁ足らないっちゃ足らないような」

「それは鍛え上げられた肉体とか表情とか着こなしじゃない」

「高寺さーん、難しいですよー」

コーヒーカップに顔を近づけ、はぐらかしたい雰囲気を出しつつも話は聞く桃野

「つまり、そこにヒストリーは宿らない、そういう事です。」

「ヒストリー?」

「ちょ、マスターおいしいとこだけ持ってくなんて!」







猫の目の様にクルクル回るエリーゼ、連続するコーナーでの振り返しはすばらしい
背後のS2000も当然の様について来るが、「曲がり」のベクトルは少々異なる。
コマと揶揄できるエリーゼに対し、S2000はコンパス
軸を持ってしてコーナーを曲がっている。ある域まで固さを持っている
ホンダのつきつめたFRはバランスがいい、NAのしとやかなトルクが邪魔をしない

「速いわね・・・」

エリーゼが劣る訳ではないが、エリーゼは固さではない、弾力のある曲がり
限界点を超えれば、その先はMRの特性がモロに作用する。
エンジンに関してはエリーゼの方が勝り、パンチもあるだろう

「・・・・」

助手席の玄白は何も言わない、前を見据えるキキョウの代わり背後にも気を配る

夜中のヤビツに高回転域まで使うエンジン特有の線の細いエグゾーストが響く
二台の差は拮抗、そう急激な変化はない

「裏は狭いね、車線守って攻める課題が役に立つ、うん」








「あのーさっきからヒストリーとか野球選手とか・・・」

「コンプリートカーって地味って言う人もいるけど、シャンとしてるだろ?」

「シャンとねぇ・・・・うーん・・・」

「チューンドもシャンとしていると雰囲気が良いんだよ」

「まぁ・・・確かに・・・」

「そのエリーゼも多分、外装はほぼノーマルに近いハズ、っていうかそうだった?」

「派手なワイドボディキットや特異なエアロではありませんでしたね、GTウィングくらいでしょうか」

「現に俺だってM3はエアロは純正、お前のR32だってニスモ純正エアロじゃん」

「見た目が崩れてなきゃいいってこと?」

「そうじゃないけど、内側から外へ発散されたエネルギーは車のあちこちに痕跡を残す。」

「だから難しいって!」

「まーまー、たまにはウンチクもいいじゃん、タイヤの縁が溶けてたり、バンパーの細かいキズ」

話を続ける高寺、その言葉に桃野が即時返答を返す。

「走りの痕跡っしょー?そんくらい分かるよー」

「それがヒストリーって訳だ、その車の歩んだ道だ。」

「あぁ・・・」

妙に納得してしまう桃野

「如何に小奇麗にレプリカしても、カッコイイ、そこから先は感想として発生しない」

「発したエネルギーに包まれた分だけ車のヒストリーは厚みを帯びる。
ヒストリーと言ってもここで言うヒストリーは歴史という直訳じゃないけどな」





「あのS2000、随分バランスよさそうだね」

「そう?ただの腕が立つってだけの話でしょ?」

「なんか、自信がある動きするよ・・・アイツ」

「なに言ってんの?」

「余裕・・・っていうかなんか楽について来るよ」

「なんですって?聞き捨てならない感想ね、飛ばしてやるわよ」

「お、おい!」

グンッとペースを引き上げ、正直九割近いペースにまで持っていく
直線ではS2000のF20CでもコンプリートされたSR20には及ばないが
トルクの付きはスポイルされてはいないようで、複合するコーナーでは
エリーゼ相手に容易なまでに肉薄してくる。

「ムカつくッ!」

「落ちつけよ!」

「うるさいっ!」

玄白が冷静になるように諭すが、フラストレーションがつのり始めた
キキョウは聞く耳を持たず、ドライビングにも棘が見え隠れする。









「そのエリーゼ、とても速そうだよね?」

小難しい話を転換させようと桃野がエリーゼについての話に引き戻そうとする。

「えぇ、ヤンレーシングですからね、BTCCで最強の一角を誇った訳ですし」

「何馬力ぐらい出してんだろうねー」

「それほどスーパーなエリーゼでも、誰かにビタッと追いつかれたら不協和フラグ立ちまくりだな」

「不協和?」

「いいー質問だ桃野クン!」

桃野はしまったー、というようなバツの悪そうな顔をする。
話題を転換させたいつもりが、余計に小難しい話を引出してしまった。

「桃野、Rに乗っててヒルクライムで追いつて来る車がST205とかRX-8だったら感覚的に気持ち悪いだろ?」

「・・・まぁ、気に食わないよね、こっちはRBなのに」

「それには桃野の認知的要素Tに『RB26DETTの絶対的なパワーはRX-8もセリカも及ばない』っていうのがあるよな?」

「ある。」

「だがそれと反発する認知的要素Uとして『現に追いついてきているRX-8もしくはセリカが現実に存在する』という
結果を突き付けられると・・・気分はどうだ?」

「理解しがたい」

「それが認知的不協和って訳だ。人間は悲しいかなその状況を低減しようと試みるだけに飽き足らず
認知的不協和を増大させると思われる状況や事態を、前もって回避したがる。」

「スクランブルブーストをONにしたりとか?」

「そうだ、だがそれが返って、リズムを乱し悪循環の一端になりかねない」

「つまり?」

「最高の車体にエンジンを揃えたその子が、誰か速いヤツに遭遇した時に、パニックに陥りやすいってこと」

「はぁー、なんとなく解るわー」

「経験が伴わず、スペックだけを高めたモノに乗っても危ういのはそのためだ。」

「あの有名なマンガの黄色いFDがハチロクに追いつかれた時みたいな?」

「そんな感じだな、で、低減しようと人間は様々な事を考える。」








「あれホントにただのF20C!?」

未だに差が開かないことにイライラが溜まってきているキキョウ
玄白はキキョウがリズムを崩しているのがよくわかるが
本人はその自覚がない、むしろ何かを勘繰っている。

「ウェイストゲートの開く音しない!?」

「いや・・・しないけど・・」

「嘘!さっきからヒュルル、ヒュルル聞こえるわよ!」

「・・・・?ターボ付きかって?」

「じゃなかったらあんなに上りで速い!?」











「人間はまず変えやすい方の要素を変えて、不協和の低減を図ろうとする。」

「どんな風に?」

「さっきの桃野に当てはめると、たとえば・・・パワーの面で言うなら、解るよな?」

「RX-8に13B-REWスワップとか、ST205に2JZとか?」

「そうだ、サイズは無視でそういう考えが真っ先に浮かんだり、ターボをボルトオンしてるんじゃないのかとかな。」

「でもそれがどの要素を低減するのさ?」

「要素Tの『RBの絶対的パワー』の部分の干渉を抑える事が出来るだろ?」

「おぁー、そっちか」









「もうっ!タービンじゃなかったら何?向こうもレース用エンジン!?」

「落ち着けって!」

「落ちつてられるわけないじゃん!あれ絶対べ・・」





『落ち着け!』




半分混乱へ進みかけていたキキョウに一喝する玄白

エリーゼをコントロールする傍ら、無駄に体力も削っていたようで
キキョウの息切れと心臓の鼓動が、キキョウ自身に大きく聞こえる。

「大丈夫!このエリーゼなら負けない!落ち着け!」

スゥーッと深呼吸をするキキョウ、目は閉じれないが
一応の落ち着きと頭の中が整う。

リズムを乱す様に、荒くれるようにうねって見えた道が
一呼吸置けば、いつものヤビツ峠に戻っていく
秦野との境を経て、広くなる路面、エリーゼに勢いが戻ってくる。








「でもコンプリートチューンのNAエンジンかー乗ってみたいなぁ」

「乗ってんじゃん、もう」

「確かになーS54も史上最高の直列6気筒エンジンだけどさ」

「待った、数多くの語弊を感じたけど反論していい?」

「やっぱほらNAってのがミソでさ」

「ターボ付きがなんだか邪道的な空気出してない?」

「ホラ、俺ってターボ乗るのヘタクソだから」




喫茶で紅茶が飲み干されたころ、ヤビツ峠の頂上に、紫のエリーゼと白いS2000が滑りこむ。
駐車場のハジに陣取って、一台分間隔をあけて駐車。互いに警戒心は少しある。

「あ、ゴメン、電話かかってきた先に降りてて」

「う、うん・・・」

少し会話をしたかったが、電話というファクターにその口火を消される。



エリーゼを降りると、S2000からもドライバーが下車し
助手席からダウンジャケットを取りだし羽織る後ろ姿
キキョウも少し肌寒さを感じる。


「寒いね今日は」

「そうね」

「噂のパープルタイプクラブだよね?」

「えぇ、そうよ」

「俺はジパングGTの正宗、よろしく」

「PTCのキキョウよ」

三人目のルーキー、白いS2000の男は「正宗」とそう名乗り、所属はジパングGTと明かした。




「随分キマッたエリーゼ乗ってるね、それ首都高用なんだろ?」

「そんなところ、それよりそっちも随分じゃない」

「いやぁ、俺のはカルークあり合わせを盛り付けただけなんだ」

「えぇ!」

「そ、そんなに驚いてくれるのかい?参っちゃうなー」

一気に散々勘繰っていた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
確かに改めてみれば、佇まいは普通のS2000
リアに車検対応のGTウィングが付いてるくらい
エアロもノーマルのままで、フロントグリル内に後付けのフォグランプが
備わっている程度で落ち着けいて見れば、街乗り仕様にさえ見える。

「え、エンジンは?」

「エンジン?普通のF20Cだよ」

「普通・・・」

「吸排気系に4連スロットルで武装したくらい、ホンダはヤルとこなくてさ」

「そう・・・」

「あれ?なんかオレ変な事言った?」

妙な空気が流れる、変に肩を落とすキキョウに冷や汗で何か失言をしたかと
心配する正宗、無理もない初対面で女の子がガックシと肩を落としている
何か気に障ったのではないかと心配するのが普通だ。

