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ヤビシュメ3本目

ヤビツ峠のメッサーシュミット

ほいほい、180セカンズが出てくるぞっ!

	

第六章

「さ、準備はできました」

「マスター、ティーポットとバスケットってピクニックじゃぁ」

「まぁまぁ、そう気にしないで」

「じゃぁ、これから和田峠へ向いますね」

夜の蚊帳が降りた11時過ぎの宮ヶ瀬から、玄白とマスターを乗せたTTが
東京都は神奈川県との県境に面する和田峠へと向かう

「今日はフェーズワンの試走、マフラーやDVを含めた吸排気系変更
ECUの再更新、エアクリーナーは音も良くなって高揚感アップ
耐熱バンテージも巻いてみました、エンジン全バラ組み直しは
これが終わってからですね、今日はたぶん320psは出てるのではと
今日はほとんどのパーツがツルシでつけた状態、七〜八割と思ってみてください」

「全バラ組み直しで350ps出すカンジですね」

「届かせなきゃいけませんね!まぁとりあえず相模湖ICの方に向かってみて」

ジェイソンの好意により、ちょくちょくアメリカで市販されている
吸排気系や駆動系系統の情報が玄白へ送られ
それを今回、一挙に注文し、装着したテスト走行
マスターもアメリカ製のパーツに興味深々で作業をし
この夜中に和田峠へと繰り出す。いわばテストも兼ねたプチ実戦



「踏み出した感じはどう?クラッチは優しくお願いしますよ」

「軽いですね、パーツ自体は軽いものを選んだのが相乗効果生んでます。」

「今回の付け替えで15kgは軽くなったはずです、パワーと相まってそう感じるでしょう」

真夜中の相模湖方面、否応なしにそれっぽい車が前に居たりすれ違ったり
ほとんどは宮ヶ瀬や大垂水に消えていくが、玄白とマスターの目的は
和田峠、宮ヶ瀬と大垂水に吸い寄せられ、和田峠はまた車質が違うという

「和田は道幅が狭いので、アウトインアウトよりも決めたラインを最後まで
トレースするつもりで行きましょうか」

「路面状況は?」

「昼間は人の行き来が盛んだからそれなりの状態、悪くはないと記憶しています」

「解りました。」











「さ、その信号を右に曲がれば、和田峠まで一本です」

「522号なんですね」

「途中で521号に合流できます。
ほぉー家も案外上まで建ってますね・・・」

「バス停も案外点在してますね」

「ここはハイカーも多くてですね、昔から」

シュパーンとターボの音をさせながら、TTの真横を4型ゴルフが急に
追い抜いていく、とっても軽快な音に玄白もマスターも話を中断
ゴルフを目で追ってしまう

玄白を抜くと、しばらく前で玄白に合わせるように速度を保つ
別に挑発や仕掛けてくるということはないが、あちらも
こっちを見ているようだ。

「秘技、後部からカメラで撮影しちゃうぞ作戦開始!」

ゴルフ車内、カーナビの画面には、後部を撮影するカメラの映像が送られ
玄白のTTがよく映っている。

「見知らぬ車ァ〜情報集めが俺の趣味ィ〜」





「マスター追ってみていいですか?」

「きっと速いですよ」

「大丈夫です。」





バックミラーに目線を配りつつ、TTの動きに注意するゴルフ
521号線に合流まで、互いに譲らず退かず、互いをはかる。

「521号合流!」

玄白がシフトダウンし3速での長い加速を開始する。

「キタキタッ!」

ゴルフも合わせるように速度を上げていく

「水先案内人、春築についてこれるかな!?アウディのドライバー!」

自称、水先案内人そして和田峠一の情報持ちで
和田峠をホームとするクラブレーサーチーム
180セカンズの春築が玄白の前に颯爽と現れる。

マスターはリアガラスの「180seconds」の文字に眉を潜めて
自分のピントを合わせる。

「180セカンズ?チームらしい感じですね、強そうだ!」

「その方が、嬉しいですねッ!」

ゴルフとの距離は詰まっていないが、確実に走りやすい
ペース配分がとても優しく、玄白をいざなっているような感じで
春築のゴルフは、2WDながらヒルクライムを器用に上っていく
ターボ付きのFF車としては扱いずらいはずだが
スルスルと加速し、住宅も少し立ち並ぶ中
6割ペースを綺麗に保ち飛ばして行く、玄白も用度よいテンポで
神社の横を通り過ぎ、完全に住宅が存在する場所を抜けたトコから
春築はックとペースを引き上げていく
陰っていたゴルフのエグゾーストが精彩を放ち
玄白もより深くアクセルを踏み、後を追っていく。

「コッチにかなり合わせてくれてる感じですねッ!」

「いいドライバーだ!甘えていきましょう!」

「了解す!」

マスターも横でノリノリでゴルフの走りを見つめている。

ひざを曲げた様な右コーナーを抜けると、ついに完全な
クローズダーパスとなる。
まさに峠道、というヘヤピンと直線が交互に登場するヒルクライム
FFのゴルフが更に水を得た魚のように走りはじめ
4WDのTTを加速で引き離して行く場面も見られる。
森の中を明るいTTのヘッドライトが煌々と確かな視界を確保し
ゴルフに導かれるように和田峠を相模原方面より上っていく
本当はこのルートが和田峠ではない、頂上の石碑がある場所から
八王子方面へ抜けるためのルートが正規な道筋

「ふーん、中々筋の立つアウディだなッ」

ヘヤピンが個々に連なるエリアを抜け、急な高速区間
低速から引き上げられるペースに、ゴルフが更に
加速した様な印象を受けるが
そういった感覚の錯覚はヤビツ峠でもよくあること
すぐに息を合わせ、高速区間を真似て走る。

緩いライン取りの中に、ゴルフはやっぱり地元らしい
マージンを無くしたかのようなライン取りを見せる
マージンはちゃんととってあるのだが隠れているだけ
ゴルフはしっかりラインに乗り、スピードを保つ
流石にそこまで引き上げられると、玄白は初見という
若干の壁に踏み切れない、嶋倉や先日遭遇した
インプレッサなどはこういうところもいとも容易く
踏んでいくのだろう。

チラチラと一歩速くコーナーに飛び込んでいくゴルフが
最後のヘヤピンの手前で、ハザードを焚きスローダウン
どうやら頂上らしい

「もう頂上?」

「心配しなくても、本編の和田峠はその向こう側だよ」

頂上の石碑の前にゴルフが止まり、玄白もその後ろにTTを止め
エンジンを切る、日常域でも全然差し支えないレベルの段階では
アフターアイドルはそう要り様でもない。

「ちょっと挨拶してきますね」

「いってらっしゃい、こっちはちょいとECUのマッピングを
リライトしてます」






「どーも、和田峠じゃ見ないカンジだね、君」

「はい、今日はちょっとセッティングがてら」

「セッティング?そらまた随分な車でやってるんだね」

「えぇ、まぁ」

「俺は春築、180セカンズっていうチームの人間
そして、関東一円の峠情報を最も握る情報屋さ!」

「情報屋?」

「ホームはどこだい?」

「ヤビツ峠です。」

「ヤビツ峠か!シュヴァルベンシュヴァンツやジパングGT
最近は首都高から1チーム下りてきたみたいだけどね」

「シュヴァルベンシュヴァンツを知ってるんですか?」

「知ってるねー、リーダーの桜宮、エース桃野、BMWの高寺」

「桜宮さん達を知ってるんですか!」

「なに?知り合いなの?」

「知り合いもなにも、かなりお世話になってるんで」

「んぁ?そすっとシャーマンシーサイドズを破った、ルーキーって」

「行きましたよ、米軍基地、あのTTはその時の戦利品です。」

「なっ!マジかよ!」

「うぉーい、なにやってんだー春築ー、お客さんかー?」

話してる途中に、八王子方面から上がってきた二台の車が
玄白と春築に横付けすると、新型インプレッサと
日本を代表するエキゾチックカー、トミーカイラZZ-Sの
姿は暗闇でもすぐにわかる。

「赤藤、いー所にきた、先日の話しあったろ?」

「米軍チームを負かしたルーキーの話し?」

「そう、この彼がそのルーキーだ」

「おぉぉぉ!?そうなの!?」

尻上がりのトーンで驚く赤藤という男、車から降りた姿は
身長がとにかく高い、ZZ-Sからもドライバーが降りてくる。

「ウワサのルーキーにこうも会えるとは驚きだよ」

「赤藤はウチのチームのリーダー、こっちがエースの廣和君だ」

「どうも、廣和です。」

矢継ぎ早に春築がメンバーを紹介してくれる。
高身長の男が「赤藤」インプレッサを駆る180セカンズのリーダー
赤藤と春築の間に立つ、若年さの残る男が
180セカンズのエースドライバー、廣和、車からも
エースであることが容易にうかがい知ることができる。









「よぅし、せっかく遠征ときてくれたんだ、一本走らないかい?」

赤藤が玄白を和田峠トライアルに誘う
後ろではもう春築が廣和と録画したビデオを見ながら
あーだこーだと話をしている。

「マッピングのリライトが終わったら、是非お願いします。」

「だれか一緒に来てるのかい?」

「チューニングをしてくれてる方が乗ってます。」

なんてことを話していると、TTのドアが少しだけ開いて
中からマスターの準備OK、という呼びかけが聞こえる。

「あ、準備OKみたいですんで、一戦お願いします。」

「ほいきた、大船に乗ったつもりで挑んできてよ」

「了解す」



TTに乗り込むと、マスターがノートパソコンとにらめっこを終えたばかり
という感じ、即マスターからリセッティングした傾向がのべられる。

「2速から3速へ上がるときの小さな谷を消してみた
ハッキリとしたフィールでなくなる代わりに、スムーズに伸びるハズだ」

石碑の前に赤藤が先行で位置し、玄白が後ろに続いて並ぶ

「春築、カウントたのむよ」

「あいあい」

直列して並ぶ二台の見えるところに、春築が立ち、手を高く上げる

「さて八割で様子見ようかな」

指が一本ずつ格納されていく

「あのインプレッサ・・・・」

指は残り3本

「軽そうですよね」

数えるところ残り2本

「解るかい?」

最後の指だけが残り

「なんか、普通じゃないですよね」

全ての指が閉じられ、腕が振り下ろされる。

「さぁ!行って来い!」

4WDならではの強烈なトラクションで2台は飛び出していく



当然のように、赤藤のインプレッサが前に飛び出していく。



身のこなしは相当と、一コーナーを抜けただけで、玄白とマスターに
そのフットワークの秀抜ぶりが伝わる。


彼のインプレッサは、ラリーというより、どこかツーリングカーの様な
しゃんとした動きをする。
それもそのはず、クラブレーサー型である彼のインプレッサは
ノーマル比、300kg以上もダイエットを施された仕様で
この瞬間のためだけに生きる、パーパスビルド。
エンジンは基本から固め上げた、本来の特性を生かすフレキシブルさを重視
380psを超えるエンジンで、わずか1190kgの車体を弾く
制動力、回頭力、加速力とまさに三拍子揃った最強の最新型インプレッサなのだ。
ハッチバックとなり、剛性の良さももちろんプラスされている。

「重たい車をちゃんと動かせるようだな」

インプレッサには遠く及ばないが、赤藤がペースを作ってやればついてくる玄白
重たいTTをラインに乗せていくウデを赤藤は走り出してすぐに評価する。
背後にこれだけポテンシャルギャップがあっても、一抹の不安さへ覚えない
それを赤藤は高く評価している。









むしろ、こちらの方がツーリングカーそのものかもしれない。




「うおぉっ!やべぇ!」

「なんだぁ!今日は!」

「シュヴァルの人たちじゃないぞ!」

裏ヤビツを狂ったように下り、待避所で休む走り屋達をわき目に
アンダーガードから火花を散らして走る二台の車。
高いリアウィングがそびえるメルセデスは嶋倉の愛車とすぐにわかる。
一方でその後ろを走るのは、小ぶりなウィングに端正に整った外見
甲高い直列6気筒のエグゾースト、190Eよりは一世代先の
メルセデスのライバル、BMW M3が背後を猛追している。
それもE36型のM3、高寺のひとつ前だが、その性能はいまだ現役
異様なスピードで190Eをまくしたてている。

「お、おい!春築さんに連絡したか!?」

「今してきたよ!」

携帯電話を握る若者の手は少し震えている。










携帯電話の通話を終了すると、春築が突然叫びだし

「ぬわぁんだとー!廣和!ちょっと用事が出来た!ヤビツへ行ってくる!」

「え!?ヤビツですか!?」

「おニューのスクープが手に入りそうなんだ!」

春築はゴルフに飛び乗ると、廣和を残し和田峠からヤビツへ向かって
車を飛ばして行ってしまった。










赤藤のインプレッサはやはり速いが、玄白を置き去りにしない
あくまでペースメーカーに徹している。
しかし片鱗はもちろん出ており、玄白も失礼のない様に
いつもよりペースを上げてインプレッサを追う。
マスターも横で、インプレッサの行き先を目で追っている。

「走りやすいかい?」

「っはい、かなりいいペースで引っ張ってもらってます。」

ステアリングを捌きながらも、玄白は切迫した感じはなく
完全ドライの和田峠は非常に走りやすい、赤藤のペースもいい

最近は、随分とTTを身近に感じるようになってきた。
ステアリングを握るたびに、TTに溶け込む様な感覚を感じ
動きをつぶさに感じる。そして気持ちが伝わる。
乗りたいライン、ブレーキポイント、アクセルワーク
そんな当たり前のことより、その先にある感覚を覚えつつある。
もっと磨けば、目隠しして走れそうな気もしなくない高揚感
TTのエグゾーストは鈍く、車内にはそう飛び込んでこないが
耳を傾ければ、そこに確実にある。
玄白の中にTTが入っている。玄白の身体がTTを覚え始めた。

路面のギャップのいなし方は流石はTTと呼べるもので
安定感は赤藤もバックミラー越しに感心するほど
走りだしたときよりも、一つ、二つとペースを上げたが
難色を示さず追随してくる玄白
フロントヘビーさを忘れたように、コーナーを綺麗に回ってくる
アンダーステアは顔を一度も見せいていない。






「何か始まったみたいね」

時を同じくして、嶋倉とBMWの走るヤビツで
苑森とキキョウがもう少し下ったところにある
一瞬だけ二車線になる開けたところの駐車場で
山に響くエンジン音に耳を済ませる
済んだ空気に、音は高音質で伝達され、R33の傍らに立つ
二人にもよーく聞こえる。

「すごい・・・常にパワーバンドに入ってるような音・・・」

キキョウが静かに耳をたて、目を瞑りその音に情景をはせる。




戦いは完全に均衡状態、ヤビツを知りえ、シュヴァルに対等に
裏ヤビツを走れる嶋倉に食らいつくということは
相当なレベルに達した人間であることは容易に判別がつく
どちらもチューニングメニューが似通ってるらしく
音やパワーの出方、その他もろもろが完全にイコールコンディション状態
まさしく腕と腕のぶつかり合い。
水塩橋という直角ヘヤピンを形成する部分を抜けると、いよいよ
裏ヤビツダウンヒルの真骨頂、強烈な狭さを誇るエリアでの
完全追走試合と相成る。

抜くスペースもなく、かといって身を引いてはおいて行かれる
詰め過ぎては"もしも"の瞬間ジ・エンド

度胸と判断を一気に試されるエリア、路面状況も橋前に比べ悪化する。

「このまま、決着つかんかったら、上りやで」

BMWの中で不敵な笑みで嶋倉を追う男、ヤビツは初めてのはずだが
異常とも思える適応能力で嶋倉の走りに食い下がる。

「ったく、ウワサには聞いてたけど、かなりヤバイ奴だなっ!」

互いに不敵な表情で、恐怖を全く覚えていないようだ。
アベレージスピードも信じがたい領域
そして、各部に顔をのぞかせるトップランナーの片鱗
真横はガードレール、挟んだ反対側も崖、ラインを身誤れば
落ちるか腹を見せるかのどちらか。
散る火花にギャラリー達も目を点にして、言葉も出ない
微かに窪むイン側にトレースするように、ラインを破錠させず
電車のように地面と同じようにラインを描く

つぎはぎだらけの路面に、運転する本人達も体力を削られていくが
まだまだ、最後の最後までヤビツは解らない。
この狭い狭いエリアを超えると、逆にガバッと広がり
2車線となるエリア、車線はブロックの盛り上がりが設けられ
どちらの車線を選ぶかはさながらWRCのスーパーSS
暗黙の了解で、大抵はスーパーSS状態となる。








キャキャキャー!