「あ、それでさ、君も今日は裏のルーキーに会いに来たの?」

「裏のルーキー?あっ、えぇ、そんなとこ」

裏のルーキーは絶賛電話中、しかも自分の車の中で。

「オレンジのTTがめっぽう速いって噂だよね裏は、あれ自慢じゃないけど俺のマヴダチなんだ」

「!!!」

腰に片手を回して、作り笑いで相槌を打つ、それくらいしかできない。

「あんな街乗り高級車がワイディングロードで無敵なんて、中々やってくれるぜ」

「あ!ゴメン、ちょっと用事を思い出しちゃった。」

「え?うん、楽しかったよ、また走ろうぜ」

「う、うんッ」

忙しなくエリーゼに戻り、乗り込むとすぐにエンジンを始動すし
傍で聞いている正宗にもレーシングユースのSR20の快音がよく聞こえる。

「おー、良い音じゃん」






車内では長電話を終えた玄白が疑問がる。

「お、おい!俺も話したかった!止m」

「ダメ!あんたを先に倒すのはこのアタシなの!」

「S2000のドライバー誰だったんだよー!」

ウィンドウ越しに駐車場を覗いても、S2000しか見えない



「お、100円めっけ!」



裏のルーキー玄白と表のルーキー正宗、その初対面はもう少し先となる。









第九章

「エンジンは大方OK、アシは頼みましたよ。」

「任せな、相棒」

ガレージの前に玄白の姿はない、あるのはラインハルトとマスター
それと、あの日の白いスイフトスポーツとその持ち主

「ご希望通りのタワーバーとブレース、サイズは大丈夫だった?」

「ええ、バッチリです。ラインハルトも唸ってましたよ」

「でも重量は増加しちゃったでしょ?あれじゃぁ」

「頭は軽くしていきますから、エンジンフードもじきにカーボンにしますし」

足元にはビルシュタインのサスキットが備わり、ブレーキもパッドに
APレーシングの文字、目を凝らせばよく見えるが
凝らさなければ見えない、もうすでに数回テストを重ねていることがうかがえる。

「でもどうしてTTなの?確かに半原越で見ててあのコはヤルわ、と思ったけれど」

「FDやSWの方がよかったと?」

「そうね、FDならまだまだ一線級、SWも問題ナシ、でもなぜTT?」

「TTをGT-R化という言葉に語弊はありますが、私たちのやっている事はそれでしょう」

「GT-R?固いボディに頭のイイ4WDシステム?」

「なぞる部分もありますが、FFと4WDの良いとこどりしたいですよね」

「アビー、君も来るかい?」

TTのウィンドウが下がり、そのスイフトの女性をアビーと呼ぶ
彼女の名は安彦、ヤスヒコではなく苗字でアビコ
若くして父のもとで鉄鋼業を学んだ世にも珍しい女性
鉄の魔女とも呼ばれ、タワーバー、ブレース、ケージ程度は
彼女が作ってしまうこともある。

「スイフトで後追いにしまーす。」

そして特筆すべきは彼女のスイスポ、鉄の魔女らしく
エンジンの精度に寸分までこだわり、研磨も常人では理解し得ないレベルで
マスター指南の元、組み上げられたユニットは4気筒でありながら
非常に滑らかなフィールを生み出し、シルキースイスポと揶揄される。
チューニングと言うよりリファイン、パワーはノーマル比の少々アップだが
レスポンスはホンダのtype-Rを凌駕する。
プライベーターだからこそ可能なスイスポに彼女は乗っているのだ。

喫茶から飛び出していく二台の小粋な車、傍から見ればノーマルのスープトアップ仕様
だが、そこに宿るヒストリーは史上稀に見るプライベーターの粋が詰まっている。
内に秘めたる力が溢れ出すのももう少し。もう少しでチャージが完了する。





路面温度の冷え切ったヤビツ峠を果敢に攻めるラインハルト、助手席では
ペンとメモ帳が路面からのリアクションでガタガタ飛び跳ねている。
ラインハルトが注文を付けた補強パーツは、TTと最高のマッチングを示し
前に硬めのタワーバー、リアに硬度を少し落としたタワーバー
シャシー底面の各所ブレースはバランスを考慮したものを装着し
ホイール類は変更は見られない。

「ハルトさん速いって!」

後ろに付けるスイスポもスバラシイ快音を響かせ後を追うがTTがどんどん離れていく
半原越の時より明らかに締めあげられた足回りはTTを機敏に動かす。
正味1.5tあたり丁度のTT、確かに重さだけで行けば明らかにGT-Rと同格
だが、ノーマルの1.5tとチューンドの1.5tは少々話が違う
1.8クアトロでは得られない低速のトルクの太さが重さを懸命にカバーし
負圧も正圧も関係のないNAのトルクの出方がある意味、今のTTに良く合っている。

50:50で駆動力を配分する状態で、足回りの硬め方を定番のFR向きにするのではなく
正しくFFの延長線上にある様な頭ごとインへ放り込む様なタックインのそれに
酷似した動きをする。

「Aプラットフォーム故の選択ね・・・」

スイフトの中でその動きを見つめる安彦、マスターの言っていたことが脳裏によぎる





FFベースの4WD、FR志向のセッティングで曲げに振るのではなく
その重さも働くモノと考えて、後輪はあくまでアシスト
パワー増大に対するアシストとし、基本にそのままの4WDで送り出す。
玄白にはそれが操れる。
進入でも脱出でもない、動き自体に主眼を置く、そうすれば自ずと付いてくる。





「確かにあのコなら操れるかもね・・・・・」

曲がらない4WDを曲げる。無理やりではなくいなす、いなしてこそ真価を見出す。
GT-Rとは違う、これはクワトロ、アテーサでもなければ他の何物でもない
クアトロの武器はそのトラクション、パッシブ式を生かすのはドライバー
シビアだが裏を返せば速さ、エリーゼやS2000とはアプローチが180°異なる。
基本に忠実に走れば、そのパフォーマンスに



陰りや不安などつまらないモノは、生まれ得ない。



ラインハルトは何度かヤビツ峠を繰り返し走り抜け、一応のチェックポイントでキリをつける。
ドイツ人の感性で正直にセッティングを施されたTTはよりマッシヴに見えてくる。
日本人とはまた違うアプローチ、取りかかり方から他とは異なるTTが
フェーズワンを完成させてきた。後は玄白の搭乗を残すのみ。



「やっぱりビルシュタインは使い勝手がいい」

開口一番にTTから降りてきたラインハルトは言う

「構造が一緒な分、ラリー寄りのセッティングに近づける。」

「足回りは大方決定?配分トルクも固定制御したんでしょう?」

「あぁ、常時90:10じゃ気の毒だから50:50だ、それと・・・」

ラインハルトがオーディオ機器が挟まっていたスペースが違う何かに変わっている事を指さす

「これは一体なにしたんだ?相棒」

「NOSというものを試験的に組んでみたんですよ」

「オイオイ、NOSってあのマフラーから青白い炎が噴き出す?」

「そこまでオーバーではないですが、ほぼタダ同然で入手できたのでベターなウェットショットで組んでみたんです。」

「制御は?」

「スイッチをONにすれば3000rpm以上で50psの追加、それを15秒間です。」

「360psじゃ足らない場合のアシストってか?」

「そんなところです。任意でOFFにもできますし」

「NOS付けたのおっちゃん!?」

「米軍の知り合い筋から貰いましてね。」

トランクには中央配置で20Lボトルが一本装備されていて
ボトルヒーターも追加された本格仕様、電動オープナーも装備され
タンク内圧を確保と同時に制御しやすい仕様にまとめられている。

「へぇー綺麗なボトルね、これが50psもアップさせるしクーリングも兼ねちゃうんだ」

「時間、という概念さえなければ、ターボとインタークーラーを一手に担うパーツですね」

「ちょ・・・私のスイフトにも欲しい・・・」

「元々源流は戦闘機からです、ターボと発想は同じで高高度で如何にパワーを絞り出すか
そういった発想は我々にも続く機械への果てしない追及でしょう。」









Leave others in the dust Don't let them get in my way
(自分以外を蹴散らし、俺の邪魔はさせない)








「先輩、久々ですね。覚えていますか?苑森ですよ」

「なっ・・・・・!」

BMWM3CSLとBCNR33GT-Rの主がやっと顔を合わせる。








Battle the racers, Show your skill
(競え走り屋、技術を見せろ)








「桃野、今回の走行会はいただくぜ」

「こっちだって取りに行くつもりだ、和平」

GT-Rオーナー同士のやりとり







Massive body, You tuned buddy
(隆々たるボディ、お前の自慢の相棒と)







「さ、ついにルーキー獲得といこう」

「あいよ、任せな」

動き出す新勢力、小舟を率いた見知らぬ人物








Fumes of burning hot oil of the car
(むせるようなオイルの匂いを)







「行きましょう赤藤さん」

「よし、シマってこう」

和田峠よりの来客、構えるはクラブレーサー達







Storming around about here
(辺りにちらつかせ)






「玄ちゃん、勝負と行こうぜ」

「S2000でTTに勝つ自信は?」

「他の誰にもないくらいありますよ、篠岸さん」

昔のサッカークラブ所属時代の幼い自分たちが写った写真を眺めつつ







Flat out the throttle 
(アクセル全開に踏み)







「マスター、これでフェーズワンは・・・」

「完成、そう言い切れます。あとは君次第」

手渡されるTTのキー






I got I know
(分かっている)







「ハルトさん、あのコやると思う?」

「やるだろうな、NOS武装のTT、正直そこいらのチューンドより抜け出ちまった。」

見物に臨む支援者たち








For split victory, I'll give everything
(勝利のためなら、オレはすべてを捧げれる。)








「ルーキー、今どうしてますかね?」

「今週末に走行会らしい、応援行くか!トム!ボブ!」

『Sir!yes,Sir!』








Victory is mine
("勝利"はオレのものだ)









宮ヶ瀬湖畔周辺に生粋のチューンド達が集結する。
湖面をゆらす風は穏やかに、熱いテンションだけが増して行く
刮目されるはルーキーたちの成長と走り。
初めて顔を合わせることになるヤビツの裏表のルーキー

宮ヶ瀬にその日だけの特別な夜が舞い降りる。



深夜2時を経過したころ
世界に名だたる自動車が続々と集結する。
その顔触れは非常にバラエティに富んでおり、並んでいるのを
見ているだけでもきっと楽しかろう。

「良く集まってくれた、不定期ではあるが走行会を始めたいと思う」

宮ヶ瀬湖周辺施設の広い空き地に20台近くもの車が集結
エンジンが眠るこの瞬間だけ、桜宮の声は良く通る。

各々に興奮は隠せないようで、ジェイソン達は見物だけだが
シュヴァルベンシュヴァンツ以外のチーム車両にも熱い視線を注ぐ

「今日は一夜限りのバトンタッチ形式のレースだ。」

参加者全てが桜宮の説明に耳を傾け、ルールを吸収する。

「宮ヶ瀬湖畔脇の道路を折り返す3本往路戦、ル・マン方式のスタートを取る」

参加台数の多い今回は伝統あるル・マン方式でスタートし
宮ヶ瀬湖畔を折り返す往路戦、先端にはコーンが置いてあり
そこを折り返すことで往復とする、安全性考慮のためにスタートは並列で並べられる。
往復先にはラインハルトと安彦が緊急時連絡を請け負うために常に滞在
なお、あまりにも先頭集団から引き離された場合はそこで走行終了となる。

「それじゃぁそれぞれ走者順番に並んでくれ」

ぞろぞろと桜宮の前に並ぶ走者達、それぞれ先頭から先鋒、次鋒、大将と並ぶ

「オレを含めて第一走者はこの四人か、それぞれ簡単に紹介しとこう」

「俺は180セカンズ赤藤、白のインプレッサ、よろしく」

右から順に簡単な自己紹介が始まっていく

「私はPTCの松籠です。」

「俺はジパングGTのリーダー、和平」

「シュヴァルの桜宮っというかもう知ってるか」

同様の事が後列でも次鋒、大将おきに行われていく

「先輩も次鋒なんですね」

「うん、まぁな、エースは桃野だし」

「今日こそ決着だ高寺、いままで散々邪魔が入ったけどな」

「ゴルフニニトロツンデクレバヨカッタ・・・・」

PTCの苑森にそれぞれ高寺、篠岸、春築と外車勢vsGT-Rといった具合

「待ってたよ、玄ちゃん!」

「まさか正宗が表ルーキーだったなんて、会いに来てくれれば良かったのに」

「いやさ、後ろにいるエリーゼの女の子には会ったんだよ」

ギクッ!というリアクションで振り返るキキョウ、今更あの時に
実は玄白が乗っていたなんて言えない、しかも今日は玄白にリベンジを
かますチャンスなのだが、S2000の正宗まで絡んでくるとなると
プレッシャーは嫌でも増してしまう。

「ま、私にかなうヤツなんていないのよ!」

「どっち向いて喋ってんの?」

玄白から冷静なツッコミが飛んでくる。

「う、うるさいわねっ!」

「若い子は元気だねー」

「えぇ、まったく」

呑気に身構える桃野と廣和、だが既に互いの車を見るなり
腹の中ではどういった作戦で勝ちを取りに行くか考えている。
今回、玄白は最終の対象枠に特別参加であるが、そのスタートは
対象枠のトップと同時にスタートするというルールである。

「よし、用意はいいかな、そしたら15分後に走行会開始だ。」






「マスター、オレ頑張ってきます。」

「TTと行けるとこまで、納得できるところまで挑んで下さい」

「何かあったら俺たちが直してやるからさ」

「途中で事故したら私が代わりにスイスポで走ってあげる。」

「事故前提すか!でも絶対TTを潰したりしませんよ、ここに必ずTTとバッチリトップで帰ってきますから」

フェーズワンが完成したTTの初陣、戦闘力は未知数、今日の走行会で
完全なアンヴェイルとなる。


「ふぅ・・・・よしっ!」

「大丈夫?緊張してるの?」

「まっ、まぁ少しだけ・・・」

「大丈夫、このエリーゼなら勝てる」

「は、はい!」

青紫色の車を駆る唯一の女性チームPTC、キキョウも改めてドライでの対決となる。
そのスペックからもキキョウのエリーゼはダークホース的存在
そして180セカンズの廣和のZZ-Sに真っ向から戦える唯一の同クラス車である。


「よし、おいっちに、おいっちに」

「本番までもう少しあるぞ?」

「あれ?篠岸さんは?」

「もう二走目に向けて車温めてるよ」

「あ、ほんとだ」

「表ルーキーとして、ガツンと決めてこいよ」

「勝ちはジパングGTが持ち帰る!ですね」

「そうだ。」

白いS2000の前で準備体操する正宗、裏と対を成す表のルーキー
舞台はヤビツ峠からほんの少し離れた宮ヶ瀬であるにしろ
裏表のルーキーの直接対決、そして二人は幼馴染、互いにライバルとしての
負けられない意地がぶつかり合うことは必須、S2000有利の下馬評を
どう玄白が覆すか注目される。


「ルーキー、いつものクールな走り、期待してるよ」

「ジェイソン!走りはもちろん任せてよ」

「見ての通り、3人で来るはずが10人の大所帯、全部君のファンだよ」

苦笑いしながら指さす先には10人程の筋骨隆々のむさ苦しい応援団

「いつの間に」

「この前のオープンベースですっかりファンが増えちゃったみたいだな」

「参ったなぁ」

「ルーキー、吉報を待ってるよ」

「任せてよッ!」

かたく握手するジェイソンと玄白、すっかりこの二人は意気投合している。


「おーい、いつかのエリーゼの!」

「え?」

「俺だよオレ、S2000の!」

『おっ』という顔で正宗と再会するキキョウ。

「まさかここで会うとはねー、玄ちゃんはあそこで外人さんとお話し中か」

「そうみたいね」

「今日も良い走り、期待してるぜ」

「こっちこそ負けないわ」

プライベーターが如何に侮れないか、ドライ路面でそれを垣間見たキキョウにとって
正宗のS2000は十分に留意すべき相手だが、あくまで落とす相手は玄白
正宗のS2000には冷静さを持って臨めば敵ではないと、皮肉にも玄白に教えられたばかりだ。





第一走者がスタートラインに車を並列に並べ、エンジンを暖気させたまま
ドアを閉めると、一定の距離まで下がる。

「スターターを務めるジェイソンだ、以後よろしく」

第一走者の前に立ち、日の丸を持っているのはジェイソン
桜宮にスターターを頼まれ、日の丸片手に走者達の前に立つ

「エンジンはスタートさせてあるね?」

一様に頷く四人、ジェイソンが腕時計の針を見あって、午前3時を迎えたと同時に
日の丸を振り下ろすまであと10秒

心臓の鼓動がやけに大きく聞こえ、固唾をのむ周囲
チーム戦としては第一走目が大事なのは暗黙の了解、ルーキー戦とは別に
チームの戦いとしてはそれも重要になってくる。

3・・・2・・・1・・・





手元で秒針を10秒数え終わると同時に、ジェイソンが勢いよく日の丸を振り下ろした。




ダッシュで駆け寄る四人、長身の赤藤が長い脚を生かして真っ先にインプレッサに乗り込むと
クラブレーサー特性のインプレッサは常軌を逸したパワーウェイトレシオで飛び出し
桜宮のランエボ、和平のR32、松籠のF355と続く、4WD勢にどうフェラーリが割って入るか
第一走組の注目は首都高上がりの松籠の実力に注目が集まる。

宮ヶ瀬湖畔園地の正面入口よりスタートし、虹の大橋を経由
道の駅「ふれあいの館」を経由し湖畔脇のワインディングロードを抜け、Uターンとなる。

第一走者がスタートして間もなくのこと、一台の紺色のインプレッサが
ヤビツ峠方面から現れ、スタート場所である正面入り口の前を通過していく

「なんだ!?」

一瞬にして警戒する参加者達、紺のGC8はあっという間に
第一走集団の背後に詰め寄り争いに参加していく

「高寺!あんな参加者居たか!?」

「GC8なんて居ないぞ!」

篠岸が高寺に確認を飛ばす、参加名簿をペラペラめくった高寺がすぐに
そんなはずはないと返答する。

だが、現にGC8の古き良きボクサーサウンドが不気味に参加者達を追走していく姿に
誰一人文句は言わなかった。瞬時に感じとったのだろう

同じ空気を持つ者だと。

「途中参加か、後で事後申請してもらわなきゃな」

「先輩、知り合いですか?」

「紺色のGC8、ちょっとな遊び先の知り合い、かも」

「かも、ですか」

二走目の高寺らのM3CSL、8C、R33、ゴルフが並ぶ前を颯爽と通り抜けていったGC8

「玄白!」

高寺が玄白を呼ぶ、駆け寄ってくる玄白に高寺がこう伝える。

「多分、黄色いフィアット バルケッタが来る、お前はそのバルケッタの次に走れ」

「え?」

確認するや否や、ヤビツ峠方面より、黄色い一台のバルケッタが現れる
音は明らかなチューンド、雰囲気は正にそう・・・F2キットカー。
黒い艶消しハードトップがさも純正のソフトトップ感を出す粋な演出だ。