宮ヶ瀬からヤビツ峠へ入っていく交差点をゴルフが勢いよく左折していく

「クッソー!道が混むなんてイジメかよっ!」

広い裏ヤビツの2車線ゾーンを瞬く間にかけていく春築のゴルフ

「少し先に駐車場があったはず!そこで撮影だ!」

パワーもそこそこに出ている春築のゴルフ、このなだらかなエリアでは
速い、本当に速い、深夜で対向車のライトも確認したいために
フォグランプのみで走るも、その速さは明らかに尋常ではない
腕に"撮影したい"という信念が添加剤として働いているのか
春築が目指しているのは、キキョウらが居るわずかな2車線の駐車場ではなく
スーパーSSゾーンになる直前にある駐車場というかわずかな広場

「っしゃー!遭遇なし!撮影だ!」

豪快なサイドターンで広場へゴルフをドリドリ駐車
たむろしていたバイクの若者たちがのけ反る。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「ママーぁぁぁぁぁッ!!!」

「どわぁぁぁぁぁ!!!」

顔面蒼白の若者たちを横目に、いそいそとトランクからカメラを持ち出し
三脚にセット、二台が降りてくる方向に向けてセットし、その時を待つ




「はでーにドリ駐車したな!春築」

「おぉ!?なんだよ高寺じゃんか」

「お前こそ、どうしてここに?」

「いやな、嶋倉とあの金鏡が走るって聞いてさ」

「情報伝わるの早いな、オイッ」

「なんか知ってるカンジだな?高寺!」

「まぁな、俺と嶋倉で走っててこうなったからな」

「なんとっ!」

「嶋倉とはドイツ車同士なもんだから、結構走るんだよ」

「で?」

「そこにはるばる、関西からあのM3だ、本当は俺が行くべきなんだけんども」

「それでそれで!」

「腹減っちゃって」

ズザーッ!

豪快に地面とフィギュアスケートする春築

「腹へって走らないってなんだよ!」

「だから、セブンまで行ってきて、おにぎり食ってる最中なんだ、鮭食う?」

「お、おう・・・」









「狭さはヤビツとトントンですね」

「そうですね、変わると言えば杉の葉が轍を形成するところですかな」

赤藤のインプレッサは依然前だが、和田峠が以外とヤビツ峠との
共通点が多く、玄白も完全にリズムに乗り
もう下山先のゴールとなる神社まで目前となっている。

「んーもう少し、チューンニングされた是非ホンキでやり合いたいね」

赤藤がハザードをつけると、熊野神社の前でとまる。
玄白もそれに続いて車を止め、街灯もない真っ暗な和田峠の麓に足を下ろす。

「お疲れ様、噂には聞いてたけど、ウマいね」

「いえ、赤藤さんのペースに助けられました。」

「そいつはドーモ」

なんて事を話していると、上からZZ-Sが下ってくる。かなり速い

「廣和の走りを見るのはこれが最初か」

「・・・・・ッ」

音を聞く限り、かなり速い、それ以前にスタートしてから
随分たってから追ってきたはずなのに、もうそこまで来ているのだ

「廣和はプロドライバーなんだ、正直腕では俺と春築より上」

「上・・・・」

「だけど、ここが好きらしくて、暇さえあれば来るような気さくな奴なんだ」

あっという間に廣和が下ってきて、TTの後ろにZZ-Sを止めてしまう

「ベストかー!?」

赤藤が廣和にいつもの口癖で訊く

「いえ、遠いですね」

ZZ-Sにポカーンとしている玄白を見た赤藤がサービス精神を発揮し
廣和に一つ提案を投げる。

「そうだ、助手席に玄白君、乗せてやってくれよ」

「え!いや、いいですよ!」

興味もあるが、基本的にとっさの遠慮をしてしまう
これは日本人全員に言える特性ではないだろうか。

「大丈夫ですよ、さ、どうぞ」

アイコンタクトでサービス精神をキャッチした廣和も玄白を招く

「ほらほら!行ってきなって!」

「あわわ・・!」

「お世話になってきなさい」

いつの間にかマスターまで一緒になってZZ-Sに押し込めている。

「マスター!」

「何事も経験ですよ!」

マスターがZZ-Sの助手席バケットシートのハーネスをカチッと閉めると
廣和と再度自己紹介をする。

「ども、玄白す」

「よろしく、廣和でいいよ」

ZZ-Sを方向転換させると、玄白を乗せた廣和のZZ-Sは瞬く間に和田峠を登っていく。



「ヤビツ峠に新星現る・・・ですね」

「私も驚きましたよ、彼のセンスには」

「はじめまして、マスター、180セカンズの赤藤です。」

「はじめまして」

「噂に聞いてたヤビツの」

「おっと、おっとそれは昔話ですよ、そうだコーヒーを淹れましょう」

「あ、はい」












「きたぞー!」

若いギャラリー達の声と歓声とともに咆哮も猛々しく
わずかな二車線ゾーンに2台のツーリングカーが飛び込んでくる。
背後のM3は今にも190Eをどつきそう。
この少し開けるところに入ってくる直前の微妙な右コーナーで
ほぼ接触しそうなバンパートゥバンパーで進入