「やっぱりかッ!」

「遅れてすまなんだ、間に合った?」

「間に合ったもなにもギリギリ」

「二走目はまだなんだっけ?」

「もう次だよ、で第三走目がコイツ」

「第三走目まかせたよ、玄白君」

「え?あ、どうも・・・あの、高寺さん?えっと・・」

「このフィアットは神藤、あのGC8は郷矢、本拠地は箱根の「九頭龍」だ。」

「この前、雨の日にGC8を見なかったかい?」

「あ、あぁ・・・?」

「まぁ覚えてなくても大丈夫、僕たちは高寺の知り合い、悪いモノじゃないよ」

「と言うワケで、今日はお前の九頭龍への勧誘がこの二人の目的」

「はいぃぃ?」

「九頭龍が勝ちを得た時、是非君を九頭龍のエースとして迎え入れたい」

「ということだ!がんばれ!玄白!」

「またこんないきなり話ばっかり・・・・」

「詳しい話が聞きたかった勝て!」

「そ、そんなぁ高寺さーん!」







虹の大橋、逆ローゼタイプのアーチ橋で地元住民の間では
「自殺の名所・・・」ともささやかれるが、今宵は幽霊などすら立ち入るすきは無い
エグゾーストを高々に響かせた5台が駆け抜けていく、既にトップ争いに絡んでいる
郷矢のGC8、その戦闘力は依然不明だが、その片鱗はこのトップ争いにも表れている。

大橋を抜けた緩い右コーナーで、アクセルオフによる荷重移動を図る4WD勢を尻目に
松籠のF355はハーフリリースでスピードを生かしたままクリアしていく
ピレリのPZEROを履いた松籠のF355はコーナーに対して非常に
ニュートラルな姿勢で進入、アンダーステアとの格闘を義務づけられた4WD相手に
涼しい顔でコーナーをクリアしていく、姿勢変化が少ない事に加えてMRの基本特性が
確実に松籠を後押しする。

上る様なこの大橋直後の右コーナーを抜けると、道の駅経由の湖畔脇道路まで
一直線のストレート、しかも下りが走者達を一気にスピードに乗せてくる。
順当に馬力とコーナー抜けだしの速度が合計され、一気に松籠がトップへ踊り出ると
赤藤と郷矢のインプレッサがそれぞれ続いて、桜宮と和平が様子見に背後にピタリとつける。

一気に200km/h付近まで乗る速度、それを道の駅駐車場で見る嶋倉と金鏡

「おーおー、始まった始まった」

「かー、関東でこんなホットなイベント見れるなんて、ワシも参加したいわー」

「同じく、参加しときゃよかったねー」

「チーム組んじゃう?」

「まさかァ」

「冗談、冗談、そこはーなんでやねん!てくれないかんですがな」

「なんと!今のはボケだったの!?」

一匹狼と揶揄されるインディペンデントラーナーの二人
この二人も参加の誘いがかかったが辞退している。理由は一匹狼だかららしい

「ま、今日はオフィシャルとして楽しみますか!」

「そやな」

腕にはちゃっかりオフィシャルの腕章、二人は中間地点の連絡を受け持つ
オフィシャルでもあるのだ。

「こちら中間地点、参加車全車通過、折り返し地点どうぞ」

『折り返しラインハルト、通過報告ガッ・・確認』



200km/hからの減速に加え、ダウンヒルとなる湖畔脇道路進入直後の第二セクター
ここから逐次ダウンヒルとヒルクライムが入れ替わるアップダウンステージと
乗る速度はやや低下しテクニカルな面が際立ち、4気筒勢有利か
ここはおりしも、玄白がRX-8を潰したステージでもある。
四つのトンネルを抜け、緩い右コーナーの後に公園へと曲がる
T字路でターン、復路となる。

スピードを殺し切って安全に進入するか、ラインの膨らむギリギリの値で
すれすれに進入するか、判断の分かれるところではあるが
インを奪った郷矢が、スピードを生かしたまま、ギリギリを攻め立て
松籠の背後を赤藤より奪取する。

長くゆるい我慢を強いられるこのコーナーを抜けると、最近、こういった走行の
対策として設置されたポールがラインの邪魔をするが
彼らは綺麗に縦に列を終息させると、イン側を綺麗にトレースしていく

直後のトンネルに突入すると5台分のエグゾーストが反響に反響を繰り返し
大きな轟音に化ける。当の本人達ですら鼓膜に尋常じゃない音がかかってるのを
把握できるレベル、トンネル内に居たら、確実に聴力に影響が出るだろう。

次のトンネルへつなぐS字を松籠先導でクリアすると、再びトンネルであるが
短いためすぐに抜けると、勝負を仕掛けられる左コーナーが待っている。

「地元はこう走るんだ!」

一般的なセオリーを順守する赤藤がアウトへ寄ると、桜宮がインから飛び込み
そのまま赤藤をパス、出口でラインを入れ替えて見せる。

ここまで順位は松籠、郷矢、桜宮、赤藤、和平、小さい崖々を渡す短い橋を
抜けるとついに第3セクターとなる。

下りからくる、またもや勢いの乗ったコーナー進入、一旦左へ緩く曲がると
そのまま大きな右コーナーが待つため、普通に進入すると
ラインがダルになってしまい、右コーナーでインを開けてしまうことになる。

左コーナーをインに飛び込んで右コーナーをインから入ってしまう松籠
速度を殺した脱出用のラインを組んだ桜宮と和平が、インを舐めるように
進入してしまったインプレッサ勢とF355がアウトへ膨らんだ隙を
クリップを綺麗にとらえ、順位をガバッと入れ替えて見せる。

「かーやっぱり地元ゆーりじゃーん、でも負けらんねー」

GC8の郷矢がボソリと呟く、ストリート志向のGC8は今しばらく、この湖畔道路の
傾向把握が必要なようだ。逆にサーキットとクラブレーサーの松籠と赤藤は
ミスを即座にカット、和平のR32の直後に続いて行く。
順応性の高いサーキット志向と、車の性能をフルに引き出すクラブレーサー志向

一方、地元でストリート志向の桜宮と和平は条件が合致するとやはり速い
再びの細やかなアップダウンの左右に振られるコーナー群で赤藤が
松籠を巧みなライン取りでパス

三つ目のトンネルを抜けた先が往路最後のオーバーテイクポイント
この左へ曲がる直角コーナーは速度の乗る僅かな右コーナーからのブレーキング勝負
というこの宮ヶ瀬湖畔脇道路の良く見られる傾向で、インを維持したまま
左直角をアウトから入れるかが問題、重量の面からインプレッサ勢が有利と見られる。

僅かな右コーナーをインへ寄るためのライン取りをする桜宮を見て
即座に対応を見せたのは赤藤、寸分違わず、桜宮と同じラインを取っていく
逆に和平はアンダーを出してしまい失速、即座に5位へと転落を強いられる。

そして松籠が郷矢と同列でイン側に進入、左直角をMRの回旋力でなんとか無難に
済ませるも、脱出でアウトから軽さを持ってスピードを維持した郷矢に
3位を奪われてしまう。

後は折り返し地点まで特に順位が変動しそうな場所は無い、現在の往路順位は
桜宮、赤藤、郷矢、松籠、和平、だが復路は後半が高速ステージに豹変するため
速度域が上がった時の松籠、和平のラストスパートが予想される。





スタート地点、既にスタート位置に並んだ5台の前で各々に調整をしたりする5人

「ん・・・?」

「どうかしました?」

苑森と会話する高寺が下腹部右をさする。微かな違和感があるようだ

(なんだろーなー、嫌な感じ・・)

「先輩?」

「ん、なんでもないよ」

そのまま、何気なく空気圧のチェックに屈んだ時に、みぞおち付近に明らかな鈍痛が走る。

「あがっ!」

即座に立ちあがると鈍痛は消える、なんだか不安の拭えない高寺は早々に
M3に乗り込むと、各種ペダル操作の疑似操作をし、嫌な痛みが発生しないか確かめる。

(先輩どうしたんだろ・・・?)





そんな下腹部の確信できない痛みを感じつつ、まるで虫歯の有無を確かめるような
事をしているうちに、第一走者が帰ってくる。
明らかに虹の大橋付近を通過してくる第一走者達、その注目の順位は
やはり後半の高速区間で松籠と和平が順位を上げており、馬力と地元という
条件が揃っている桜宮がトップ、次いで和平、松籠、郷矢、赤藤というオーダー
だが、虹の大橋を抜け、復路最後の下りながらの左コーナーは速度が一気に乗り
えてして首都高に引けを取らないスピードレンジで一気に和平が
ランエボのスリップストリームから脱出、トップを最後の最後で奪う。


「コントロールライン通過したらスタートしてくれ!」

第二走者として待機する五人は、自分のチームメイトのコントロールライン通過を
固唾をのんで見守る。
第二走者以降は、乗車したまま待機、コントロールライン通過確認後5秒をカウントし
そのままスタートする。これも米軍のギャラリー達が手伝いをかって出てくれたため
WRCの様に一人一台があてがわれ、手元のストップウォッチで5秒を計測
安全なスタートが行えるように配慮がなされている。


篠岸のタイムキーパーが和平の通過を確認、手元のストップウォッチで
5秒計測すると、スタートを許可する。

猛然と加速していく8Cコンペティッツィオーネ、460psは伊達じゃない
次に高寺、苑森、神藤、春築と出走していく、差はそれほどではないが
やはり、軽さはコーナーでは速さに直結するものの直線ではさほど効果を示さない
加速に難が出てしまうFFの神藤と春築は致し方ないものの、既に苑森と篠岸、高寺が
トップ集団を形成、だが、280psを誇るリバースヘッドなどをはじめとする
NAチューンの粋が詰まった、まるで玄白のTTばりのバルケッタは
100ps以上も上の春築のゴルフに追随する。
虹の大橋の入り口にFF勢が入るころにトップ集団は橋の出口に差し掛かっているが
ここから先が、神藤のバルケッタが地上のパワーボートと呼ばれる所以が
垣間見ることのできるテクニカルゾーンであることに注目があつまる。




最もパワーと高速域の走行に熟練している苑森が第一セクターオーバーテイクポイントの
虹の大橋出口右コーナー、8Cのインに鼻をねじ込ませると、そのまま
立ち上がりをターボに身を任せ一気にトップを奪取する。
NA勢の篠岸、高寺は立ち上がりでの加速こそ、出し切ればそれ以上は望めないが
安定した立ち上がりを低リスクで成し得られるため、やや無謀なつっこみも
グラントゥーリズモに分類されるM3や8Cは高速域において無類の安定性を発揮する。

「スリップストリームゥ―――!」

出口で一気に8Cの加速に引っ張られる形でM3も加速し、コーナー出口後の
下り坂で完全に8Cを射程にとらえ、スリップストリームでパスしていく。

NA勢ながら容易く200km/hオーバー、道の駅前を驚異のスピードで通過していく
FF勢も僅か数秒遅れで通過し、ついにバルケッタの本質が表れてくる。



「ん?一台増えた?」

「え?どこどこ?」

「あのバルケッタ、さっきのGC8といい、飛び入り参加?」

「なのかな?」

首をかしげる嶋倉、金鏡の二人、だがこういう事はよくあること
ここはスペシャルステージでもなければサーキットでもない
一般道、期が合えば、飛びこめるのである。

速度の乗った状態からの下りコーナー、フロントヘビー感の強い三台は
やや警戒しながら、ラインに余裕を含ませ進入していく。
が、FF勢、特に神藤は完ぺきに前三台にはあり得ないスピードで突っ込み
春築さえも突き放す速度でこの下りコーナーを処理して見せる。





「あのバルケッタ、いい音だろ?」

「あんなレーシーなフィアット見た事ありませんよ・・・」

本命、第三走のスタートラインで待つ玄白に郷矢が改めて自己紹介をし
玄白は神藤のバルケッタが残したエグゾーストに驚きの混じった感嘆をしていた。

「自慢じゃないけど、ダウンヒルじゃぁセブンやエスニさえツンツンできる車なんだなこれが」

「ツンツンて・・おらおら早く行け、と言わんばかりということですか」

「そそ」

苦笑いに笑顔で返す郷矢、箱根でその勢いという事は、宮ヶ瀬湖畔周辺も
道路幅こそは狭くなるものの、速度は一気に乗る。
レコードラインを全開で駆け抜ける神藤、春築をすでに引き離しはじめ
先のコーナーを行く三台を射程圏内へとたぐりよせていく、確実に・・・




「くっそォ・・・腹に違和感が・・・」



三つ目のトンネルを抜けた左コーナーのオーバーテイクポイントでも
トップ3に大きな順位変動は見られず。
篠岸が先頭、苑森、高寺、神藤、春築、四つ目の長いトンネルを抜け
復路へ変わるターニングポイント、篠岸、苑森がサイドターンをかっちり決め
加速でホイールスピンをしながら走る8CをR33が加速で抜かして行く
バルケッタもう真後ろに迫っており

高寺もサイドターンを決めるが・・・

「あがっ・・・!」

エンジンが高く吹け上がった直後、サイドターン駐車みたいにシンッと停車するM3
強烈な横Gがかかった瞬間に、高寺の顔には嫌な汗が滲んでいる。
横を抜けていくバルケッタ、高寺4位転落、春築には抜かれまいと、M3のアクセルを踏む


「おい!高寺!どうs・・・!」


ラインハルトが異変に気付き、駆け寄るも、M3は気丈に発進する。


「ハルトさん、高寺君どうかしたの?」

「わからない、だが、何か抱えてるな・・・」



復路、四つ目のトンネルを戻り、テクニカルゾーンへ再び舞い戻ると
既にトップ争いに神藤が加わり、篠岸と苑森は驚嘆していた。
小気味良いエグゾーストはさることながら、まったくもってコーナーが速い
自分たちが膨らむ様な所も、余裕を持たせて突っ込んでくる。
隙を見せたら即オトされる。
一度前に出したら、テクニカルゾーンを抜けるまで食らいつく以外に
勝ち目が泡と消えていくのが目に見えて解る。
だがそれは神藤にとってもリスク、前に出た以上は徹底的に引き離さなければ
残る高速区間で置き去りにされるのである。
コーナー性能は限界まで削り込めても、速度だけはパワーの兼ね合いで如何ともしがたい

「抜かしとかないと、まずいな・・・」

狙い目は複合コーナー、この宮ヶ瀬は基本的に湖岸にそって作られているため
必然的に複合コーナーが発生しやすく、右振られたかと思いきや
そのまま左へ大きなアールを描いてコーナーが連続するというパターンが多い
車重の圧倒的軽いバルケッタはラインがダルになりにくいが
車重の大きい、篠岸や苑森は複合コーナーでどうしてもスピードを殺さなければならず
両者それは承知の上だが、神藤を前に出すわけにはいかない。

だが、連続するコーナー、にらみを利かせるのは一台だけじゃない
自分以外に二台も敵がいる。完全に封じ込めようと思うと
今度は自分が運転をおろそかにしてしまう懸念がある。

完全なる駆け引き、二者択一を迫られる。
高速区間の安全パイをとるかテクニカル区間の安全パイを取るか
そう、長くは悩んでられない、長く悩むうちに
三人のうちだれかが行動を開始する。

「8Cで長い間スキを窺うのは疲れるな・・・・」

峠で走らせているのが奇跡ともいえる篠岸の8Cコンペティッツィオーネ
エンジンはV8、基本構造的にもグラントゥーリズモの部類
R33や仕立てられたバルケッタに比べると、ここまでやれているのが
不思議なほど、有名な英国の自動車番組司会者には
芸術であり故に機能しないのは当たり前、そう言わしめるほど
本来はこのような走りとは程遠い車なのであるが、篠岸は
この8Cを表ヤビツで駆っているのだから驚くしかない

大排気量のエンジンは時たま、R33すら加速で脅かす瞬間があるが
その芸術が故のシャシーには、長時間のスキを窺う運転は厳しい
繰り返されるアクセル調整、ステア調整、ふりかかる細かなG
8Cは細かな変動を好まない、一定に走る事を望むまるでこのわがままの様が
イタリア人女性のようで、篠岸が惚れこんでいる理由でもある。

「俺は一足先に抜ける!」

気を窺う中で、篠岸が苑森をカウンターでオーバーテイク
が、その後ろにちゃっかり付いて行く神藤

「待ってたよーん、このチャンス」

続くコーナーであっさりと8Cを外から抜き去る神藤

「なんだと!」

トンネルをあと二つ残し、神藤が前に出る。
こうなってはどうにも手がつけられない、駆け引きは終了
苑森も篠岸も全開運転に再び回帰する。







「ふぅ・・・おいっちに、おいっちに」

出番を今か今かと待つ五人、玄白はその傍らで準備体操

「なんかルーキーの待ち時間なのに、こっちまで緊張するな!」

横ではなぜかジェイソンも一緒に準備体操

「なんでジェイソンまで」

笑いながら息の合った準備体操を繰り広げる二人
まるで仲の良い程良く歳の離れた兄弟みたいに見える。

「あたしもやる」

キキョウも一緒になり柔軟体操、正宗はそれを冷めた目で見ている。

「なにやってんの・・・玄ちゃん達・・・・」

「エリーゼのレディは、なぜこんな危険なことを?」

「I've got my reasons for racing」

「Oh...!」

意外にも英語で帰って来たキキョウの返答に驚くジェイソン

「I'm prepared to take a certain amount of risk」

「多少の危険は覚悟の上ってワイルドキャットだな!」

言語が反転する、滑稽だが面白い。

「If there's a fastest driver brand to win」

屈伸運動しながら自分の言いたい事を英語で並べるキキョウ
玄白はぽかんとしている。

「It's gotta be mine!」

「最速の称号は私のモノ!・・・か、その鋭い眼光はソルジャー以上だね!」

「 It's showtime!」

「すげぇな・・・なに言ってんだかわからなかった。」

「玄白、英語はやってたんでしょ?」

「高校ンときは紙飛行機織って、中学ン時はRX-7の絵を描いてた!」

「は・・・・?」

「Hahahaha!玄白も十分ソルジャー以上の度胸を持ってるな!」

玄白もまた日本の複雑な手抜き工事英語教育の餌食になったようである。

「今度こそ決着付けるわよ、絶対負けないんだから」

「あぁ、俺も負けない、エリーゼの良い走りよりもっと良い走りで返す!」

「Just kinda bugs me」

「え?なんて言ったの?」

「ムカつくって言ったの!なんでそんな笑ってられんのよ、緊張しないの!?」

「え、いや・・・別に不安要素なんてないし・・・」

「ぜぇぇぇぇぇったいあんたには負けない!このキキョウがねじ伏せるわ!」

「TTでねじ伏せ返す!」

膝をパンッと叩き、準備運動を終える玄白、キキョウと玄白の目には
良きライバル同士でしか醸し出せない、不純な敵意はない良い空気が流れる。

「ルーキー、ぼそぼs」

ジェイソンが玄白に耳打ちをうすると玄白が急に笑い出す

「ククッ!OK!ジェイソン」

キキョウの方を向き直ると玄白が言い放つ

「えっと・・・れ、れ」

少し忘れて間が空いてしまう玄白にジェイソンが再度耳打ちする。

「れっ!Let's do this!でいいの?」

決めポーズを取りながら言い放つも、確認のためにすぐ振り返るところが
なんとも決まらないが玄白らしい

「言ったわね、やったろーじゃないの!」




「今なんて言ってたの?」

同じく出番を待つ桃野が、桜宮に問う

「勝負だ!だとさ」

「単純だなー」

「玄白らしいじゃん」









テクニカルコーナーが密集するエリアを抜けると、バルケッタは随分前
道の駅駐車場の嶋倉と金鏡の前を通るR33と8C

「あれ?高寺は?」

「どないしたんやろ?」

少し遅れてゴルフの後をM3が追いかけてくる。

「なにやってん」

「高寺の得意コースなのに、なんかあったのか・・・?」




朦朧とする痛みの中、ゴルフのテールランプだけが灯台にごとく導いてくれる。
高速区間、多少なりとも左右からくる強烈なGはしばらくお休みだが
虹の大橋進入の左コーナーでもまた激痛が襲う