M3が190Eの背後から右にそれ、一気に脱出速度差で
鼻っつらを190Eの脇にもぐりこませる。
そんな間髪を射抜くような瞬間がキキョウの前で展開される。

「・・・・・っ!!!」

全身に鳥肌が立ち、空間がスロー再生される様に陥り
キキョウの瞳孔が開き、次の幅員減少右コーナーへの進入を見るべく
無心でフェンスにしがみつき、行方に顔を向ける。



そして、キキョウの目の前で前後が入れ替わる。
右コーナーのイン側に飛び込んだM3が主導権をここへきて握り
190Eは後ろへと後退をよぎなくされる。

「おぉっと!」

とっさの判断で最小のロスで持ち直し、逆にM3に噛みついて行く190E

「少し、あまいんとちゃうかー!」








「すごい・・・・あれが変な話し、関東vs関西ね・・・・」

フェンスにしがみついたまま動けなくなってるキキョウの横で
苑森が感想を述べる。キキョウはまだ目の前で展開された
スーパーオーバーテイクに胸の鼓動がおさまらない。


「さ、キキョウちゃん、帰ろ?」

「は、はい・・・」

返事もどこか上の空、R33に乗り込む時もまだ興奮冷めあらぬ感じ

「きっと今ので終わり、決着がつくわよ。」

「着きますか・・・・今の・・・」

「2車線になったところでどうなるかが問題よ」

「・・・・」






「メルセデスってどっかスゴイんだよな」

「190Eエボのこと?」

鮭おにぎりをほおばりながら聞き返す春築

「違うよ、CでもEでもAでもスゲーんだって」

「ボディ剛性の話しか」

「いや、ホラさ。ぶっ飛んだのよ大学一年生の時にメルセデス乗ってさ」

「誰かの乗ったの?」

「そう、スゲー仲のいい別の高校の先生にW210のE320の助手席にさ」

「よかった?」

「いーもなにも、ぶっ飛んだんだって」

「だから、どーにさね」

笑いながら呆れ半分でその中身を問う

「比べ物にならなかったんだよ今までの車が」

「そりゃーねー、メルセデスは剛性いいもんね」

「よくさ、その歳の頃、高校の先輩のシエンタとかよく同乗してたんだけど
それがもー話しになんない12万キロ乗ったヘロヘロヘロンタだったわけ」

「ヘロンタってー、オイッ!トヨタに命狙われるぞ!」

「それがステア切るたんびに中身だけ置いてくの、もうドジッ子」

「助手席で酔えるって?」

「余裕で酔える酔える!」

「運転手も雑?」

「そ、先輩の運転、雑も雑。肩肘ついて身体斜めの片手ステアのコマ切りステアだもん、酔える酔える。」

「実家の車も日産の2リッターSUV、やっぱり速度乗せて切るとおいてけぼり
ガワだけさようならー!」

「あるねーそういう感覚」

「それがさ、メルセデスってスゴイのイスごと水平移動、シートだけでOK」

「セルフロールケージ不要?」

「不要よ、今でもベンツは一番かな、BMW乗ってる今でも」

「そのメルセデスとBMW、どうやらそろそろ来る感じだなッ!」

「撮り逃すなよー」





迫るエグゾースト、外にいる人間でさえハイテンションにさせる。
ヤビツ峠に名門の二台、迫力が桁違い

「テンションって大事やねー、二本目行けそうなテンションじゃないよね」

バックミラーを確認しながら、金鏡はメルセデスへ言葉を放る。

「よしぃ、二車線突入、地元なめちゃぁイケナイヨー」

スーパーSSゾーン、金鏡、左レーン。嶋倉、右レーン。







「彼は非常に呑み込みの速いドライバーで、センスもあります。」

少し肌寒い和田峠で飲むコーヒーはとても温かく芳醇
マスターの玄白についての話に耳を傾ける赤藤

「自分でどんどん書き換えができるタイプなんです。」

「こり固まらない柔軟性があると」

「CD9Aからガランと変わったTTを小慣らす。割に難しいことですよ。」

TTをなでながら、コーヒーを口に運ぶ。
飲んだ直後の吐息は白い姿をまとう。

「良くも悪くも、彼は"待てる"運転ができるようになった。」

ZZ-Sのエグゾーストが風に乗ってわずかに聞こえる。耳に心地い

「トレースやアタックの前に、一呼吸置ける。大事なことです。」

もうZZ-Sは頂上付近だろう、同乗する玄白は廣和の
鮮やかな状況処理能力に前と運転席と視線移動が忙しい。

「張り詰めるなかに自分を保つ、それができないとバランスが崩れる」

思い当たる共感できる話、相槌やうなずきなんていらない、ただただ耳を傾けれる。

「軸がブレない、彼の運転は生きながらに成長するようで、楽しい限りです。」








左コーナーの多いスーパーSSゾーンでも、嶋倉は引けを取らない
むしろ差を詰め返している。

「やっぱ細かいとこ差ぁでるねぇ、さすが地元の人やわぁ」

「アタマ、こっちのほうが軽くてねっ!」

呼吸が重なってもう長い、集中力は互いに摩耗しきり
意地とテンションがそれを繋ぎとめる。

「アカンよォ?こっちのテンションやばなってきてるよぉォ?」

「まだヤビツはもう少しあるんだーなッ!」





「きたーッ!!!」

「なんだと!差が無い!」

高寺と春築の前を、並走しながら二台がぶっ飛んでいく。
カメラにモノをしっかり収める春築く
情報屋の性だろうか、長い間カメラに二台を留めていた。

「おいおい・・・・もう釜田川橋だぞ、決着つかないじゃないか」

「釜田川橋がゴールラインだっけ?」

「そう、踏み切った時に先頭だった方が勝ちだな」

「相変わらずヤビツはコース長いんだよ」





「アカン、ちーと舐めとったな」

コンクリート製の橋を抜けたところで金鏡が少し後悔を見せる。

「地元・・・・なだけはあるわー」

後悔したからといってアクセルを抜いているわけではない
緩い右コーナーとその先のまた緩い左コーナーを抜けると
もう赤い釜田川橋が見える。残るのはストレートだけ。
並走し、立ちあがるとパワー勝負、が
その走りに、もう勝負の雰囲気は感じ取れない。

「やーてもうたわー、ヤリ直し。」

M3が釜田川橋を目前にアクセルを抜く。

「お疲れさまっ・・・っと」

釜田川橋中間でとまる二台、互いにウィンドウを下ろす。
長かったような短かったような、走る前とは互いの印象も随分変わる。

「アカンわー!さすが伊達に190Eエボ転がしてないね」

「もー全然、何回ビビッたか」

「今日は退きますわ、喉かわいたー。いい店知りません?」

「知ってますよ、連れがそろそろ追ってくるでしょうし行きますか」










「ぷはーっ・・・凄いですねZZ-Sって」

「そうでもないよ、まぁコーナーはスゴイ楽だけどね」

「楽って・・・」

ちょっと普通じゃない廣和の感想にたじろいでしまう。

「よし、今度は玄白君、君がドライバーシートに座る番だ。」

「いややや、いいですよ!」

「大丈夫だって、座った座った!」

赤藤の言う様にかなり気さくな廣和、プロという傘に身を隠さぬ
そのフレンドリーさは若いながらに尊敬できる点と言える。

赤いZZ-Sは玄白をすぐに受け入れてくれた。
峠を下るうちに、どんどん把握できるサイズ
安定感はないが、その軽快さが先読みしやすく
よほど踏み込んで懐に入らなければ、いい車だと解る。







「あれー?クローズド?」

喫茶「街」の前に止まる四台のものの見事にオールジャーマン
ゴルフW、E46M3CSL、E36M3C、190EエボU
ウィンドウから顔を出し、クローズドと真っ先に落胆したのは高寺

「まーすぐに帰ってくるでしょ」

気楽に構える嶋倉、撮影できた動画を確認している春築

「さて、空いた時間でCSLでも見させてもらいますか」

関西弁のイントネーションでCSLをロックオンする金鏡

「えっ、なんも特別なことしてまへんがなー」

「移ってる移ってる」

感化されやすい高寺にツッコミを入れる嶋倉

「いいよね、CSLて。モノが真ん中に集まってるゆーか」

「ちょっと俺達の世代の車には無い到達点持ってるよね」

嶋倉も改めてCSLを観察し、感想を続けて述べる。

「いやーオーナーとしてそこまでほめられると嬉しいなー!」

「うん、CSLはいい車やね」

「CSLは確かにいいね」

「あのー、ドライバーの方は?」

「あーまだマスターさん帰って来いへんの?」

「そうみたい、もう少しじゃないかな?」

CSLをほめちぎって、即座に話題転換、よくあることである。

「春築はどー」

「ぬおっ!?」

しょんぼりする高寺を横目にカメラにくぎ付けになる春築

「どないしたん?」

横から金鏡が覗き込む。

「まさか、本当に来てるとは・・・・」

一時停止され、表示されている定点カメラの映像には
手持ちのカメラには映っていないものが映っていた。

「この紫のR33は・・・PTC!」

「PTC?なんなん?それ?」

「パープルタイプクラブ、聞いたことない?」

「あー・・・・聞いたことある様なないような」

しょんぼりしていた高寺もそのR33を見る。

「これ・・・この前のゲロりそうでヤバい時に後ろにくっついてきてたヤツに似てるな」

「首都高で走ってる女性チームのリーダー、苑森のR33じゃないか!」

「え?そうなの?」

ポカーンとする高寺含め嶋倉、金鏡

「紫のR33ていっぱいおるよね?」

「特定個所は?」

何でパープルタイプクラブのリーダーと特定したのか問う嶋倉に
春築はリアピラーをさして根拠を示す。

「リアピラーの蝶のマーク、白と薄紫の色分けでうっすら解るようになってる。」

「ほぁー、目いいな、オレわかんね」

横で感心する高寺、金鏡も眉をひそめて凝視している。

「ん?苑森?」

突然、高寺が腕を組み首をかしげる。

「苑森なんていうの?」

「パープルタイプクラブリーダー、フルネームは苑森 雪乃。相当頭のキレるドライバーらしい」

「苑森 雪乃!」

「知り合いだったりするワケ?」

「いや、同姓同名の後輩がいるよ、もう何年も会ってないけどな
車を転がすような奴じゃないから、たぶん別人だと思う」

「そのチームに居る、春沢って子が超セレブって話で有名だ。」

「セレブねぇ・・・・」

春築のセレブ情報にため息つく金鏡、ドイツ車の前で雑談は続く

「その春沢ってこも首都高じゃルーキー、玄白と同ポジなワケ」

「ウチの玄白と?」

「C1じゃぁ敵なし、新環状もメチャ速らしい」

「車は?」

「ロータス・エリーゼ111RのSR20スワップ、まで情報は掴んでる。」

「SR?そんなん乗っけてん?ターボ?ナチュ?」

「NAのSRらしい」

「NA?パワーないやん」

「不確定要素だけど、BTCCのヤン・レーシング関係者達で仕上げた珠玉のSRらしいぜ」

「はぁー?べーてーしーしーぃ?」

開いた口が塞がらない金鏡

「超大企業社長令嬢のなせる技だな。」

「確かに、春沢って言ったら、アメリカに本社を構える春沢グループのことだろ?」

春沢というキーワードから鋭い考察をする嶋倉に春築が頷く

「あこぎなチューンドやなー、春沢グループてー、ル・マンのスポンサーしてるよね」

「してるしてる、なんだよスゲー奴が来てたもんだな」




パープルタイプクラブがヤビツ峠に入り始めて長い時間が経ち
彼らが改めてその存在を知る。
下手に目立つようなことはせず、少しずつ少しずつ
駒を進めていく苑森らしい、波風立てない遠征
改めてその存在が大きくクローズアップされる。
ヤビツ峠にこんなにも有名どころの人物たちが集結するのは
玄白がTTと出会ってから。
そして翌週、そのファーストコンタクトが行われることになる。





第七章

「あれー?薄紫と白い蝶のシルエット」

ヤビツ峠の頂上駐車場で、高い缶ジュースにも躊躇せずごく自然に購入している
キキョウの後ろに、イエローのM3が止まり、声がかかる。
まだ時間は朝の8時、少し肌寒さを覚える。