ゴルフを抜かそうにも抜かせず、トップ集団が虹に大橋を渡り切り
すでにその先へ見えなくなろうとしているさなか
ゴルフも逃げるしで、余計に4位が遠くなる。

「ぎゃつっ!パ、パワーでは勝ってるのにぃ・・・・あが!」

脂汗が噴き出し、先刻からずーっとATモードでの走行
ある意味でSMG2に救われた感覚を覚える高寺

もう痛みが普通じゃない、高寺を突き動かすのは



気を失えばM3CSLはオシャカということである。



車そのものが愛おしすぎて、夕食もM3を見ながら食べる変態には
腹痛でM3が廃車になるなんてなおさら考えられないのだろう








「おー!来たぞー!」

第二走の最終順位が、ギャラリー達に映る。
最後の虹の大橋から先で篠岸の8Cがバルケッタを逆転
僅差でバルケッタ、R33と続き、その更に後方にゴルフとM3が確認できる。

「かぁー!なにやってんだ高寺さん!」

順位を確認した桃野がR32の車内で開口一番に嘆く

が、本人はそれどころではない

ラインハルトの指示で、高寺の遅延が予想されたために今回は
各々、バトンタッチから10秒でスタートとなる

「よくやった篠岸!」

「玄白君、頼んだぞ」

喜ぶ和平の横で郷矢が玄白にガッツポーズで頑張れとポージングする。

TTの車内で玄白もガッツポーズで任せてと返事をする。
僅差で飛び込んだ篠岸と神藤の差は1秒無く、ほぼスタートで
TTがS2000を上回れるチャンスが起こる。

その脇でM3もゴールし、第三走目が10秒置きにスタートを開始する。

スタートのトラクションでS2000を脅かすと思いきや
やはり軽さは如実に表れ、すぐに伸びでS2000が逆転していく。
エリーゼも後を追ってすぐに発進、レーシングユースのSR20の
仕事量は普通じゃなく、エリーゼを簡単に100km/hまで短時間で押し上げていく。

春築と高寺のゴールを受け、廣和と桃野もスタートしていく






「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」





ゴール後不自然なブレーキングで急停車したM3から高寺が
異常な叫びと共に転げ落ちる。

「高寺!」

桜宮がとっさに駆け寄る。

のたうち回る高寺は、下腹部を抑えて倒れこんでいる。

「どうした!?」

参加者が集まり、ジェイソンがギャラリーから一人を呼びつける

「James!Come on!」

ギャラリーの中から呼ばれた男は即座に、高寺の様態を調べ
あらゆる可能性を調べていく

「彼は!?」

「ジェームズ、私の部下で軍医だ!」

痛みに顔がブルドックのようにくしゃくしゃになる高寺
その痛み方や圧痛点を触診すると余計に悶える様子を見るなり
一つの答えが導き出される。

「Sir, He is the Appendicitis!」
  (サー!彼は虫垂炎です!)

「What!?Appendicitis!?」
(なんだと!?虫垂炎だと!?)

「Yes, Take get him to a hospital right away!」
(その通り!早く病院へ連れて行って下さい!)

「ジェイソン!」

桜宮が容体を問う

「桜宮、彼は虫垂炎だ!急いで病院へ!」

「立てるか!?高寺!?」

「うぐぐぅ・・・がぁっ!!」

皆でランエボの後部座席に高寺を押し込むと
桜宮がエンジンをスタートさせる。

「先輩!」

苑森が呼びかけるが早いか、ジェイソンも乗せ
桜宮の駆るランエボが急病人の高寺を乗せ、病院へと急ぐ






そんなスタート地点のドタバタをよそに、トップ集団を形成するルーキー3人
虹の大橋出口、緩い右コーナーだが、玄白と正宗はキキョウのエリーゼが
恐ろしい高速安定性も兼ね備えていることを目の当たりにする。
そう、アクセルをほんのり抜いただけ、車に微塵も減速の動きが見られない
そして、ミドル・イン・アウトで抜けていってしまう恐ろしさ
今日のキキョウはアクセルを踏みに行っている。

3位から一気にジャンプアップ、首位を奪うキキョウ
そのまま唯一のストレートを下る、ここでもコンペティションユースの
SR20DEがそのパワーを炸裂させる、260ps前後ながら
そのフリクションロスの少なさ、パワーの出かた、無駄の出ようがない組み上げ
それらが300ps級の玄白や正宗を凌駕するような加速でストレートも突き放す
否、コーナー出口の速さがこの速さに直結している。

「速い!」

「速ぇ!」

車内で驚愕する2人を置いて、もう車2台分ほどはコーナーで差を広げたキキョウ
この先のテクニカルゾーンでも圧倒的な運動能力を発揮する。

「まずいな」

玄白は、ステアリングから手を離したと思えば、オーディオスペースだった部分
に収まっている、NOSのトグルスイッチをONにすると
付け替えたステアリングに増設されたショットボタンを押す。

急加速するTT、早々にNOSを使いだす玄白、少しでも差を縮める作戦なのか

「5秒!よしっ!OFFッ!」

エリーゼのスリップストリームにも入り込み、急激な追い上げを見せつける。
道の駅の前を通り過ぎる前には鼻っ面一つ抜かして見せ、そのままコーナーへ



「おー!玄白とかいうルーキーやっぱやるやないけ!」

「玄白やるなぁ・・・」



中間地点の2人も驚く戦術、インを奪ったままコーナーに進入する玄白
速度が速度だけに、キキョウもアウトからのカウンターは奪えない
半ば、尻がスライドしそうな勢いの玄白、キキョウも目を丸くする進入

「そのまま左コーナー!」

その出そうで出ないリアを終息させると、そのまま先の左コーナーに
突っ込んで行く玄白、虹の大橋で奪われた首位を奪え返す。

が、出遅れた本命のエース2人もルーキーたちが左コーナーに消えた直後に
後ろの右コーナーをクリアしてくる。明らかにペースが速い

そのまま左コーナーを抜けたルーキー達のエグゾーストが一つ目のトンネルに
轟々と木霊する。世界でも類を見ない組み合わせだろう
そして何よりも、想像するよりTTのコーナーにはキレがある。
マスター達によってコンプリートされたフェーズワンは
コンペティショナブルなエリーゼ、ウェルバランスのS2000を抑えている。
コーナーでもたついている感もない、Sタイヤというのも大きいが
3台の中でも重量級であるのに、この走りは称賛に値する。

相次ぐ二つ目のトンネルも抜け、横目に大きな宮ヶ瀬湖を見下ろしながら
湖岸に沿った、連続するS字をなるべく直線的に直線的に抜けていく
この二つ目のトンネルを抜けた辺りは中速コーナーが多く
夜も更け、気温がググッと下がり、路面温度も急激に冷え込むこの時間
タイヤマネンジメント的には、冷めきった路面でTTの重量は
熱発生的に他の2台よりも有利で、Sタイヤであることも加え
4WD、トラクションを比較的確保しやすい位置づけにあるといえる。
そして、あまり乱れるライン取りを自然と選ばなくなる3人は走るラインが
レコードラインに重なるようになり、自然とオーバーテイクポイントも減る。
これは玄白が、早期にダッシュをかけ、首位を奪ったことが吉と出た結果
この玄白の選択はある意味、正解と言えなくもない。

高速からのS字進入はTTには辛い、そこで玄白はラインが重なることを盾に
脱出重視のラインを取るが、キキョウや正宗も指をくわえて背後を
走っているわけじゃない、いつでも車体を半分ずらして走り
チャンスあれば飛び出そうとしている。
TTのドアミラーに映り込む2台のヘッドライトは
玄白にプレッシャーを投げかけるのには丁度いい、徐々に徐々に
焦らずチャンスを引き寄せていく2台、また湖岸の形状により
S字が増えてくる。ラインをダルにしまいと、玄白はより、直線的に
ラインを設定するようになる。
そこで、ラインの設定に余裕がある2台はそれぞれに思い思いのラインを描く
隙があれば即、玄白を抜ける。

トップ集団を形成する3台は偶然にも全車ナチュラルアスピレーション
排気量がそのままトルクの量と計算していい、多少のチューニングの誤差を
計算の中に反映させても、TTの3200ccはトルクでい言えば大きな武器
ニュルブルクリンクにおいても、この程度の排気量が一番
ドライバビリティが高い、ラインに余裕はないが、アクセルに余裕があるのだ。
少なくとも、キキョウのエリーゼは置いておいて、正宗のS2000にならば
TTはトルクウェイトレシオで勝っている。
これはDC5インテグラがBNR34GT-Rとパワーウェイトレシオで同格であるが
加速の質が異なるということを示したものと同義といえる。