「・・・ッ!?」

「あの日、駐車場にいたよね、ルーキーに会いに来たん?」

「い、いえ、別に」

「一週間前のわしと嶋倉はんのバトル、見とったやん」

「あの、なんですか?いきなり」

「ごめんごめん、これだけ伝えとくわ、ヤビツのルーキーに会いたかったら
昼間やのうて、夜中、夜中に橙のルーキーは現れるで」

それを伝えると、金鏡は表ヤビツの方にすぐ走りさって行ってしまった。

缶ジュースを握るキキョウの傍らに鎮座するエリーゼのリアピラーにも
やはりあの蝶のマークが入っている。

「なによ、関西人ってなれなれしいのよ」

缶のプルタップを開けると、両手で缶ジュースを口に運び
少し口に缶をくっつけたまま考え込む
金鏡の置き言葉があまりに自分の本質を付いていたため
今更になって狼狽している自分が居る。

「ふん、夜中?いいじゃない来てやるわよ」

紫のジャケットに白いスカート、黒いスパッツ
アクティブさがファッションからも見てとれる。
一人でムスッとしながらエリーゼに乗り込み
金鏡とは逆方向にエリーゼを走らせ、駐車場を後にする。

キキョウの真後ろでは、噂によると
BTCC用のSR20と言われる珠玉のユニットが快音を出している。
艶やかな紫は、山の景色によく溶け込み
すれ違うドライバーもしばしば見入る。見入るといっても
その珍しさや、家族連れの車の中ではスーパーカー連呼が始まっているだろう。

「乾燥してる今日なら絶対勝てるのに、この前は雨なんか降るから」

ヤビツをザッと流しながら、全開の悔しさが蘇る。
ほんの少しの距離も続かず退いてしまった。
スリッパリーな路面、背後の見知らぬインプレッサ、踏めないアクセル

「あーもうっ!悔しい!絶対今日の夜中に見つける!そして勝つ!」










「こんにちわー」

喫茶「街」の裏にあるガレージの前に50ccバイクを止めると
木製の大きなドアを少し開けると、TTのボンネットに顔を
突っ込んでいるマスターがこちらを向く

「おはよう、玄白君」

「うわぁ・・・載ったんですね」

「大変だったよ、横置き4WDは降ろすのに一苦労だよ」

「ありがとうございます。これッ」

ドアに隠していたビニール袋には何か食品らしきものが入っている。

「まいったな、それは私の大好物、寿々喜菓子の糸最中かな?」

「ご名答でっす!」

「ならば、お茶を入れなばなるまいて、ちょっと待っててね」

ゴソゴソと革製のグローブを外すと、喫茶の方へ入っていく

エンジンフードがぽっかり口を開け、中を覗くと
ジェイソンに経由して仕入れてもらったアメリカ製のパーツが組まれ
なんだか割かし見た目も派手になっている気がする。

(ちょっとキラキラしすぎ?)

自分で苦笑いしながらも、その走りに期待は膨らむ
フェーズワンでセッティングを出し、いよいよ
ラインハルトによるボディと足回りの見直しも控えている。

「アメリカ製のパーツはキラキラしていて仕様個所が少なくても、目立っちゃうね」

「少ないんですか?」

「半分はドイツ製だよ、ジェイソンさんが送ってくれてね」

「ホントだ、ABT製だ」

「基礎の補強はノウハウがあるブランドが一番ベター、線引がしやすいんだ。」

喫茶からの勝手口に寄りかかるマスターに今回のエンジン全バラ
新パーツ組み直し、その概要を簡単に聞く

「さっ、お茶がはいったよ。中で食べよう」









「今回の組み直しの試算でざっと360psは出せると思う、ベンチでは
以外に出ていてね」

「360ps!トルクはどれくらいに?」

「5kgm位上乗せしたんじゃないかな?体感的には気持ちいと思うよ」

「やば、ちょっと走り行きたくなってきましたよ」

糸最中をほおばりながら、朝日のまだ気持ちいい時間に
TTの進化を聞いて心が躍る。

「そうか、じゃぁ早速作業に戻ろう、最中おいしかったよ」

「いやぁそんなでも!」



ガレージの中で最終調整と一緒にパソコンとも睨めっこするマスター、かなり器用である。

外で、箒を持ち喫茶の前を掃き掃除しながら、あれこれ妄想は膨らむ
強化クラッチを組んだワケで、ニヤけた顔は止まらない

(フフフ・・・これで、これでTTがまた速く・・・)

お出掛けですか?と言わんばかりに一点集中で掃くあまり
回りは視界に入っていないが、異常な爆音にハッとする。

「rookie?are you all right?」

「おわっ!ジェイソンさん!」

「久々だねルーキー!」

目の前にはあのヘネシーヴェノム・バイパーが止まっていて
相変わらずエグゾーストは反則に近い

「今日は久々のお休みでね、ヤビツを走りに来たよ!」

「そ、それで走るんですか?」

「Yes!correct!」

「え、やめた方が無難じゃないですか・・・・?」

「Why?」

「だって、ヤビツてこーんなに狭くって、こーんなにうねうねしてて・・・ッ!」

いつも以上に会話のジェスチャーがオーバーになる。

「おや、お客さんかな?」

ガレージからマスターも顔を覗かせる。

「Hi!Nice to meet you!ジェイソンです。」

「おぉ、Nice to meet you too.」

「英語もばっちりですねマスター」

「いえいえ、先日のパーツの件はどうも、助かりました。」

「ルーキーのためなら喜んで協力しますよ」

「お話し通りのスゴイバイパーですね」

感嘆の表情でバイパーをジェイソン越しに覗きこむマスター

「えぇ、みんなスゴイっていうから凄いんですね、きっと」

冗談めかしく笑うジェイソンに二人もつられて笑う

「玄白君、ヤビツを案内してあげなさい」

マスターはポケットから鍵を投げると、玄白はたどたどしくキャッチする。

「そのキーは?」

「マスターのベレGです。」

「Huh?いすずベレットのことかな?」

「Yes!collect!」

「おいおいルーキー、それじゃぁ"集める"だぞ」

「え・・・」

「ハハハッ、さぁ行ってらっしゃい、その間にTTは走れるようにしておきますから」

玄白の「R」と「L」の発音がごっちゃになってる中
ジェイソンをベレGに乗り込ませると、エンジンをかける。






助手席に放ってある携帯電話から着信音がなる。
すれ違い用のスペースにエリーゼを止めて電話を手に取る。
液晶画面には「お姉様」の文字
そう苑森である。

「もしもし!」

先ほどの不機嫌はどこえやら、一気にテンションが上がるキキョウ

「もしもしー、キキョウちゃんー?」

「はーい!キキョウです!」

「ヤビツはどう?慣れてきた?」

「こないだに比べてかなり走れるようになりましたよー!」

「エリーゼの感じはどう?」

「ちょっとギヤ比をクロスさせたいですー」

「そうねー、トルクが細いからギヤ比は変えないといけないわね」

「お姉様は今何してるんですか?」

「仕事よー、休憩の合間を縫ってね」



電話先の苑森にも聞こえるくらいの快音がエリーゼの真横を駆け抜けていく



「・・・!」

「いい音ね、何か通った?」

「古い車が通って行きました!黒いボンネットの!」

「日本車だった?」

「はい!追います!」

「待ってキキョウちゃん、今のターゲットは別の車よ」

「でも・・・」

「大人しく、夜を待って。無駄な所でエリーゼを摩耗させちゃダメ」

「はーい・・・・」









「ね、狭いでしょう」

「Oh!こいつはバイパーできたらコルクになってたね!Hahahahaha!」

「ベレGぐらいでちょうどいい気がしますし、TTでも狭いくらいです。」

「さっき紫のエリーゼが止まっていたけど、ここはいろんな車が来るのかい?」

「割に来ますね、湧水を汲みに来る車や、走りに来るスポーツカー」

「アメリカ車は居たかい?」

「一度だけコルベットに遭遇しましたよ」

「いつ頃のモデルかわかる?」

「たしか・・・・スティングレイだったような・・・」

「What's!?スティングレイだって!?」

「結構コルベットが走ってるんですよ、神奈川って」

「僕もスティングレイは大好きさ!子供のころに憧れてたよ」

ゆるーく流しながら、他愛のない会話
一番平和で車も楽しめる。玄白はこういう時間が嫌いじゃない
マスターやラインハルトなどと走ったり
嶋倉などとも走ったことがある。

ベレGの耳に心地いいエグゾーストに包まれながら
窓越しの寒々しい山々を眺めるジェイソン
時間がゆっくりになる時間に、ジェイソンもリラックスしているようだ。

窓を開けると、寒い風が一気に入ってくる。

「Hahahaha!寒いね!寒い!」

「何開けてるんですか!」

「アメリカとどっちが寒いかなって」

「カリフォルニア出身のジェイソンさんが何言ってるんすか!」

「それもそうだったね!ルーキーに一本とられたよー!Hahahahaha!」










その後も、ヤビツを頂上まで登り、ジェイソンと運転を交代したり
何回か往復をして楽しみ、頂上で米軍兵士のマル秘話を聞いたり
ジェイソンの湾岸戦争での死闘を耳にはさんだりと
話しこむうちに、マスターから携帯電話に電話がかかってくる。