「やっぱり、晴れてても並じゃないわねッ」

背後で期を窺うキキョウ、やはり狙い目はこの先の三つ目のトンネルを抜けた
往路最後のオーバーテイクポイント、ここでカウンターを取るかインを取るか
キキョウにとっては選択が自由である。

「やるな玄ちゃん!じゃなきゃ裏ルーキーの名が泣いちまうモンな!」

選択が自由なのは正宗も同義、だが、インへのアプローチはリスクが大きい
軸を介して回るFRと軸を主体に回るMRでは旋回能力特性に差異がある。
インベタを完璧にこなすには少々骨が折れる。

三つ目のトンネルまでのテクニカルゾーン、逆にアプローチが少ない事が
玄白にとっては妙なプレッシャーになる。

サーキットの正宗にとっては玄白の動きは見破ろうと思えばできる話
だがそれをクラブレーサーのキキョウの存在が狂わせ
そのぶっ飛んだ性能を持つクラブレーサーもストリートの玄白が繰り出す
突然の作戦にたじろいでしまう。

各々のドライビングスタイルが牽制しあう対決
一発の速さか、安定の速さか、圧倒的な速さか
 (STREET)   (CIRCUIT)    (CLUB RACER)

自分の特性を使いこなした者が、一番勝利に近い
背後に迫る最強のエース二人、往路はもうすぐ終わる。









『復路へトップで折り返す!』

この思いが3人を駆り立てる。








幅員が広くなる三つ目のトンネル出口、キキョウと正宗が勝負に出る。
広くなった直後に、TTへ同列で並びコーナーへの進入を試みる。

イン、キキョウ
センター、玄白
アウト、正宗
三者同列でトンネル出口、左直角コーナー

前、桃野
後、廣和
二者前後牽制、トンネル中間、トップ集団捕捉




 

「曲がれぇ!」

キキョウが位置関係的にインを閉じられないギリギリの線で
エリーゼのフロントをTTのサイドに並べインの旋回に

「くあっ!」

キキョウのエリーゼに僅か数センチ、TTアウトに膨らむことが
予想される、サイドブレーキ併用のロス覚悟のターン

「行けっ!」

正宗、レイトブレーキングからの、ドリフト、TTの膨らみを
自らのスライドで回避、同時にエリーゼの脱出ラインブロック




ラインが複雑にクロスする直角コーナー出口。

アウトから驚異の進入を達成したS2000がイン側へ

インから進入したエリーゼ、アクセルが開けず、狭まる幅員に一瞬後退

センター進入のTT、アウトギリギリの脱出ラインでクリア

コーナー出口で一瞬、S2000がトップへ浮上するも、その加速力で
TTが即座にフロントを抜きん出し、トップへ返り咲く
エリーゼもTTの背後に付き失った時間を取り戻す様な加速
玄白、正宗、キキョウのオーダーで四つ目のトンネルへ抜けていく

背後では、もうR32とZZ-Sが同様に直角コーナーへ進入を試みている。

ルーキー達に共通して言えることは、もたつくということは
そくエース達に撃墜されるということ、もたつくことは許されない



四つ目のトンネルに5台分のエグゾーストが響き、その爆音とともに
トンネルを抜けると大きな右コーナーにさしかかると同時に
トップ集団が一列の列を形成し、ターンに備える。
玄白を先頭に、正宗、キキョウ、一拍おいて、先ほどのコーナーで
隙を刺した廣和、桃野と続く

この高速右コーナーを抜けてターンまでストレート
一気に速度が乗る下りでもある、度胸が試され、突っ込みすぎればオーバーラン
ターンする場所はT字路で、円を描くには丁度良い広さだが
ターン抜けだしの加速次第ではパスをされてしまう。
スリップストリームによる加速で、玄白の後ろ2台はアクセル開度をうまく調節

ラインハルトと安彦が見守る中、ルーキー達がターンに入る。
玄白はドカンッとブレーキを踏み、サイドブレーキを引き上げると
リアのブレーキを確認次第、ステアを進行方向に目一杯切り
早々に加速体制へTTを仕向ける。後はアクセルを踏みつける!

次いで正宗は、少量のフェイントモーションを加え、綺麗にテールで
半円を描きながら回ると、リアに荷重を上手く乗せ
TTに追随すべく、加速へと移っていく

キキョウは、ターンを終えた玄白とすれ違う様にブレーキングの荷重移動で
コマのようにパイロンをなぞる様に回っていく、滑らせているようでそうでない
キキョウのターンは速い!


立ちあがるルーキー3人と、ターンに進入する赤いZZ-S、黒いR32
すれ違いざまの風圧が、巻き上げられた塵を宙で翻弄する。

復路突入、スリップストリームから一気に正宗が抜けていく
上りのターンを終えた今、オーバーテイクは済ませてテクニカルゾーンへ入りたい
その正宗にキキョウもパワーウェイトレシオを見せつけるようにTTをパスしていく

「・・・パワーがこれでも間に合っていなのか・・・・・」

目一杯踏みつけるアクセルにパワー不足を補う余地はなく
これが性能の限界、数あるアウディTTの中ではトップクラスの
ポテンシャルでも、S2000やエリーゼの前では同程度の馬力だと
そのポテンシャルも一気に霞んでしまう。
持ちうる生まれながらの車種性格が、こういった用途には不向きなのは
重々承知、だがまざまざと加速で差を見せつかられると、少々へこまざるを得ない








「パワー不足に悩んでいるだろうな」

「あんなに仕上げたTTでも?」

「そりゃぁそうだろう、質が違うんだTTとあの2台ではな」

「確かに・・生まれというか、方向性と言うか」

「変な話、WRCでランエボやインプレッサ相手に、JZA70で挑む様なものだな」

「それもツイスティなツール・ド・コルスとか?」

「ツール・ド・コルスかー、もし宮ヶ瀬がそうなら
此処までTTは健闘できていなかったかもしれないな。」






NEW 2010/04/06 UP


TTという車は、ゴルフのコンポネーントを使用し仕立てた
GTカーという要素が強く、本来であるならば
2リッターモデルの方が、本来のTTと言える。
頭も軽く、軽快な走りを望める一方、パワーと言う点には
注文は付けるべきではない、2リッターのGTなのだ。

だが、事を及び腰で考える必要はない、TTでも仕立て上げ直せば
更に高みを望むことはできる。
使命を背負って造られた車ほど、速い車は無い


「TTにも勝ち目が無い訳じゃない」

ラインハルトはそう安彦に言う

「あのコのウデを加味して勝ち目があるということ?」

「いや、玄白が操る操らないの前にTT自身もかなりデキている車ということさ」

「まぁドイツ車は元が良いとは言うけど・・・」

「基本はすべてスープトアップ、これがフェーズワンのメニュー」

ブレーキ、サス、タイヤ、ボディ、エンジン確かにマスターとラインハルトは
基本のスープトアップを重ね、NOSという最後の切り札も載せて
玄白を今日の舞台へ送り出した。

「言ったろ?基本を生かせば怖いものなしのTTだって」








テクニカルゾーンへ再び進入していく5台
正宗が先頭、次いでキキョウ、玄白、廣和、桃野と続く

当然だが、先ほどもつれにもつれたオーバーテイクポイントは
復路になっても当然オーバーテイクポイント、悲しいかな
玄白はあっさり廣和にしてやられる。

「くっ!」

やはり車重の重さはネックなのか、桃野がオーバーテイクポイントを抜けた後
涼しい顔でTTをパスしていく、パワーも足りない

だが一つだけ足りていることは



TTは未だ持ってスタート時の最高のコンディションのまま、ということ



アクセルやブレーキ、コーナーにおいて不安要素は一切ない

余白を除去したマキシマムアタックを見せるかは玄白にかかっている。

本当にこの車は玄白次第でどうにもなる。

基本を忠実に踏みミスを無くしていくか

ミスをも辞さない覚悟で突っ込んでいくか

玄白に瞬時にして決断の時が迫る。






「今の走りじゃ・・・・どんな結果でも納得できない・・・・ッ!」





一つの決断に達した玄白はスパートをかける。

コーナーはマージンを削ったライン取りで進入
基本をトレースしているが、その走りは賭けているようにも見える。

まず玄白が取った行動は、テクニカルゾーンで車重の近い桃野のR32に
食らいつくこと、頭を張って桃野から逃げるのは難しいが
ついて行く事なら出来る。

GT-Rが曲がれたコーナーをTTが同率で曲がれない訳はない
曲がれるようにラインハルトがセットを出してくれた。

TTにはできる。GT-Rと同じように走ることができる。

玄白はR32にピッタリ・・とまでは言わないものの
確実に距離は一定に保ったまま離れない
GT-Rの動きをそのまま真似る。ブレーキ性能や旋回性能はGT-Rに引けを取らない

コンディションは最高、テンションも落ちてない、後は悔いを残さないだけ

まず、大方の予見通り、廣和が完全にルーキー2人を捕らえトップへ躍り出る。
テクニカルゾーンでは完全にZZ-Sを塞げる者はいない
だが後半の高速セクションまでにZZ-Sはマージンを築かなければならない
キキョウが正宗を抜き返し、そのセンスを持って廣和の追撃を試みるも
やはり経験の差は埋まらない、キキョウのエリーゼを持っても
ZZ-Sのテクニカルゾーンでの速さは異常とも言える領域
アップダウンにも関わらず、軽い車体を確実にコーナー出口へ導く廣和
そのスキルはレーサーという以前に完全な出来上がりを見せており
彼がどうであれこの結果は変わらないであろう。

そして桃野が正宗のS2000をせっつくまでに差を縮める。
即ちそれは玄白も正宗をせっついているということ
集中力が途切れ始める後半、正宗のS2000のコンディションは確実に低下を見せている。

一瞬の間隙を縫うと桃野が正宗を下す。
立ち上がりのトラクションが優れると言われるS2000でも
GT-Rのトラクションの前には赤子同然、その間隙を続いて縫い
玄白も正宗をパスする。

TTの背後に回った正宗が玄白のマージンを削り倒した走りということをすぐに見せつけられる。
完全にGT-Rよりライン取りが道路いっぱいを使う走り、逆を言えば埃や塵で
外側はむしろリスクが大きい、路側帯の中には入らない方が賢明
桃野は路側帯の白い線を境に内側には入っていないが、玄白は入っている。
スピードを生かしたまま、それを忠実に厳守し、桃野の後ろを追いかけている。

桃野でもテクニカルゾーンでキキョウを捕らえることは難しいが
確実に差を縮め、高速区間で一気に抜き去ることはできる。

一方的に差を広げていく廣和、だが逆に一人になるとその勢いは徐々に途切れていってしまう
指標が無くなることは人間にとって基準を見失うことでありペース配分が難しくなる事を意味しており
思ったより、俯瞰的に見ると差は膠着し始める。

一方で加速を増すのが桃野と玄白、キキョウという逃げるターゲットを捕らえんと
そのペースは更に引きあがり、玄白も緩やかなペースアップに更に無駄を排し追随していく
その中でどんどんTTとの距離が縮まり、自分の中へTTがシンクロしてくる。
どれだけの部分までTTが耐えうるのか、それが確かめたわけでもないのに解る。





『いいですか?どんなに勢いが乗って、かなりの域まで行けそうになっても』

玄白の頭にマスターの言葉がふと蘇る。

『呼吸が固くなったらそこでおしまいです。』

固くなる、呼吸がズレ、身体が多大なプレッシャーに耐えられなくなる。

『そこからはズレる一方、危険極まりないことを留意しておきなさい』

その話を聞いて思い出したのはRX-8で土手に乗り上げた瞬間のこと
段々と視界が狭まり、どうあがいても車の動きが自分の判断とズレていく
そんな中でRX-8をあんな姿にしてしまった。
悔いても悔やみきれなかった数日間、へしゃげたRX-8の顔は見るに堪えられなかった。

だから心に決めたのは納得できる走りをする。

結果がどうなろうが納得する。悔いを残せば結果が最良でも納得は行かない。









キキョウを捕らえた状態でテクニカルゾーンを脱する。
そこから、怒涛のパワーでキキョウを抜き去る桃野
その後ろには玄白も追随しスリップストリームに入る。
GT-Rはスリップストリームに食らいつくTTをズルズル引き離して行く
2台に一気に抜かれたキキョウは冷静さを欠いてしまう

「なんで!?全然速さが違う・・・・ッ?!」

あり得ないコンプリートエンジンを積んでいるのにも関わらず
GT-Rは良いとして、TTにもぶち抜かれる。
さっきはパワー差で抜いたのにもかかわらず
完全にコーナー抜けだしから含めて自分を凌駕している。

「うそ・・・・そんな・・・・」

失意のキキョウを置き去りにしTTはフルスロットル、そして5秒間だけの410ps
GT-Rの加速に一瞬だけ追いすがる。
チャンスは残り5秒、道の駅を通過した先の上り坂にZZ-Sが確認できる。
桃野のGT-Rは本当に速い、一気に200km/hを超えるとそのまま坂を失速そこそこに上り切る。

TTもスリップストリーム、5秒間のNOSを使い、GT-Rのスリップストリームに
是が非でも食らいついている。その迫力は凄まじく
GT-Rの車内で桃野も感心するほど、虹の大橋への左コーナーで
完璧にZZ-Sが射程圏内に収まる。

逃げる廣和、追う桃野、期を窺う玄白


パワー差がここで完全に形勢逆転のきっかけになり
ZZ-Sをスリップストリームの届く範囲に追い詰めんと桃野のGT-Rは加速をやめない
虹の大橋を渡り切って、上り坂、トルクの細いZZ-Sは更に差が縮まり
上り切ったところで、すでにもうスリップストリームの有効射程圏内に収められてしまう。

ZZ-Sの小さな車体でもスリップストリームは十分発生しうり
そこにGT-RとTTがさらなる加速を見出す。

最後の緩いS字、ここを抜ければゴールしか待っていない
逃げるZZ-SがS字のセンターを縫うように抜けようと
イン側についた瞬間、行きでは邪魔にならなかったギャップに一瞬
ZZ-Sがアウト側に強制的にズラされる。
アウトから被せていこうとした桃野ライン上に突然のZZ-Sが飛びのけてくる

ハッとする桃野と廣和の横を抜けていく一台の車

最後の最後で間隙を縫いに出たのは玄白

その瞬間、TTの中では最後の最後分のNOSが噴射されており
クーリングも兼ねて一気にエンジンが活気づく
パワーが溢れるのを待っていたかのようにスピードを乗せてS字をすり抜ける。




最後の5秒が噴射し終わると同時に、TTはトップでコントロールラインを通過
それはゴールラインを通過したことを意味し、同時に玄白がトップで
それも大本命と言われた二人を抑えてのフィニッシュ

信じられない気持ちが玄白を包み込む、ハッと見る脇には
スケッチブックに大きく「クーリングしてこい!」と書いてあるのを
大きく持ってゴールした車達を誘導する神藤

玄白はそのままふらーっとクーリングを兼ね、やまびこ大橋まで行き
スタート地点まで戻ってくると、待ちうけていたのは大歓声
参加者のほぼ全員が玄白のTTを取り囲み、エースの2人を打ち破った
ルーキーの偉業を称え、玄白をもみくちゃにする。

TTの横にエリーゼが止まり、キキョウが降りてくる。
人混みをかき分け、玄白の前に立つキキョウは薄っすら涙を溜めている。

「え、あ、ちょ、泣い・・・・てる・・?」

動揺する玄白、キキョウの口はへの字に曲がっている。

「泣いてない!泣いてないもん!」

完全なドライコンディションでも又もやの敗北
悔しさだけがキキョウを襲う、勝てる様で勝てないこの悔しさ
キキョウは人込みから逃げるように宮ヶ瀬湖の方へ走り去ってしまう

「あーあー、玄白が泣かせたー!」

「女の子泣かしちゃったよー」

「違いますって!誤解ですよー!」

そうはいうもののみんな笑っている。苑森もやれやれという感じで
微笑ましそうにやり取りを見ている。

「こーいうときは、慰めてあげるもんだよ、うん」

郷矢が玄白の肩をポンッと叩き、背中をトンッと押す。

「ヒューヒュー!」

「ウマくオトせよー!」

「相手は高嶺の花だゾー!」

「なんでそーなるんですかー!」

「ルーキー、僕たちはこっちで楽しくやってるからさ」

「ジェイソーン・・」

「悲しんでるレディを頬っておくのかい?それはイケないことだ」

「ううぅ」

「そーだぞー!玄ちゃん行かないなら俺が」

「お前は反省会ッ」

「ガバなんスッ」

正宗の頭に拳骨を振り下ろす篠岸









柵に腕を乗せ、すすり泣くキキョウ

玄白の足音を聞いて慌てて涙を袖で拭う

「な、なによ!嫌味でも言いにきたの!?」

「ち、違うし」

「じゃ、じゃぁなんなのよ!」

「いや、やっぱキキョウってすげぇなって思って」

「・・・・」

「ほら、なんつーかー走ってて違うんだよな、フラつかないっていうか」

「何が言いたいワケ?」

「あーとりあえずさ、今回は俺が前だったけど、こんなんじゃないだろ!」

「もー!ハッキリしてよ、なに!?」

「だから今度はキチンと峠でケリ付けるぞ!コノーッ!」

指をビシィッ!とキキョウに向かって指し、宣言する玄白

「サシで勝負しようってことでいいの?」

「そうだ!サシだ!俺とTTが受けてたっち」

重要な所で噛む玄白

「いいじゃない、やってやるわよ、キキョウ様が相手よ!今度はウマく行かないんだから!」

「だからさ、涙拭いてくれよ、女の子の泣き顔はめっぽうダメなんだよオレ・・・」

「別に泣いてないもん」

「じゃぁ、俺戻ってるからさ」

「私はもう少しここにいる。」

「お、おう」





走って戻る玄白と入れ違えるように苑森がキキョウの横に現れる。

「ね、上手く行ったでしょ?」

「涙ってすごい・・・」

「流すんじゃなくて溜めるのがポイントよ」

「でも、本音は悔しい・・・・」

「もっと磨かないとね」

「はいッ」






限られた時間の中で最高の戦いが幕を閉じた。
急病人が出たりなんていうこともあったが
それを差し引いても、この走行会は彼らの記憶に深く残る。
最高の思い出として、または最高の感激として。

それと同時に、玄白が正式に九頭龍に迎え入れられることとなった。
しばらくは裏ヤビツを元に活動を開始する九頭龍

そして、パープルタイプクラブはこの日を持ってデータ収集を完了
本来あるべき場所である首都高へ戻って行ったが
キキョウだけはヤビツ峠へ何かと言っては姿を現している。

また、フェーズワンを完成させて間もないがマスターとラインハルトに安彦は
TTを次の段階へとステップアップさせる計画を開始し
完全なパーパスビルドにするためにTTを大きく変貌させる計画
目標は500psオーバー、峠でこの数値は異常、しかし彼ら3人は
玄白という大物ルーキーに心が躍る気持ちを隠せない
魅せられていくベテラン達、伸びるルーキー
今回の走行会は全員にとって大きなポイントとなった。









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玄白の幼馴染が登場!
白いS2000はどうなんだ!