「ドライブは楽しんでますかな?」

「あ、はい」

「TTが組みあがりましたよ。」

「今すぐ行きます!」

手短に連絡を済ませると、電話を切り立ちあがる。

「TT、組みあがったのかい?」

「はい!喫茶に向かいましょう!」

「Okay!Let's turn back!」

ベレGのシートを合わせ、駐車場から勢いよく飛び出していく。



ヤビツを下るベレG、その動作一つ一つがジグソーパズルのピースが
パチリパチリとはまっていく様な正確さと精密さを持っていることを
何度乗っても感じる。
とても製造から何十年も月日を重ねたとは思えないくらいに。

「日本車っていうのは、まるで日本女性そのものだね」

ジェイソンがベレGについて感じた事を口にする。

「日本女性・・・?大和撫子のような?」

「そうだね、こう主人に付きそう感じだよ。
多くも主張しないけれど、やるところはしっかり返す。」

「うーん、そういうもんなの?」

「イタリアやアメリカを見ればなんとなく解るだろう?」

「な、なんとなく」

「恋をするなら構わない二台だけど、結婚はちょっとキツイ」

そう言われてみて、あらためてヘネシー・ヴェノムを浮かべてみる。

「1000psの嫁なんて考えただけでもサイフがクラッシュしそうだろ?」

「あー、ハイ・・・こうボンッて感じですね」

「TTにボンッされないように気をつけるんだぞー」










「おー来た来た、随分流してましたね」

「給油を2回ほどしましたよー」

「マスター、びっくりするほど素直な子だね!バイパーのリセッティングも頼みたいぐらいだよ」

「1000psですか、ちょっと私には持てあますカテゴリーですね」

「Don't Worry!基本は変わらないので、是非お願いしたいところですよ!」

「では、何かあった場合はご用命下さい、やってみようじゃありませんか」

乗り気なマスターを見て、この人は心底、車が好きなんだなと感じる玄白
黄色いバイパーもボンネットの中もマスターにかかれば
どんな調整をされ、どれほど変わるのだろうか。
少なくともジェイソンにはその青写真が現像できたらしい。



「さてと、エンジンをかけてみて」

「はいッ!」

「今日でフェーズワンが大方完成、残すは足回りとボディだね」

イグニッションにキーをさし込み、クッとひねると
3.2リッターのV6エンジンが軽快に回りだし
クラッチを切り、レーシングで吹かしてみる。
高回転エンジンとは言えないTTのV6が綺麗に吹け
甘美なエグゾーストが耳に響く。

「すごい・・・!軽い!軽いよマスター!」

アイドリングの状態もすごく均一に落ち着いており
とてもチューンドとは思えない安定感を持っている。

「パワーアップを主眼に据えたわけじゃなく、精度を上げるのも当然だけれど、
その気にさせるためにフィーリングへ振ったよ」

数字に出すパワーも必要には必要だが、今回重視したのは
玄白を誘う数字に出ない部分、音、感覚、感触、味
マスターのもっとも得意とするチューン、乗る者をその気にさせ
潜在的意識の上昇を図るモノ、それが今回大幅に加味された。

「それでナラシを400kmくらいしてくるのが望ましいですね」

「そうしたら?」

「全開をくれても構わない、そういう風に組んだつもりですよ」

「OK、ルーキー僕をベースまでエスコートしてくれないか?」

「もちろんですよ!」

「ハハハッ、いってらっしゃい、400kmまではキレイにナラシてくれれば大丈夫」

パワーの値もそうだが、まだ使い方にも余裕があるクラス
下手な話、約半分の250kmでも全開走行しても支障を最小限に抑える。
そういう風にマスターはTTのエンジンを組み上げているが
当然、400kmまで綺麗にナラすことができれば
最高のNAチューンのフィールが玄白のものになる。

当然、玄白はこの後、キッチリ400kmをナラすという荒業に打って出る。

RX-8の時の決意は未だ揺るがない、最高のモノを一瞬にしてゴミにしてしまう
できてしまう事を玄白は肌で覚えているからだ。













不特定多数の車が流れる中に、TTとバイパーが並走する。
けたたましいようで甘美、音の具合はまるで聞く人によって
感想が変わるであろう。
だが、本人たちはいたって楽しげ、忠実にナラシをこなす玄白
厚木ICから東名高速に乗り流れに身を任せることもう4時間近く
丁寧にエンジンの2000から3000付近の回転域を使い
片道の200kmを順調に走りぬけ、もう看板には浜松西ICの文字がちらつき
左手に航空機が鎮座している。航空自衛隊の浜松基地だろうか

「随分遠くまで来たね。」

「まだ、半分ですよ。」

マクドナルドの駐車場に二台を止めると、とっぷり日がくれており
午後8時を回り、まだ人の流れがあるがゆるりとしている。
簡単にコーヒーを頼む玄白に対し、ガッツリ食べているジェイソン
ポテトを分けてもらいつつ、休憩をとる。
一気に200km、疲れた様なそうでないような、テンションがマヒさせているのか。

「足は純正に近いままなんだろう?」

「これからですよね」

「ビルシュタイン製かい?」

「にしようと思ってます。」

ファストフード店でゆっくりと語らう、時間がゆっくりになる夜には
よくあること、知らない土地の空気は新鮮で旅をした気分にさせてくれる。




「さ、ティータイムは終了だ、戻ろうかルーキー」

「OK、ジェイソン」

「そう!そういう風にフランクに接してくれてまったく構わないよ。」




浜松西から50kmを通過し、焼津を境に徐々に回転数を上げていく
工作の時間に木製のパーツを丹念にヤスリがけする様な感覚で
エンジンの各パーツをすり合わせていく。
100km/hの流れで行う作業は車との対話の時間ともいえ
ジェイソンの先導に身をゆだね、TTと語らう。
シートやステアリング、音でTTは玄白に訴えかけ
玄白もそれに気持ちで応える。
まるで絵空事のようなやり取りだが、重ねる距離に
TTがどんどん玄白の中へ溶け込んでいく、意識が通う気分
機械がまるで生命の息吹を持ったかのように感じてしまう。













「あ!」

車内で眠気眼をこすり、あわてて携帯電話の時計を見ると既に午前2時

「寝てしまたぁぁぁぁー!!!!」

エリーゼの車内に響く寝坊の声
あわてて、エンジンをかけると、エリーゼも眠気眼をこする様な反応
完全に冷めきっている。

「ううう!私のバカ!」

ヤビツ峠から割かし離れた24時間ファミレスの駐車場でキキョウは目を覚ます。

駐車場から暖気もそこそこに飛び出し、ヤビツ峠を目指す。
愛川町唯一の高校を横目に、闇夜を飛ばす。

「あぁぁぁ!もうあのTT居ないかも・・・・」

急く気持ちを抑え、コンビニを横目にすぎる。

「ん?」

ミラーに目線を向けると、そこにオレンジのTTが鎮座している。

「見つけた―――っ!」

後方の車が居ないのをいいことに、急停車、Uターンでコンビニの駐車場に飛び込み
TTの真横にエリーゼを止める。
あの時見たガンメタのホイールにナンバープレートも一致

(これだ―――っ!)

エリーゼから降りてマジマジと眺めてしまう。
あの日の動きが目の前をよぎり、目の前の停車しているTTを走らせる。
エリーゼより格段に重いTTがいとも容易くワインディングで突き放すあの姿
今でも忘れたことはない、それを求めてヤビツ峠を走りまわっていたのだから

「絶対1.5t近くあるのに、あの日負けたのが未だに悔しいのよ」

「何馬力かしら?カタログだと225psのはずだけど・・・」

「やっぱりターボとか付けてるのかなー?」

「いや、もしかしてDTMのエンジンを!!?」

ブツブツと10代の女の子が車のそばでぼやく姿は気味が悪い
一体何があったのかと勘繰らせる意味不明さを持っている。

「あの・・・・」

「ドライの今日なら絶対負けないわ!」

「あのー・・・」

「大体、あの時もウェットだったから」

「あの!」

「・・・・っ!!!!」

「なんか俺の車に用?」

「あ、いや、別に!」

「?」

「そうだ!勝負してよ!」

「は?」

「ヤビツ峠で私のエリーゼと勝負よ!」

「え?なんなの?急に」

「忘れたとは言わせないわ!あの霧まみれだった日の時のこと!」

困惑する玄白に一方的に迫るキキョウ、意に反して玄白の顔はどんどん曇る。

「ごめん、今日はそーいう気分じゃないんだ。」

一言突き返すと、TTに乗りコンビニから出ていく玄白

「ちょっと!待って!待ちなさいよ!」

キキョウもエリーゼで慌てて後を追う。
玄白も見覚えが無いわけじゃなかったが、いきなりあんなファーストコンタクト
覚えていても覚えていない振りをしてかかわりを避けたくなる。





「ついて来るなよ・・・・」

背後に付きまとうエリーゼに嫌悪感を感じながら
玄白は真っすぐヤビツへは向かわず、途中で左折
細い路地でエリーゼを撒こうとするが、しぶとい
かなりしぶとい。

途中、玄白自身も入ったことのない細道へ入っていく

「半原越?あー・・・・」

エリーゼも当然追う様に後に付いて行く

と、明るいヘッドライトの先に、クッションドラムと鉄筋が立てられ
明らかに普通車の通行を禁止している。

「だよなぁ・・・・ここって確か・・・」

ドアを開けて降り立つと、鉄筋とガードレールの間は軽乗用車が
抜けられ、コンパクトカーあたりから辛そうな車幅
無論、TTには通り抜けできない。方向転換しようと後ろを見ると

「つーかまえた、行きも帰れもしやできないわよ?勝負する気になった?」

「あのなぁ・・・」





「おーい、ここはカップルで走りに来るような場所じゃないんだけどさー」

ハッと振り返ると、何台かの車のヘッドライトがこちらを照らして止まっている。

「見た感じ、ここでは見かけない車じゃん?」

先頭を切って止まる二台の小さいな車体の車
だがアイドリングの音はそれ系の音を出している。

「さ、ここは俺たちの場所だ、帰ってくれ」

「そーそー、帰れ帰れ、そんな寸胴な車じゃここは走れないっての」

慣れた手つきで、車止めとして塞いでいるはずのガードレールをずらすと
真ん中に陣取る鉄柱との隙間が広がり、TTでも通れる幅になる。

「Uターンするならして、帰ってくれないか?」

先ほどから二人目の発言が癇に障るが、グッとこらえ鉄柱より先に車を進め
Uターンをする。

「アウディTTねぇ・・・そんなで山って走れんの?ブレーキで崖下いっちゃうじゃん」

聞こえるようにわざわざ難癖付ける男の台詞が玄白にも届くが
それにいちいち目くじらを立てるほど玄白も子供ではない。








「ちょっと、そこのアンタ。さっきからだまってりゃ五月蠅いわね。」







が、玄白に代わり、キキョウがその男の方を指さし噛みついた。

「だってホントの事じゃん、何キロあるワケ?アレ」

「中野、ヤメないか」

もう一人がけんか腰の中野という男を抑えようとする。

「ムカつくぜ小島ァ、俺はこーいうぼんぼんの連中が嫌いなんだよ」

肩を押さえながら、小島と呼ばれた男がキキョウの方を向く

「悪いが帰ってくれ、今すぐだ。」

「イヤよ、そこまで言うなら白黒つけさせてさしあげるわ」

キキョウも中野に向かってあからさまな煽りで返す。

「ホー、その高級外車で攻めきれんのか?やってみせろよ」

「あんたの車なんてあのTTの敵じゃないんだから」

(・・・・)

車内から覗く玄白もなんだかキキョウの威勢のよさに
勝負ッ気に火が灯り始める。

「いいじゃん?やってやるよ、オイ!アウディのアンタ」

玄白は車内から中野という男の方を見る。

「俺のNA6Cと戦ってもらおうか。」

ふっかけられた以上、玄白も退くわけにはいかなくなる
意識的に、そう果たし状を突き付けられては行動で見せるしかない

玄白は静かにTTを再び方向転換させると
峠の奥に向かう様にTTを停車させる。

「中野・・・・」

「小島ァ、オメーはあのちゃんちゃらムカつく小娘をダウンヒルでヤってくれ」

「しょうがない、お前がその気ならおれも付き合うよ。」

一変にして緊迫した空気と、朝の霜が徐々に地面に降り立ち始める前に
事を開始せねばいけない、ここは町有の林道、長居はできないのだ。

タタタッと小走りでTTの運転席側に近寄ると
窓をコンコンッとノックしウィンドウを下げさせる。

「いい?勝負は一回お預けよ。あのロードスターぶっちぎってくれればいいから」

「言われなくても引き受けたからにはそうする。」

「じゃ、頼んだわよ。」

ほんの数分の間に自然と玄白とキキョウの間には協定が出来上がっていた。



「ダウンヒルは君でいいのかな?」

「この春沢キキョウが相手するわ」

「じゃぁ先に上に向かおうとしよう、チームメンバーがスターターを務めるから」

玄白の横をもう一人の男、小島のハチロクとキキョウのエリーゼが抜けていく
抜きざまにウィンクを飛ばすキキョウ、玄白も先ほどまでの
嫌悪感はすっかり吹き飛び、その据えた度胸に感心していた。

「アンタが後攻だ、道案内してやるよ」

ロードスターがTTの前に行き、スターター役のチーム員が
コントロールラインに立ち、手を高く突き上げる。

(初見の奴なんてラクに片付けてやる。)

指が5本すべて開いているところから
親指が折りたたまれ、のこり4本

(あのコーナーさえウマく抜けれれば勝算はある。)

玄白には勝算があるのか?半原越を知っているのか。
指は残すところ3本

(ターボのついたNA6Cは3.2リッターだろうが負けねぇ)

不気味に盛り上がる中野のロードスターにあるパワーバルジ
ついに薬指と人差し指が残る。

(原チャリぶらぶらの功名・・・かな)

人差し指だけが残り・・・・





「ゴゥ!!!!」





急加速で半原越を走り始める二台、ヘッドライトが流れるように
後方へ飛んでいく景色の中に、多数の落ち葉と、その湿り気具合を
玄白に伝える。
日蔭は湿気がなかなか飛ばないと見える。

コーナーを一つ一つを超えるたびに、背後で
ターボチャージャ特有の作動音が玄白にもよーく聞こえる。

だが、トルク自体の太さと、低回転からのかかり具合は
玄白のTTに完全に勝っていると言える。
負圧から正圧に入るまでのラグと、正圧なってからのトルクの出方から言っても
TTの方がムラなく、4WDのトラクション能力で
完全にアクセル開度が長い、ロードスターの強みは軽さ。
前半部分の平坦な部分ではTTに対して余裕の動きを見せる。

だが、トルクの太さはミラー越しに様子をうかがう中野にもよく伝わっている。
コーナーからの抜けだしが逐一気になるのだ。

「んだよ・・・離れねぇ・・・もうちっと踏んでくか。」

実質、ノーマルのBCNR33ほどトルクが出ており
そして適度なチューンが施された状態
ワインディングで流したり、踏みこんでいけばやっぱり速い
そしてクアトロシステムが確実にアクセルを踏ませるための
後ろだてとなり、玄白はウェット、セミウェットでも
そのアクセルに神経を尖らせなくて済む。
すなわち、ロードスターに意識を集中させることができる。
トレースすることを待つ玄白、コーナーの突っ込みで話されても
どこかしこでまた詰めていく、完全になぞるのではなく
主要な情報だけを取捨選択し、先行するロードスターを追いかける。

道路脇の湿った落ち葉を嫌い、道路の中ほどを中心に走るロードスターに対し
少しばかり落ち葉を踏みしめ、ラインを緩く入っていく玄白
トラクションの違いがここでも浮き彫りになる。

トルクの波が激しいロードスターはどうしてもターボラグにやきもきするが
TTは低速から大気圧1バールそのままに吸い上げ、トルクを出してくる。
ギアの選択によっては立ち上がりでロードスターが差を詰められていく

「んだとォ・・・!ターボがNAにつっつかれるってアリかよ!」

路面の雑さが見えるところでも、純正からそう大きく足回りを変えていないTT
悪く言えば限界は低いが、そう言った環境の変化には柔軟に対応でき、
もともとのライドコンフォート性も安定感にプラスされる。

確かに正圧から吹き抜けるロードスターの加速は速い、だが
それも制限されるラインと、向かってくるコーナーに阻まれ
わずかな時間だけ、その日の目を見るのみ。
玄白のTTは全く持って離されず、虎視眈々とオーバーテイクの時を待つ
踏みきれないアクセルは負圧のままのトルクが不足する数値になると
TTのトルクフルな加速が余計に速く感じられ、中野の集中力を乱す。

「早く正圧へ!!早くッ!」

我慢を強いられ続け、待つことに苛立ちしか募らない中野
完全に正圧となりトルクがフルにドカンッと出るのに
あまりに時間が長く感じられる。
軽量に抑えるためと費用、スペースの関係から
シングルタービン、それも中古のリビルト品では
その発揮する性能にもいまいちツヤがなく、ロードスターには
少々大きすぎる側面もあわせもつ、本当の諸刃の刃。
回れば速い、だが回らず正圧も半ばでは持て余し
踏めない状況にフラストレーションの上昇が止まらない。

山路の駅という廃墟のような掘立小屋のようなとこを抜け
ヒルクライムらしくなり、坂がきつくなるにつれ
正圧がどんどん遠く感じ、大きな一般車両通行禁止の立て看板を境に
さらに傾斜の度合いが上がり、路面の質も少し変り若干広くなる。

上るヘヤピンを回ると、ロードスターの2速が吹け切り3速へシフトアップ
玄白もピタリと真後ろに付き、長い上り坂を駆け上がる。
正圧に入ったロードスターは坂道でTTを引き離し始め
軽さを初めて発揮するが、続くこの傾斜でのヘヤピンに
中野の表情は晴れない。

案の定、ヘヤピン一つでまた差を詰められ、TTは依然として離れない
玄白は自分のペースで、ロードスターを静かに追う。

「しまっ!」

上りからアクセルを深く踏み込んでいるため、コーナー出口で
散らかった落ち葉に背中が冷やりとする、嫌なトラクションが
逃げる直前の感触がシート越しにゾクッと伝わり
一瞬、アクセルをリリースしてしまう中野。
意に反して振れ落ちるブースト計。

「なっ!」

即座にTTが真横をすり抜けていく、常に負圧でトルクの出が滑らかなTTは
この隙を逃さず、あっという間に前後を入れ替えて見せる。
逆に高回転域では360psを遺憾なく発揮、右肩上がりのパワーグラフ通りに
力強く1.5tの車重もモノともせず引っ張り上げていく。

後半は落砂利などからのザラザラした路面もちらほらあり
4WDの恩恵をさらに享受する玄白。

「んだよっ!いつもはこんなんじゃねーのに!」

砂利や泥で微かに色味が暗くなるフェンダー際やスカートにリアバンパー
トラクションがかかっている実感を思わせるその汚れ
比較的、昼間は日の当たっていた場所に来て、ロードスターが
ターボパワーで踏みこんでくるが、今度は逆に
TTの車幅に遮られ、オーバーテイクができない

「邪魔だッ!コラッ!」

背後に迫られても、決して"待つ"ことを忘れない
抜くに抜けないTTの動き、抜こうにも逃げる加速。

最初の湧水ポイントを過ぎ、残りあとわずか
もう、中野に打つ手は無くなっていた。










「上がってきた!どっちだ!?」

「中野サンに決まってんだろーが!」

「えぇ!?」

「アウディが先!?」






「やっぱり、地味に強いのよねー・・・」

ゴールラインを通過するTTを見ながら、玄白の強さに感心するキキョウ
TTがキキョウの横に止まり、ウィンドウが下がる。

「勝ってきたぞ、さぁ次はそっち」

「ラクショーよ、見てなさい」

ロードスターのドアを乱暴に閉め、車外に降りる中野
明らかにおもしろくなさそうな顔をしている。

「中野・・・・」

「おもしろくねぇッ!おもしろくねェ!」

「任せろ、ダウンヒルは俺が塗り返す。」

「小島ァ、どうにもムカつくぜ!」

「自棄は起こすなよ?深呼吸しろ。いいな?」

強く言い聞かせる小島に徐々に落ち着きを見せる中野

「あ・・あぁ・・・」

小島がキキョウの方を振り返り、スタート順を問う

「どっちがいいかな?」

「もちろん、先行で行くわ」













エリーゼが先行でタイヤを鳴らしながらスタートしていき
後ろからハチロクの2drが後を追う
スタート地点からひそひそ話が聞こえる。

「ダウンヒルで小島サンに勝てやしないよ」

「小島サンに煽り倒されて事故らなきゃいーけど」

どうやら、小島のダウンヒルはそう言わしめるほど強烈らしい
が、それはどこの峠でもささやかれる一般的な反応
忘れてはならない、キキョウは首都高が本来の居場所
"道"がどういうものかはキキョウの方が知っているかもしれないのだ。

ハチロクに比べ軽量ハイパワー、ワイドアンドローの車体
車体性能が明らかに違いすぎ、小島はのっけから苦戦する。

「オイオイ、やっぱりこりゃぁ・・・・」

先ほど、頂上で待っている間に"蝶"のマークが気になり
携帯電話でその筋を思い当たる形でネットを探ると
出てくるのは、紫のエリーゼがありえないくらい速いとの情報
C1では指折りのランナーで、500ps級の上級車もカモる。
そんな情報が綺麗に羅列されて、真偽のほどを疑うまでもなく
小島の前を走っているのは、パープルタイプクラブの春沢キキョウなのだ。

「なら、自分を試す!」

限界まで攻め込み始める小島、高回転をなるたけ維持し
コーナーを慣性スライドで進入していく
横滑りしながら、姿勢変化を作っていく様はまるで
欧州ラリーの一ページの様
落ち葉をまきあげ、よもやライディングになるハチロク
元が高速用の弱アンダー、的確に操作されるエリーゼは
安定感に不備はない、だが弱アンダーという点を
小島がどうするか、地元の意地を見せつけたい小島は
さらに自分を攻め立てていく。

「林道管理職を侮るなよォ―――!」





パンダ柄のハチロクは攻める走りからか、あっという間に
ボディが汚れていき、その攻めの激しさをうかがわせる。
地元であるのにどんなに攻めても詰まる感じを感じない
意に反してエリーゼは速く、限界まで攻めても
差が均衡したまま、時によってはジリジリ離される。

「引っ張られるゥ・・・・ッ!」

恐怖感と意地が均衡し、テンションが最高潮に達し
表面張力状態、これがこぼれれば小島のクラッシュは免れない
牽引される様に小島はキキョウの驚異的なペースに引っ張られる。
クラブレーサーの類に含まれるキキョウは
そのセンスとポテンシャルを持って、半原越を異常なアベレージスピードで下る。
ヘヤピンにはその安定感ある足回りをあえて崩し、横向きで飛び込んでいく
湿った落ち葉さえ舞い上がるほどの気迫、鼻っつらをクリップに添え
限界がシビアなMRをこれほどまでにコントロールし
先の霧でのヤビツでは見せなかったキキョウの本性がまざまざと出てくる。

「なんだ・・・・とッ!!」

血の気が引いて行くのが解る、だがアクセルが緩められない
固着したように足は突っ張り、呼吸が荒くなる。
地元の半原越、それほど長くないショートなこの林道で
これほどまでに呼吸が乱れた事はなく、それ自体にも
小島は震えている心を隠せない。

クラッシュせずにキキョウの後を走っていけるのは
地元の意地、テンロクボーズリーダーとしての意地がそうさせる
できるならば、もう車を止めたい、だがそれだけはできない。

ガショッ!!

ガランガランッ!

「うおぁ!」

「バンパー!」

ギャラリーの前で柵にリアバンパーを引っかけ、バンパーが脱落する。

「!」

同時にフッと消えかけの闘志に再び熱がもどる。

「焦ってどうする。落ち着け、まだ離されてない」

だが、エリーゼはすでに目の前から消えかけそうで
気づけば中間地点を通過、長くない半原越はもう後半

「クソォ!!!」

後半部に入り、勾配が無くなると余計にパワー差が浮きぼられ
エリーゼの卓越したエンジンパワーと弱アンダーが完璧な
メカニカルグリップを保証し、地面に吸いつくように走っている。
破錠の面影すら見えない上に隙もない

「ゥ・・・・・ッ!!!」

スロットルを戻した瞬間に煌めくアフターファイヤーが
温かい色で何回か見えた後に、エリーゼは視界から
その姿をくらました。




闘志に熱は戻れど、もうリズムは崩れっぱなし
どう走っても、鈍い感触しか返ってこない。

「負けた・・・・・」

ゴールまで数百メートル、ハチロクの足取りは重く
ゴールラインでは驚くチームメンバー達
上には上が居るというが、とんでもないモノを藪を突いて出してしまった事に
小島は今更になって気がついた、この小娘は車がどんなモノなのか
それを自分たちよりわきまえていることにも。







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クラブレーサータイプとは!?
玄白はクラブレーサー達にどう立ち向かう!?なーんて